PROFILE:(やまだ・としお)1982年熊本県生まれ。1917年創業の老舗婦人服店の息子として生まれる。大学在学中、フランスへ留学し「グッチ」パリ店に勤務。2012年1月、ライフスタイルアクセントを設立し、同年10月に「ファクトリエ」をスタート。経産省「若手デザイナー支援コンソーシアム」発起人、毎日ファッション大賞推薦委員
ライフスタイルアクセント(熊本市、山田敏夫CEO)が運営する「ファクトリエ」は日本各地の工場とつながり、匠の技術を生かした服・雑貨を適正価格で販売するECプラットフォームだ。2012年の立ち上げから取引先工場は60へ、彼らと協業して作るオリジナルブランドの商品は1000品番以上に増えた。
オリジナルブランド「ファクトリエ」の商品はデザインはシンプルだが、「驚くほど軽い」「超撥水」といった個性が光る。商品ページは、職人の仕事ぶりや思いなどを掘り下げた記事コンテンツが奥行きを生む。
工場の技術を生かした“尖った”商品ほど売れる
累計数千、数万と売れたヒット商品も生まれた。「絶対に汚れがつかない」と山田CEOが太鼓判を押すのは、岡山・倉敷のレッドリバーと開発した白のコットンパンツ(1万3200円、現在リニューアルにつき販売休止)。綿100%ながら超高密の織りで、コーヒーなどの汚れをはじく。そのほかの人気商品は、ニット工場UTO(岩手県)の希少なホワイトカシミヤを使ったマフラー(2万6400円)や、石川の繊維企業カジグループの極薄ナイロンを使った「世界最軽量レベル」のマウンテンパーカ(1万9800円)など。「工場の得意技が生きた“尖った”商品ほど売れる」と山田CEO。
高い技術を持つ反面、「売れる商品」を作るノウハウがない工場は多い。「ファクトリエ」にはアパレル出身者で構成する企画開発チームがある。工場に足を運び、技術や設備など他の工場にはないアセットを洗い出し、膝を突き合わせてオリジナル商品を開発する。
「卒業は本望」 工場の自立を見届ける
商品の販売価格は工場が決める。「自分たちの仕事の価値に気付かせ、奮い立たせる」ための仕組みだ。「職人はすごい物を作っても、僕らが思うよりずっと低い売価を提示してくる」と山田CEOは明かす。「メーカーの言い値でモノ作りをしてきて、下請け的なマインドが凝り固まっている。背中を押すのも僕らの役目」。
「ファクトリエ」から卒業し、自社ブランド開発や直販に踏み出す工場もある。「ファクトリエ」はブランドの売り上げを工場と折半する。人気ブランドが離れることは痛手のはず。だが山田社長は「工場のひとり立ちはむしろ本望」と語る。「職人が正当に評価される社会の実現。それが僕たちが事業をする理由だからだ」。
【kEY WORD】
メード・イン・ジャパンの今
「メード・イン・ジャパン」のファッションは風前の灯だ。生地や縫製などモノ作りの現場では、職人の高齢化や後継者不足が顕在化する。アパレルメーカーの下請けから抜け出せず、安価な工賃で消耗し、限界を迎える工場もある。世界に誇る技術を持った工場が、どんどん姿を消している。
几帳面で繊細なモノ作りが得意な日本は、原材料の分野に強い。尾州や浜松などの産地には、世界の名だたるブランドが生地を発注する工場もある。繊維品の輸出においては生地や糸などの原材料が多くを占める一方、完成品である「衣料品」の割合は11%にとどまる。ファッションとしての「メード・イン・ジャパン」の存在は、海外ではまだまだ希薄だ。
■国内流通衣料品の国産割合は激減 今や2%未満に
そもそも日本の消費者でさえ、「メード・イン・ジャパン」の服を目にする機会は多くない。このことはデータの上でも明らかだ。1990年に50.1%だった国内流通衣料品に占める国産品の割合は右肩下がりを続け、21年には1.8%まで落ち込んでいる(グラフ「衣料品の国内生産量と国産品比率」を参照)。
この30年間でアパレル製造の国外移転が急速に進んだ。90年代中盤以降、中国が生産拠点として台頭。00年代にはファストファッションが国内市場を席巻し、既存のプレイヤーも価格競争力を高めるべく海外へ生産シフトを進めた。
ただ、この1年で潮目が変わりつつある。アパレルメーカーを中心に生産の国内回帰が進んでいる。海外の人件費上昇や円安による輸入価格の上昇、輸送費高騰、物流混乱などさまざまな要因が背景にある。大手アパレルのワールドは百貨店ブランド商品の約5割を国内で生産しているが、この比率を数年内に大きく高める。
■素材、組み立て、デザイナーが手を取り、モノ作りを追求
これまで衰退の一途をたどってきた産地にとっても、恵みの雨となるか。従業員10人程度で営むある小さな織物工場では、この1年で受注が増え、生産ラインは毎日フル稼働するまでになった。ただ責任者の男性は決して先行きを楽観しない。「機械設備の増強は全く考えていない。少しばかり景気が良くても、いつまで続くのか。そもそも、織機を動かせる職人が足りない」と漏らす。地方の中小工場にとっては、設備投資するための資金も人材も足りていないのが現実だ。
生産の国内回帰を手放しでは喜べない。ただ、これを「メード・イン・ジャパン」に光が当たるきっかけにすることはできるはずだ。本特集では、日本のモノ作りを次代に受け継ごうと奮闘する織物・ニットなどの素材工場、縫製工場、デザイナーを取材した。
“量より質”。これが、取材を通じて浮き上がった「メード・イン・ジャパン」が目指すべき方向性だ。日本製品の質の高さはこれまでも評価されてきた点だが、それをさらに突き詰める。日本の素材にこだわる「テルマ」の中島輝道デザイナーは、工場との対話の中で生まれる唯一無二のクリエイションが、服好きをうならせる。静岡県西部にある織物工場のカネタ織物は、超高品質な綿織物を武器に、紡績にも踏み込んでオリジナル糸を開発し、最高のテキスタイルを追求している。素材、組み立て、デザイナーと、これまでバラバラに駆動してきた現場が手を携えれば、モノ作りを一段と深めることができるはずだ。