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北欧発のポップ・ガール、シグリッド(Sigrid)が語る「ポップの魅力」とアデルやチャペル・ローンへの共感

ノルウェー西岸の港町オーレスン出身のシンガー・ソングライターで、いまや北欧発のポップ・アーティストを象徴するアーティストとなったシグリッド(Sigrid)。怒りや自己主張をまっすぐに描く等身大の歌詞と、エネルギッシュなエレクトロ・ポップ・サウンドが多くの支持を集め、デビュー・アルバム「Sucker Punch」(2019年)はイギリスでもプラチナ・レコードに輝くなど(本国ではダブル・プラチナに認定)、近年のグローバルな音楽シーンで際立った存在感を示し続けている。東京でのレコーディングも行われた今年リリースの最新アルバム「There's Always More That I Could Say」は、ディスコ〜クラブ・ポップの要素を大胆に取り入れた前作「How to Let Go」(22年)の方向性を受け継ぎつつ、同国のオーロラも手がけるアシェル・ソルストランドやジェームス・フォードとともに自身も共同プロデューサーとしてより深く制作に関わることで、サウンドの多層性とプロダクションの構築力が大きく進化。パンデミック期の内省を経てたどり着いた“解放”や“再起”、“希望”といったテーマも印象的で、「このアルバムには自分の好きな要素を全部詰め込んだ」と自身が語るように、今作は彼女の現在地を力強く示す充実したポップ・アルバムとなっている。

そんな彼女は、自らのことを迷いなく“ポップ・ガール”と呼ぶ。彼女にとって“ポップ”とは、単なる音楽ジャンルではなく、自身のアイデンティティーをかたちづくる核であり、自由に、自然体のまま、自分らしさを解き放つための表現そのもの。そこにあるのは、10代で音楽活動を始めてロックやヒップホップ、フォークといった多様なジャンルに親しんできたボーダレスな感覚と、「ポップにルールブックはない」と言い切る現代のポップを担う者としての強い自負。そして、チャペル・ローンやロザリアといった同時代のポップ・アーティストへの共感が伺える。

2年ぶりの来日公演となったジャパン・ツアーの東京公演が行われた11月19日。会場となった恵比寿ザ・ガーデンホールの楽屋で彼女に話を聞いた。

2度目の来日公演
初めての大阪

——今回は2度目の来日公演になりますが、大阪でライブをやったのは昨日(11月18日)が初めてですよね?

シグリッド:そう、だから観客の皆さんにとっても“初めてのシグリッド”だったと思います(笑)。大阪の観客は本当に素晴らしくて、これまでの公演の中でもトップクラスでした。とても親密で遊び心があって、温かい雰囲気なのにものすごくエネルギーをくれたんです。

——ライブ前に街を見て回る時間はありましたか。

シグリッド:(大阪の)箕面の滝に行ったんですが、ちょうど紅葉の時期で、木々がとても美しくて。食べ物も最高で……あれ、なんて言うんでしたっけ? (日本語で)“ヤキニク”をたくさん食べました。それからお寿司も(笑)。少し買い物もして、ビンテージ(古着)も手に入れることができたし、大阪は本当に美しい街ですね。

——今夜は東京公演ですが、ニュー・アルバムの「There's Always More That I Could Say」に収録されている「Two Years」は東京で制作されたんですよね?

シグリッド:はい。音楽制作のためにこんなに遠くまで旅をしたのは今回が初めてで。普段はロンドンやノルウェーで曲を書いていて、ロサンゼルスに行ったこともあるけど、でも今回のアルバムについて考え始めたときに「どこか遠くへ行ってみたい」って思ったんです。自分が“最高にクールだ”と思える場所に行きたかった。それで、今回のアルバムのプロデューサーのアシェル(・ソルストランド)と話して、日本にしようと決めました。2人とも日本が大好きなので。それで下北沢の「Echo and Cloud Studio」というスタジオを2週間借りて制作しました。とても素晴らしい経験で、その滞在中に2曲書き上げたんです。ちなみにアシュエルは今、日本で自分のアルバム制作もしていて、今夜のライブにも来る予定なんです。

好きな日本のカルチャーは?

——ちなみに、親しみのある日本のカルチャーはありますか。

グリッド:日本の文化って——きっとよく言われることだと思うんですけど——とてもユニークですよね。ノルウェーの文化って、どこか他の国と似ている部分が多いんです。例えば日本と韓国に共通点があるように。でも、世界の反対側から来た私にとって、日本の文化は本当に唯一無二に感じられる。特に大好きなのが、文化のあちこちにちょっとした“遊び心”や“風変わりさ”が感じられるところで。ジブリ映画のような、あの独特の世界観——あれはまさに日本的な魅力だと思います。

日本の音楽も、とても多様ですよね。時々思うんですけど、「ABBAは日本の音楽から影響を受けているんじゃないか」って(笑)。日本の音楽って、構造はすごく複雑なのに、同時にとてもキャッチーで、そのバランスが似ている気がするんです。

文学も同じで、私は村上春樹が大好きなんですが、彼の文章って“決してやりすぎない”んですよね。エレガントでタイムレスで、でも独特で、全然退屈じゃない。常に不思議なひねりがあって、非現実的でシュールな世界に自然と入っていける。その感覚が本当に魅力的です。

そして、これは“自然とのつながり”と関係しているのかもしれない。大阪で滝を見に行ったとき、自然との精神的なつながりについて話を聞いたんですが、とても美しい考え方だと思いました。私はノルウェーの自然豊かな場所で育ったので、自然はいつも身近な存在でした。でも、“ものに名前を与える”とか、“日常の中に小さな魔法が宿っている”ように感じる日本のスピリチュアルな世界の見方はまた全然違っていて。とても素敵で、すごくインスピレーションを受けます。

——東京のセッションにはSEKAI NO OWARIのNakajinさんが参加されていたそうですが、他に気になる日本ミュージシャンはいますか。

シグリッド:藤井風さんが大好きです。最高ですよね。fox capture planもクールだし、本当にいいアーティストだと思う。あと、Spotifyで「シティ・ポップ」のプレイリストを流すこともよくあります。いつ聴いてもバイブスが最高だなって。

——藤井風の音楽はどんなところが好きですか。

シグリッド:実は今朝も、大阪から東京に向かう新幹線の中で聴いていたんです(笑)。彼の音楽ってポップではあるけれど、どこか複雑で、良い意味でオタクっぽい(Geeky)感じがある。そのバランスがすごく好きで、キャッチーなのに常に新しい発見があるんです。

プロデューサーとしてのこだわり

——今回のアルバムでは初めて全ての曲にプロデューサーとして関われていますが、その過程でどんな発見や学びがありましたか。

シグリッド:アシュエルとの共同プロデュースという形なんですけど、とてもクールな経験でした。彼とはもう何年も一緒に音楽をつくってきていて、初めての曲は「Dynamite」(19年)で、場所は(ノルウェーの首都)ベルゲンでした。それ以来、もちろん他の作家やプロデューサーともたくさん仕事をしてきたけれど、アシュエルとの時間にはいつも“遊び場”みたいな感覚があるんです。まるで“人でいっぱいの部屋にいる2人の子ども”みたいに自由に遊べるというか、何もかもが自然で、音楽を始めた頃の感覚に戻れる。キャリアを積むほど業界にはいろんなノイズが増えて、アルバムを重ねるプレッシャーも大きくなるけれど、原点に戻れる時間は本当に貴重で楽しい。

で、プロデュースの話に戻ると(笑)、私はこれまでもずっと“共同プロデューサー”として制作に深く関わってきました。もちろん、自分がやっていないことの手柄を取るつもりはないけど、私にとってプロデュースとは“音の設計”すべてなんです。「ベースはどんなラインを弾くべきか」「音色はどうする?」「ドラムはどこから入る?」「ベースとドラムはどんな会話をするのか?」——そういう決定の積み重ね。コンピューターに触ることだけがプロデュースではないし、そうした音づくりの工程が私は大好きなんです。

私は“誰のアイデアか”にこだわらない。良いものなら、それでいい。でも今回のアルバムでは、とても明確に「私も共同プロデューサーだ」と言える。それを若い女性や若いクリエイターに示せたことが本当に嬉しいんです。「プロデュースにはいろんな形があって、チームでつくるものなんだ」って(と、胸元でハートマークをつくる)。

——例えばその“共同プロデューサー”という部分も含めて、今のシグリッドさんにとってロールモデルとなるアーティストというと誰になるのでしょうか。

シグリッド:ロールモデルは本当にたくさんいます。例えばフローレンス・アンド・ザ・マシーンのキャリアにはずっと憧れてきました。彼女は、ある人には“ポップ”と言われ、別の人には“オルタナティブ・フォーク・ロック”と分類されるような存在だけれど、常に自分らしさを貫いている。私自身もジャンルに関してはわりと流動的(fluid)で、ライブでも多彩な要素を混ぜるんですが、その“芯の強さ”にとても影響を受けています。

アデルもそう。アデルは私が音楽を始めた“理由”なんです。子どもの頃、世界で一番憧れていたアーティストで、とても大きなインスピレーションを受けてきました。そしてコールドプレイ。彼らの何が一番好きかというと、キャリアを通して大胆に変化しているところ。「X&Y」の時期も、「Magic」の頃も、「Higher Power」も、BTSとコラボした「My Universe」も同じくらい好き。でも、どれだけ変化しても“これはコールドプレイだ”とわかる。そこが本当に魅力的なんです。

私自身、作品ごとにいろんなことに挑戦して、音楽性もかなり変えてきました。でも、“自分”は変わっていない。アーティストとしての軸は同じまま。その上で、ポップという枠の中でさまざまな表現を探っていく──それが“私らしさ”なんだと思っています。

「“ポップ”にルールブックは存在しない」

——シグリッドさんはかねてから自身のことを“ポップ・ガール”と謳われてきていて。最近のインタビューでは「“ポップ”にルールブックは存在しない」とも発言されてましたね。

シグリッド:この業界で学んだことがあるとすれば——“ポップをつくる”というだけで、いろんな期待や固定観念がまとわりつく、ということなんです。ポップ・ミュージックをつくっているだけで、急に「ポップ・アーティストとはこうであるべき」という箱がいくつも現れてくる。でも私が自分を“ポップ・ガール”だと称するときは、単に「私はポップをつくっていて、それが大好き」という意味であって、それ以外の部分はもっと自由で流動的なんです。

今、私にとってポップはとても“開かれた”ジャンルです。ストリーミングの影響もあって、世界中から本当に多様なアーティストが出てきているし、どこにでもファン・ベースがつくれる。アーティストとして成功するのが“難しいようで簡単でもある”という、不思議な時代だと思います。でも良いのは、ポップというジャンルそのものが大きく広がったこと。

例えば昨年もっとも存在感があったアーティストの一人がチャーリー・XCXで、彼女はもともと“ハイパーポップのサブジャンルの人”と見られていた。でも今や完全にメインストリームのポップの中心にいる。逆にチャペル・ローンのように、フォーク寄りだったり、カントリーの気配がある“別のタイプのポップ”も同じように支持されている。こうした例を見ていると、今のポップがどれだけ多様でオープンかよく分かると思います。

——チャペル・ローンといえば、シグリッドさんが彼女の「Subway」をカバーした映像が最近公開されましたね。

シグリッド:本当に大好きな曲なんです。この夏の間もずっと聴いていて。実はTikTokでバズっているのを知らなくて、正式に曲が出たときに初めて聴いたんですよ(※24年にバイラルヒット、正式リリースは今年7月)。「ああ、これがみんなが話してた曲か!」って(笑)。私、チャペルの大ファンなんです。一度だけ話す機会があって、とても優しくて、しかも私の音楽を好きだと言ってくれて。「えっ!?……本当に!」って、かなり驚きました。

そのあと、BBC Radio 1の「Piano Sessions」でこの曲をカバーしたんですが、実はまったくリハーサルしてなくて、サウンドチェックでなんとなく弾いていたら、ミックスルームのスタッフが「ちょっと待って、録音しよう!」と言い出して。通常は“カバー1曲+自分の曲”というルールなんですが、「2曲カバーしちゃおう!(※もう一曲はレディオヘッドの「High and Dry」)」と(笑)。練習なしで勢いだけで録ったので、ちゃんと曲の良さを表現できていたらいいんだけど。

——チャペル・ローンにも通じる話ですが、同じ時代を生きる“ポップ・アーティスト”として、例えばロザリアについてシグリッドさんがどう見ているのか、興味があります。

シグリッド:(胸の前で両手を重ねて、天を仰いで)ロザリアって、もう“ポップ”のクイーンですよね。本当に素晴らしいアーティストだと思います。彼女はポップの中にクラシックの要素を大胆に取り入れて、ジャンルそのものを前に押し進めている。まさに“真のアーティスト”という感じです。私も家族も大ファンで、妹がマドリードに住んでいるので、向こうでは当然みんなロザリアに夢中なんです(笑)。

——ニュー・アルバムの「LUX」はどうでしたか。

シグリッド:特に好きなのは、あの3曲目——「Divinize」。2曲目の「Reliquia」もゴージャスでとても美しい。クラシックの影響が濃くて、オーケストラも入っていて。どこかアイスランドの音楽にも通じる感じがして……ちょっとシガー・ロスを思い出しました。

私は“ポップの人”ではあるけれど、“心をつかまれるものなら全部好き”というタイプなんです。だからロザリアのこういう曲にもすごく惹かれるんです。良い音楽なら、ジャンルなんて本当に関係ないと思っています。

ファッションのこだわり

——今日はとてもカジュアルなスタイルですが、ファッションのこだわりはありますか。自分らしさを感じられるスタイルは?

シグリッド:うーん……ちょっと考えてみたんですが、旅先での私のファッションって、本当にシンプルなんです。ジーンズにスニーカー、フーディーにシャツ。“とにかく快適であること”。それが一番大事。スーツケースで移動するのでそもそも多くの服を持っていけないし、凝ったおしゃれよりどうしても実用性を選んでしまうタイプなんです。

その感覚は、きっと私の出身地とも関係していると思います。私はノルウェーのオーレスンという、とても小さな町の出身なんですが、そこは“一日のうちに四季が全部くる”ような場所で。朝起きたら雪、昼は雨、そのあと快晴になって、夕方にはまた嵐……みたいな(笑)。だから自然と“何が起きてもいいように備えておく”という意識が身についたんだと思います。子どもの頃はダンス、演劇、歌、ピアノと習い事も多くて、どこへ行くにも自転車移動でした。だから常に“天気に耐えられる服”でいる必要があった。そういう背景が、今の実用的なスタイルにもつながっているんだと思う。

とはいえ、ファッションそのものは大好きなんです。アートフォームとしてのファッションを見るのが本当に好きで、パリのランウェイなら何時間でも観ていられるし、実際にパリでは「セリーヌ(CELINE)」のショーをフロントロウで観ることもできました。あれは最高の体験でした。ただ、自分の普段の生活では“落ち着いたシンプルさ”を保ちたい。玄関を出るときに考えることをひとつ減らして、別のことに集中できるようにしておきたいんです。

自分のスタイルをあえて言葉にすると──クラシックで、ベースはとてもシンプル。でも小さなかわいいディテールを入れるのが好きなんです。今日の赤いリップもすごく気に入っているし、昨日大阪で買った小さなバッグもちょっと“クセ”があってかわいい。少しだけ「Whimsical(遊び心)」なニュアンスがあるのが、自分らしいのかなと思います。

——「There's Always More That I Could Say」のジャケットでは、ドレスアップしたスタイルも印象的です。

シグリッド:それを聞いてくれてありがとう(笑)。というのも、ファッションについては私もレーベルも意識的に考えてきた部分なので。スタイリストはいるけど、ツアー中はあえてつけていないんです。以前、一度ツアーでスタイリングしてもらったら、毎晩の衣装を考えるのがすごくストレスになってしまって。

アートワークで着ているのは、自分で選んだもの。ビンテージの「プラダ(PRADA)」で、上に重ねているのは……多分ビンテージの「クレージュ(COURREGES)」だったか、フランスのブランドだと思います。確信はないんですけど(笑)。でも、“いいもの”であることは確かで、カジュアルなのに少し“ポップ・スターらしさ”もあって、とても気に入っています。

——シグリッドさんの表情も最高ですよね。

シグリッド:今作が抱えている感情の幅広さをすごくよく表していると思う。“なぜ叫んでいるのか”が一見して分からないところが、すごく好きなんです。例えば「Jellyfish」のように喜びからきているのかもしれないし、「Two Years」や「Have You Heard This Song Before」のようにフラストレーションが渦巻いているのかもしれない。「Kiss the Sky」で見せるいたずらっぽいニュアンスなのか、「Fort Knox」のような激しい怒りなのか、「There’s Always More That I Could Say」に漂う悲しみなのか……。あるいは「Hush Baby, Hurry Slowly」のように、心がふっと軽くなって叫び出したくなる瞬間なのかもしれない。いろんな感情が入り混じっていて、一つの言葉では分類できない。そこがこのアルバムらしくて、とても気に入っているところなんです。

“子どものような喜び”だけは失いたくない

——シグリッドさんは20代の初めにデビューして、これまで3枚のアルバムを発表し、世界的な音楽フェスティバルのステージにも数々立ってきました。とても順調にキャリアを歩まれている印象がありますが、年齢や経験を重ねて、ライフ・ステージが移り変わる中で、音楽との向き合い方やキャリア観に変化はありましたか。

シグリッド:本当にいい質問ですね。日本でプロモーションをすると、毎回“一番深い質問”をもらえる気がします。これ、社交辞令じゃなくて本当に。初めて日本に来たのが3年くらい前だったと思うんですが、その時に驚いたんです。「自分の国以外で、こんなに“家みたいに”感じる場所があるんだ」って。地理的にはすごく離れているのに、ようやく落ち着ける場所に来たような感覚がありました。

で、今何が変わったのか、ですよね。うーん……難しいのは、それが“アーティストとして経験を積んだから”なのか、それとも“ただ大人になっただけ”なのか、自分でも区別がつかないところなんです。

ちょうどいい例があります。2018年、私が21歳の頃にオーストラリアでツアーをしたんですが、そこで出会った現地担当のニックという人が、私たちバンド全員に言ったんです。「その喜びを絶対に失わないで。君たちは長く活動するだろうけど、“初めての驚き”を失うのはすごく簡単だから」って。

あれは今でも胸に残っている言葉です。この業界って、正直言うと、人を“硬く”してしまうところがあるんです。ガードが固くなったり、自分を守らなきゃいけない場面が増えたり。もちろん素晴らしい人たちもたくさんいて、私はチームに本当に恵まれているけど、注目が集まるプロジェクトになると、人も情報も一気に増えて、境界線や戦略を明確に示さないといけない瞬間が増える。それでも、ニックが言った“子どものような喜び”だけは失いたくなかった。

——ええ。

シグリッド:今回のアルバム制作では、その感覚を本当に取り戻せた気がします。アシュリーとスタジオにいる時間は、もう本当に楽しかったし、UKのレーベルもすごく支えてくれました。社長のルイスと話したとき、私が「もっと音楽つくりりたい」と言ったら、彼がこう言ったんです。「いいよ。むしろ“変”なくらいがちょうどいい。とにかく自由に楽しんでおいで」と。

その“変な方が面白い”っていうムードは、今のポップの空気にもすごく合っている気がします。だからこのアルバムには、心から誇りを感じています。感情的に深い曲もあれば、馬鹿みたいにくだらない曲もあって――その混ざり具合が、まさに20代後半って感じなんですよね。感情のジェットコースターみたいで、でも時々「まあいっか」って笑える瞬間もある。長く活動してきた経験や、29歳になった今の生活が全部ぎゅっと詰まっていて、それがこの作品の“リアルさ”になっていると感じています。

——チャペル・ローンが今年のグラミー賞の受賞スピーチで、音楽業界に対してアーティストの労働環境の改善を強く訴えたことが大きな反響を呼びました。自分がデビューした頃やこれまでのキャリアを振り返ってみて、何か思うことや感じることはありますか。

シグリッド:まず、チャペル・ローンが訴えたことについてはは全面的に支持します。そういう意味でも、私はこれまでずっと“支えられている”と感じてきました。

ただ同時に、アーティストを支える側の立場って本当に難しいと思うんです。そばで見守ること自体が大きな支えになる一方で、“どう助ければいいか”には正解がない。特に若いアーティストは成長の途中にいるし、“アーティストだから”“有名だから”といって人生の課題から免除されるわけじゃない。誰にでも起きるプライベートな出来事が、有名であるというだけで何倍にも増幅されてしまう。そういうことを、一つずつ乗り越えていかなきゃいけないんですよね。

——はい。

シグリッド:その点で、私は本当に家族に恵まれていると思います。家族とはとても近い距離でいられているし、ノルウェーにいるマネジメントの存在もすごく支えになっている。ロンドンのチームは野心的で、とにかくハードワークで、才能が集まっていて、みんなで“最高”を目指している。その感じがすごく好きなんです。

私は16歳でオーレスンの実家でピアノを弾きながら曲を書き始めた頃から、“ノルウェーの首都に行く”という発想はまったくなくて。むしろ最初から“ノルウェーの外に出る”ことを決めていました。どこからその自信が来たのか自分でも分からないけれど、「私はグローバルに活動する」と疑わなかった。その意味でも、(現在の活動拠点である)ロンドンにいることはすごく自然なんです。

とはいえ、ノルウェーのマネジメントがいてくれる安心感は大きい。みんな野心的だけど、同時にノルウェーらしくワークライフ・バランスをちゃんと大事にしてくれる。この国でワークライフ・バランスの話をするのは恐縮ですが(笑)。でも本当に、そのバランスをどう取るかは重要なんです。大きなステージに立ちたいなら競争は避けられないし、それでも何とか自分を保つ方法を見つけていかないといけないから。

2025年のベスト・アルバムは?

——ありがとうございます。では、最後はカジュアルな質問です。シグリッドさんにとっての2025年のベスト・アルバム、また個人的によく聴いた音楽を教えてください。

ジグリッド:ちょっと携帯を取ってきてもいいですか? プレイリストを見たほうが思い出しやすいので。これは私にとって“最重要テーマ”なんです(笑)。

まず、アイリス・カルトウェイト(Iris Caltwait)。ノルウェーのアーティストで友人なんですが、彼女のアルバム「Again, for the First Time」は本当に素晴らしい。それから、リリー・アレンの「West End Girls」も最高。何度聴いたか分からないくらいです。

ホイットニー(Whitney)の新作(「Small Talk」)もとても良かったし、サブリナ・カーペンターはほぼ毎日のように聴いています。あのアルバム(「Man's Best Friend」)は本当に名作だと思う。それからThe 1975は、もう言うまでもなく私の定番。ずっと寄り添ってきた音楽です。

ロンドン周辺のアーティストでは、アナトール・マスターの「Hopecore」もよく聴いたし、テーム・インパラの「Deadbeat」もクールでした。ビリー・マーテンの「Dog Eared」もお気に入りです。

そして忘れちゃいけないのが、私の大親友でノルウェーのフェイ・ウィルトハーゲン(Fay Wildhagen)の「Let's Keep It in the Family」。はい……これで全部かな(笑)。

PHOTOS:YOKO KUSANO

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