ファッション

「イッセイ」は“ビットレベルの布”、「アクネ」は親密なセラミックを展示 パリの“アート・ウイーク”現地レポートVol.3

ここ数年、パリは10月初旬のファッション・ウイーク閉幕の数週間後に開かれるアートフェアも“アート・ウイーク”として盛り上がる。世界の美術界の注目を集める濃密な一週間の契機となったのは、22年に始まったアートバーゼル・パリ(Art Basel Paris)。以前のパリの主要現代アートフェアはFIAC(Foire Internationale d’Art Contemporain)が中心だったが、アートバーゼルがFIACを引き継ぐ形となった。この記事では、アートバーゼル・パリの公式プログラムに参加した「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」と「ミュウミュウ(MIU MIU)」、独自イベントを開催した「ディオール(DIOR)」「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE)」「アクネ ペーパー(ACNE PAPER)」「エルメス(HERMES)」傘下の「ピュイフォルカ(PUIFORCAT)」など、“アート・ウイーク”を彩ったイベントを現地からレポートする。

>パリに超富裕層と美術関係者が大集結、「ルイ・ヴィトン」は村上隆とコラボ “アート・ウイーク”現地レポートVol.1

>「ミュウミュウ」は体験するアート、「ディオール」は名作バッグを作家たちが再構築 パリの“アート・ウイーク”現地レポートVol.2

「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」と
「ユージーン・スタジオ」の新プロジェクト始動

高機能素材と独自の布作りの哲学を掲げる「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」は、現代美術家・寒川裕人率いる「ユージーン・スタジオ(Eugene Studio)」とのコラボレーションによる特別展示“タイプXIV ユージーン・スタジオ・プロジェクト(TYPE-XIV Eugene Studio project)”をマレ地区の会場で行った。

「ユージーン・スタジオ」は、平面作品から大型インスタレーション、彫刻、映像に至るまで、ジャンルを横断した表現を行うアーティスト集団。作品は美術史や哲学に根ざした深い思索と、現代的で研ぎ澄まされた美意識が響き合い、抽象性を帯びながらも感覚に鋭く訴えかける力を持つことで知られる。国内外の美術館や国際的な展示で高く評価され、作品は光や時間、物質の痕跡を通して新しい表現を追求している。

本展示は、寒川の代表作“ライト・アンド・シャドウ・インサイド・ミー(Light and shadow inside me)”シリーズを起点に、光と影、紙と布という二つの要素の相互作用を通して、新たな表現の可能性を探求するものだ。緑色の作品は、インクを塗った水彩紙を折り、多角柱状にして太陽光にさらすことで色の退化を表現。白黒の作品は、暗室内で折りたたんだ銀塩印画紙を一つの光源で感光させるフォトグラム技法で制作し、光と影が紙に生む痕跡を視覚化している。「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」は、このプロセスを布に応用し、織物の最小単位であるタテ糸とヨコ糸の関係を軸に、白と黒の二色のみでグラデーション表現を実現。光に応答する銀塩粒子の特性を織物の糸に重ね合わせ、“ビットレベルの布”とも呼べるテキスタイルを完成させた。

展示空間のデザインは、パリを拠点とする建築家・田根剛が担当。布を空間を横断するように配置し、光と影、平面と立体が静かに呼応する。さらに来場者は、展示ガイドツアーやワークショップを通じて、寒川と「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」の宮前義之デザイナーが提案する創作プロセスを体感できる。宮前デザイナーは、「布の最小単位から表現を立ち上げることで、光と影の階調を衣服の言語に翻訳する挑戦となった」とコメントを寄せている。

今回のプロジェクトは、写真でも絵画でも立体でもない、新たな表現の可能性を探究する取り組みであり、アートとファッションが交差する独自の実験的空間として注目される。また、本作はイベント開催時期にパリをはじめとした一部の「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」旗艦店で販売。日本では11月15日から「イッセイ ミヤケ」と「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」の一部店舗で取り扱われる予定だ。

「アクネ ペーパー」の常設ギャラリーで
セラミック作品の展覧会がスタート

「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」が今夏にオープンした常設ギャラリー「アクネ ペーパー パレ・ロワイヤル(Acne Paper Palais Royal)」で、新たな展覧会が始まった。本展は、ニューヨークを拠点とするアーティスト、ピーター・シュレシンジャー(Peter Schlesinger)によるセラミック作品に焦点を当てたもの。彼は、70年代のロンドン・アートシーンを代表する存在であり、写真や絵画、彫刻と幅広い表現を通じて、人間と自然の関係性を探求してきた。本展では、これまでの巨大な作品とは異なり、より親密なスケールの8点を並べる。

木々や植物、人の姿をテーマにした作品群は、粘土という素材を通じて生命の静かな循環や成長の記憶を映し出す。“木を剪定する男(Man Pruning Tree)”や“枝分かれした木を持つ男(Man with Forked Tree)”といったタイトルに象徴されるよう、人と自然の関わりは儀式的な静けさをもって表現。“小さな木立(Small Grove)”や“三本の糸杉(Three Cypress)”では、風景が彫刻的な抽象へと凝縮されている。釉薬をかけたストーンウエアの質感は、触れることを誘うような温かみを持ち、抑制された詩情が漂う。

本展は、15年に「アクネ ストゥディオズ」ニューヨーク旗艦店で開催した“ピーター・シュレシンジャー・スカルプチャー(Peter Schlesinger Sculpture)”展から10年を記念するもの。当時はシュレシンジャーの長年のパートナーである写真家エリック・ボーマン(Eric Boman)が撮影したモノグラフを刊行し、今回はピューリッツァー賞作家マーク・スティーヴンス(Mark Stevens)による序文を新たに加えた新装改訂版を発表した。「アクネ ペーパー」の常設ギャラリーは、アートや出版を通じた文化交流のハブとして現代作家の作品を紹介しつつ、来場者に新しい視点を提供する場として機能し始めている。

「エルメス」傘下の高級銀器メゾン
「ピュイフォルカ」の新作発表イベント

プラチナと銀細工の伝統を受け継ぐ高級シルバーウエアブランド「ピュイフォルカ(PUIFORCAT)」は、新作コレクション、“シルバーセット 2025(Silver Set 2025)”の発表イベントをパリ本店で開催した。同ブランドは1820年にパリで創業された老舗メゾンで、特にアール・デコ様式の卓越したデザインで知られる。1993年に「エルメス」グループに統合され、現在もパリの工房で伝統的な技術を継承しながら、家庭用から王室、高級レストラン向けまで幅広い製品を提供する。

本コレクションでは、ターナー賞受賞のイギリス人彫刻家・版画家レイチェル・ホワイトリード(Rachel Whiteread)がクリエーションを担当。今回彼女が用いたのは、物の形そのものではなく、空間や欠けた部分を通して存在感や記憶を表現する手法だ。段ボールという素材を出発点に、ピッチャーやタンブラー、トレイ、ナプキンリングの形に巻き上げ、折りたたむことでその用途を逆転させた後、「ピュイフォルカ」の職人たちによってスターリングシルバーに置き換えられた。銀の硬質さと段ボールの脆さや使用痕が同時に表現され、素材の特性や経年変化の痕跡までもが精緻に再現されている。

コンピュータ制御の最新加工技術と職人の手仕事を組み合わせ、細部の不規則性や微細な使用痕まで丁寧に写し取っている。トレイの表面にはグラスを置いた跡がわずかに残り、日常の痕跡を讃えるディテールが施された。このコラボレーションは、ブランドの伝統と現代アートの対話を示す取り組みとして位置付け、アートバーゼル・パリ会期中には、来場者が制作過程や素材の質感を間近で体感できる展示も実施した。

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