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スモールビジネスで奈良を元気に 中川政七商店がけん引するプロジェクト ウィズコロナで進化する幸せ産業

 奈良が好きだ。平城京にしても、東大寺にしても、春日神社にしても、規格外のどーんとしたサイズ感やおおらかさはほかの地にはない。ふと歩くと古墳にあたり、そんな悠久の歴史も、そこにただ存るもの、と捉えている包容力が奈良にはある。古都・奈良は、洗練されたカフェやグルマンが通うレストランが多い街でもある。モノづくりを極めるような工房や店舗も点在し、若草山のキッシュ専門カフェ「レ・カーセ(LE CASE)」や、紙帳織りのブックカバーなどで知られる奈良蚊帳専門店「ならっぷ」は、私のお気に入りだ。道を極めるスペシャリストを尊ぶ土壌がこの地にはあるように感じる。

体感して学べる商業施設「鹿猿狐ビルヂング」 注目は「ジリン」

 奈良晒(さらし)の問屋から始まり、300年以上の歴史を紡いできた中川政七商店が、4月14日にオープンした奈良の拠点「鹿猿狐ビルヂング」には心をつかまれた。中川政七商店の奈良本店、歴史を辿る展示、機織りや茶道の体験など、体感し、学べる商業施設だ。「猿田彦珈琲」やミシュランのスターシェフによるすき焼き店「きつね(きは七が三つの文字)」など、魅力的な飲食店も出店している。注目は、中川政七商店が運営する3階のコワーキングスペース「ジリン(JIRIN)」だ。

 工芸をベースにしたモノづくりに取り組み、全国のつくり手と協業してきた中川政七商店。工芸メーカーの経営コンサルティングや合同展示会の開催など、あらゆる方面から工芸の活性化に携わってきた。「ジリン」では、これまで 同社が積み重ねてきた事業のノウハウを提供する場となる。

 設計を手掛けたのは、建築家・内藤廣氏。古い街並みになじむ空間は、窓際の席につくと近隣の瓦屋根が連なる先に興福寺の五重の塔が望めて心地いい。壁一面にはBACH幅允孝氏がセレクトしたライブラリーも設置。奈良の工芸文化に関する書籍や、経営に関する実用書などが並び、発想のヒントになりそうだ。

 月額会員だけでなく、ドロップインでの利用も歓迎している。Wi-Fi・電源はもちろん、シュレッダー、ミニキッチン、コピーやスキャナーなどの複合機などもあり、有料でミーティングルームを使用することも可能。登記や郵便も受け付けている。

 会員の月定額は、税込1万1000円から1万6500円。法人会員でも2万2000円だ。ドロップインにいたっては3時間1100円、1日でも1650円と非常にリーズナブル。学生割引も設定している。この価格設定からも、「ジリン」は営利目的ではなく、奈良のまちづくりを担う「エヌパーク プロジェクト(N.PARK PROJECT)」の拠点として機能していることがうかがえる。

奈良のまちづくりを担う「エヌパーク プロジェクト」 ヘップサンダル、カレーなどのスモールビジネスも誕生

 「エヌパーク プロジェクト」の掲げるビジョンは、「スモールビジネスで奈良を元気にする!」。開店時のサポートやコンサルティング、セミナーやワークショップなどの学ぶ機会を提供するなど、10人未満の小規模事業の立ち上げから、発展するための必要な要素を学び、実践するまでを総合的にサポートしている。

 「ジリン」では、中川政七商店による経営講座も開催され、その受講をきっかけにしてデビューしたスモールビジネスもある。川東履物商店が2020年に立ち上げたヘップサンダル「ヘップ(HEP)」は、講座がきっかけでデビューしたブランドだ。現在では、全国セレクトショップで販売し、「ズッカ(ZUCCA)」とコラボレーションも行うなど、地場産業のPVCサンダルをファッションアイテムに進化させた。また果実園によるフルーツブランド&カフェ「堀内果実園」は、中川政七商店のコンサルティングを経て、今では全国的に人気のブランドに成長している。

 奈良出身の店主が2020年にオープンした「菩薩咖喱」もその一例だ。もともとイベント出店や間借りでカレーを販売していたが「エヌパーク プロジェクト」による支援で事業計画書の作成や管理会計を学び、広報のサポートを受け、実店舗開業に踏み切った。「奈良をカレーの総本山にする!」がコンセプトだ。感覚ではなく、計画して進めることで、3年で目指した売上目標を2カ月で達成した。2号店、3号店の出店も視野に入れているという。

 奈良では、今、魅力的なスモールビジネスが次々と誕生している。「これらをより加速させ、奈良を魅力ある都市に導くことは、日本の工芸を元気にすることにつながる」と中川政七商店は信じている。 

 次回、関西出張があるときは、奈良まで足を延ばし、「ジリン」で仕事をしたい。心地のいいコワーキングスペースは多々あるが、わざわざそのために回り道をしたいと思う場所は初めてだ。何かが起こりそうなエネルギーを感じ、刺激を受け、ふわっと包まれるように身をゆだねたい。

 作業に疲れたら中川政七商店 奈良本店内のライブラリーでまったりするもよし、茶論で一服するもよし、ちょっと菩薩咖喱まで足を延ばしてスパイスチャージをしてもいい。仕事が終わったら猿田彦珈琲で乾杯しよう。

 すでに「エヌパーク プロジェクト」の狙い通り、奈良のまちを元気にする歯車の一環になっているのかも……!? でもそんな巻き込まれ方なら大歓迎だ。朝から晩までこのエリアでゆったり過ごすことが、まちの経済を動かし、スモールビジネスの成功がまちの活性源となるのだ。

間庭典子(まにわ・のりこ)/フリーライター:婦人画報社(現ハースト婦人画報社)を退社後、ニューヨークへ渡る。現在は東京を拠点に各メディアに旅、グルメ、インテリア、ウエルネスなど幅広いテーマで執筆。著書に「ホントに美味しいNY10ドルグルメ」「走れば人生見えてくる」(共に講談社)など

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