今季30周年を迎えるサンパウロ・ファッション・ウイーク(以下、SPFW)が開催された。サンパウロ市内のイビラプエラ公園内にあるブラジル文化パビリオンをメーン会場に、38ブランドが参加した。これまで通算約300億円が投資され、延べ300万人以上の集客があった南半球最大のファッションイベントで、ジゼル・ブンチェン(Gisele Bundchen)を筆頭に世界的なブラジリアンモデルブームが訪れた2000〜2010年代をピークに海外進出も積極的に計画された。
日本でも“南米のプラダ”と評された「オスクレン(OSKLEN)」や「ヘルコビッチ・アレキサンドレ(HERCHCOVITCH ALEXANDRE)」の店がオープンしたり、「メリッサ(MELISSA)」や「ハワイアナス(HAVAIANAS)」などのシューズブランド、ビーチウエアやファッション雑貨がセレクトショップなどで輸入されたりしたが、コロナ禍あり、またブラジル政情のアップダウンあり、スローダウンのシーズンが続いていた。ただ、ここ数年は特にグローバルサウス、そしてBRICS諸国全体のGDP成長は堅調で、国際的なプレゼンスは上がっており、ブラジルファッションへの追い風も期待できそうだ。
ちなみに今年は日本とブラジル国交樹立も130周年。位置的には地球の反対側にある日本から最も遠い国でありながら、ブラジルにはサンパウロを中心に世界最大の日系人社会があり、今も約270万人(2023年度外務省領事局統計より)が暮らす。日本以外にも、イタリア、ドイツ、スペイン、そしてポルトガル植民地時代に奴隷として移住したアフリカなど、ブラジルには多様な人種が住まい、固有の文化を作ってきた。今季のファッション・ウイークではブラジル北部の手仕事や自然原料を使ったデザインも多く、ファッション産業の未来を見据えたサステナブルなディレクションも多く見られた。
「ヘルコビッチ・アレキサンドレ」
ブラジルといえばリオ・デ・ジャネイロのビーチやトロピカルなジャングルを思い浮かべる一般的なイメージを覆す、パンキッシュで都会的なブラジリアン・モードを発信してきた「ヘルコビッチ・アレキサンドレ」。1994年のデビューからSPFWの歴史と共にファッション業界を牽引し、パリ、ロンドン、ニューヨークのコレションにも参加した実力派だ。この11月にはサンパウロ市内の高級ショッピング街に10年ぶりに路面店もオープンした。
今季は発表の場所としてサンパウロ市内の劇場を選び、イブニングやフォーマルなスタイルを中心にしたコレクションを発表。ジッパーづかいやフードディティールを随所に散りばめ、ヘルコビッチらしいミスマッチでクールなラインアップに仕上げた。序盤はタンクトップやシャツにワークウエアのディティールを添えたカジュアルスタイルから始まり、コルセットのように構築的に仕立てたギンガムチェックのボディスやジャケット、そして後半は光沢感のあるタフタやモアレ紋様のグログラン、パラシュートのような軽量感のある素材で仕立てたドレスやスーチングなど、フォーマルなルックへと続く。カラーパレットはブラックやベージュなど都会的なカラーをベースに、ヴィヴィッドなピンクやブルーが際立った。
「ハンドレッド」
今、ブラジルで最も人気のあるプランドのひとつ「ハンドレッド(HANDRED)」。デザイナーのアンドレ・ナミタラ(Andre Namitala)はリオ・デ・ジャネイロの現代的なライフスタイルをインスピレーションにし、初めはメンズブランドとして立ち上げ、現在路面店はリオのほかサンパウロにもある。
“ダンス”をテーマとした今季はブラジルのコーヒー王として知られる実業家カルロス・レオンシオ・デ・マガリャエスの元邸宅で、瀟酒な雰囲気のテラスをロケーションとした。オープニングにはシャンパンタワーが設えられ、トランスジェンダーのシンガーによる熱唱とともにショーが始まった。序盤はサンドベージュやチョコレートブラウンを基調とした落ち着いたトーンのカラーパレットによるルックが続き、抽象画のようなプリント、シルクサテンやビーズ、スパンコール使いによる煌めき、そしてエンボス加工されたレザーのアイテムなどでアクセントを加えた。透け感のあるオーガンジー素材のトップスやドレス、深いVゾーンで強調した胸元など、センシュアルなスタイリングも見どころ。要所でエイジドモデルも起用し、ブラジル人のインクルーシブで多様な美しさも表現された。
「カタリーナ・ミナ」
「カタリーナ・ミナ(CATARINA MINA)」はブラジルでは最も貧しい地域でもある北東部のハンドクラフトの伝統的な技法を保護し、アルチザンたちへ還元するというサスティナブルなコンセプトで2015年に設立されたブランド。創始者のセリーナ・ヒッサを中心にリサーチを行い、現在では約1000人のアルチザンたちが主にクロッシェ編の技法を駆使したバッグやアパレルのプロダクトを生産している。製品にはそれぞれバーコードが記されたカードが添えられており、生産者のプロフィールや背景などをエンドユーザーへ伝える努力をしている。
今シーズンはブラジルで“生命の木”として知られるカルナバ・ヤシをテーマに、ヤシの葉も素材に取り入れながら、シルクやリネン、ラミー、コットンなど自然素材を中心に使いながら40以上のルックにまとめた。ハンドクラフトの技法としては、クロシェに加え、ボビンレースやリシシュー刺しゅうといった手の込んだ技術も駆使されている。デザインやパターンはリラックスしたシルエットのミニマルなもので、クロシェやレース素材の合間から見え隠れする素肌感がルックのポイントに。足元はフェアトレードのコンセプトで知られるフランスのブランド「ヴェジャ(VEJA)」とコラボレーションしたスニーカーを合わせた。
「レアンドロ・カストロ」
サンパウロファッションウィークへの参加は2回目となるニューカマーの「レアンドロ・カストロ(LEANDRO CASTRO)」。エコロジカルな素材を使いながら、エッジでモード感の高いデザインのコレクションを作ってきた。
今季はブラジル北部にあるパラ州のサンタレンへ赴き、コレクションの構想を練った。ここはアマゾン川とタパジョーズ川の合流地点にあり、アマゾン地域の交通と交易の拠点として栄えてきた場所。ブラジルの大御所デザイナー、ウォーター・ロドリゲス(Walter Rodrigues)がキュレーションする中小企業支援のプログラム「セブラエ」のサポートも受けながらこの地域でリサーチを行い、ラテックスや木材、種子などの自然原料をコレクションに取り入れた。
白や赤などのカラーコンタクトレンズを入れてまるでエイリアンのような風貌のモデルたちが着用したのは、オーバーサイズに仕立てたラテックス素材のTシャツドレスや、お椀状の木の実の殻やコースターのような円盤状の木をつなげた彫刻的なシルエットのルックスでどこかフューチャリスティックでもある。全体的に緊張感のあるムードで黒を基調にしながら、中盤に登場するミリタリー調のグリーン、可憐なローズピンクやホワイトのセットアップがソフトなムードを加味している。フィナーレはスタンディングオベーションで、新たなブラジルのスター誕生、といった盛り上がりだった。
「アミール・スラマ」
1993年、「ロザ・チャ(ROSA CHA)」というブランドを創設し、“ブラジリアンビキニの帝王”と言われるくらいビーチウェアの分野で世界的な人気を博し、SPFWを盛り上げてきた「アミール・スラマ(AMIR SLAMA)」。2009年に「ロザ・チャ」のトップからは退き、以降は自らの名前を冠したブランドでコレクションを続けている。
コレクションはランジェリーのディティールやコルセットのデザインを取り入れたモノトーンのセクシーなビキニのラインアップから始まり、レッドやイエローなどヴィヴィッドなカラーブロッキングの80年代調のスポーティなセットアップやラウンジウエアへと続く。TシャツをカットアウトしたようなDIY風のデザインやトロピカルなモチーフを大胆にプリントしたカフタン、カラフルなストーンを使ったストラップやフリンジのディティール、クロッシェや刺しゅうなどハンドクラフトが凝らされたパレオ……続々と登場するブラジルらしいデザインの数々は、さながらカーニバルのパレードを見ているかのような賑やかさだった。