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“ハミ出し者”「アズマ」の初のショーで起こった奇跡 雨上がりの新宿に響いたブルーハーツ

 東研伍が2015年に立ち上げたメンズブランド「アズマ(AZUMA.)」は、2021年春夏コレクションを新宿のスタジオアルタ屋上で9月12日に披露した。会場費からモデル、撮影費までの予算を合計100万円以内に抑えたという小さな規模とはいえ、ブランドにとって初のインスタレーション形式での発表となる。同時に動画も撮影し、後日公開するという。ブランド設立から5年目を迎え、東デザイナーは34歳。現在の卸先は9アカウントとビジネス面では決して順風満帆とはいえないため、今回にかけるは思いは相当なはずだ。しかし本番当日は午後から降水確率100%という最悪な予報で、準備を進める東デザイナーの表情は曇天の空のように終始さえなかった。

「アンダーカバー」出身の実力者

 東デザイナーは「ユリウス(JULIUS)」や「アンダーカバー(UNDERCOVER)」でパタンナーなどを経験した実力者で、服作りの地力は高い。18年には「Tokyo新人デザイナーファッション大賞プロ部門」に入賞しているのが何よりの証拠だろう。ただしブランド名が「アズマ」なのに本名は東(ひがし)というひねくれた性格ゆえに、難解なクリエイションに偏りがちな節がある。これまでテーマに選んできたのは“隠れキリシタン”“ドメスティック・バイオレンス”“アイヌ”“秘密結社”“ユダヤ教”などで、題材ゆえに数々のトラブルも経験した。ロックの文脈を受け継ぐスタイルにユーモアを盛り込むクリエイションは得意なのだが、いかんせん着想源がアクの強いものばかりで万人受けはしない。教室の隅っこでいつも突っ伏している“何となく話しかけづらい子”が、そのまま大人になったようなブランドである。

 だからこそ、今季のテーマとして選んだザ・ブルーハーツ(THE BLUE HEARTS)はストレートで意外だった。1985年から95年にかけて活動した日本の伝説的バンドである。会場で渡されたプレスリリースには「彼らの音楽は純粋で攻撃的だが優しさに溢れている。彼らの説明不要なかっこよさと強いメッセージを感じてください」とピュアなメッセージが綴られている。どうした、「アズマ」。さらにランウエイに目を向けると、白いカッターシャツをまとった純真無垢な学生12人が並んでいる。本当にどうした、「アズマ」。いよいよ丸くなったのだろうかと予感していると、定刻から12分遅れでショーが始まった。気がつけば、降り続けていた雨は奇跡的に上がっていた。

雨上がりの空に鳴り響いたブルーハーツ

 ショーが幕を開けると、学生たちは“ブルーハーツのテーマ”をコーラスし始め、その花道を不良っぽい出で立ちのモデルが歩くというコントラストを効かせた演出だった。服はバンド名にかけたブルーをキーカラーに、ロック調のテーラードと古着風のゆるさをミックスしたスタイルを軸に形成する。ザ・ブルーハーツの“マーシー”こと真島昌利をほうふつとさせるバンダナを取り入れたアイテムも多数見られた。ジャケットの裏地やセットアップのパンツの膝に切り込みを入れて中からバンダナをのぞかせるなど、キャッチーなディテールも加えた。またジャケットにハンドペイントしたバンドの曲“スクラップ”の歌詞や、アニメーターの山田遼志が手掛けた“青空”の歌詞をイメージしたイラストもポジティブなムードを添える。

 クリエイションがこれまでと大きく変わったわけではない。ただ自身のパーソナリティーを服を通して伝えたいという真摯な思いはいっそう強くにじんでいた。ザ・ブルーハーツから引用したスタイルを、動画やインスタレーションを交えて立体的に表現したのもそのためだ。学生を起用した演出も、不良のモデルに自分自身を投影し「“ハミ出し者”かもしれないけど、これが自分だから」という主張を込めた。学生には事前に自ら手紙を書き「歌で僕に力を貸してください」と伝えたといい、学生たちの懸命に歌う姿がコレクションをさらに引き立てていた。

“ハミ出し者”が見せた本音

 「別に、このショーを絶対に成功させたい!売れたい!みたいに意気込んではないんですよ」――ショー前にそう語っていたひねくれ者は、フィナーレを終えると目を潤ませて安堵の表情を見せていた。彼の言葉が本音なのか照れ隠しなのかどうかは、その表情が全てを物語っていた。個性が強い「アズマ」の服が今の時代に合っているかといわれれば、答えは「ノー」なのかもしれない。ビジネスのことだけを考えれば、クリエイションは肩の力をもっと抜いた方がいいのだろう。でも、東研伍は正々堂々と王道の正反対を行けばいいと思う。世界を変えてきたのは、いつだって“ハミ出し者”たちの真っ直ぐな思いなのだから。

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