ファッション

イッセイミヤケの宮前義之が考える“次世代のモノ作り” 「エイポック」で未来を織りなす

 イッセイミヤケは9月23日、「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE、以下、エイブル)」の新路面店を京都市に開いた。「エイポック」は1998年に三宅一生が「服作りのプロセスを変革し、着る人が参加する新しいデザインのあり方を提案する」をコンセプトにスタートした実験的なブランドで、07年に休止。「エイブル」は今年3月に前「イッセイミヤケ」デザイナーの宮前義之が率いるチームにより始動し、「エイポック」のモノ作りを継承しながら「作り手と受け手のコミュニケーションを広げ未来を織りなす」ことを目指す。なぜこのタイミングでの再始動なのか。どう「未来を織りなす」のか。宮前義之「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ」デザイナーに聞く。

WWD:改めてA-POCのコンセプトを教えてください。またそれをどのように継承して発展させていくのでしょうか。

宮前義之(以下、宮前):三宅は70年代からパリコレを舞台に仕事をしてきて、新しい時代を迎える2000年を前に、「イッセイミヤケ」のバトンを滝沢直己に渡し、三宅自身は藤原大と「ファッションから新しい価値観を」という思いで「エイポック」を立ち上げ98年に初めてパリで発表しました。A-POCは“A Piece of Cloth”一枚の布という意味です。当時あまり服の業界では使わない“一体成型”という言葉を使い、新しい概念の服作りを探求しようと始まりました。

WWD:「エイポック」は無縫製ニットが印象的でしたね。

宮前:今でこそコンピューターを使うのは当たり前ですが、当時からコンピュータープログラムを駆使して編まれた無縫製ニットが特徴で、チューブ状に編まれたものを切り出すと服が現れる――どこをカットしてもほつれないので、着る人が自由にカットできてカスタマイズできます。つまり、服の完成には作り手だけではなく受け手も不可欠であり、そこが「エイポック」の重要なコンセプトの一つだと理解しています。

 「着る人が服を完成させる」――80~90年代はスターデザイナーがたくさんいて新しいスタイルを作り上げることに大きな影響力を持ち、ファンは誰よりも早く着ることにステータスを感じ価値があった。三宅はそこからさらに、「着る人が参加する意識を作ること」をデザインの世界で提案しました。

WWD:98年は時代の変わり目でした。

宮前:アップル(APPLE)が“アイマック”を発表して、コンピューターが普及し始め、ファッションの世界は「ユニクロ(UNIQLO)」が原宿に出店して格安のフリースが流行り、安くて身近に服を楽しめる時代に向かっていました。大量生産大量消費に向かっていた時代に、小ロット多品種を作るシステムを作り上げたこと、1着でも1000着でも必要な数だけ作ることができる仕組みを作ったのは画期的だったと思います。

WWD:画期的な「エイポック」の服作りは既存の服作りのプラットフォームにはあてはまりません。デザインチームはこれまでとは異なるアプローチをしたのでしょうか。

宮前:従来のように生地を集めて編集して服を作るのではなく、デザイナーやパタンナーが原料、糸作り、生地を織る・編む、染色、加工など全ての生産プロセスに関わりながら作っています。僕自身も2001年に入社して「エイポック」で川上から川下に関与しながら、一枚の布の中に服作りを入れることを経験しました。その姿勢は、三宅が会社を設立して日本でモノ作りを始めた時からですが、特に研究開発が活発なのは社内でも三宅率いる「エイポック」チームだったと感じます。

WWD:宮前さんは「エイポック」からキャリアをスタートしたんですね。

宮前:僕が参加したときはちょうど本格的に始まるときでした。素材のこともわからずに入社しましたが、一から経験できたことが11~19年まで手掛けた「イッセイミヤケ」につながっていると思います。「エイポック」の考えを発展させて“スチームストレッチ”が生まれました。

WWD:「エイブル」はどのようにして生まれましたか?

宮前:コロナ禍で立ち止まり、改めてこれからのモノ作りを考えたときに「エイポック」での経験が自分を成り立たせていると感じました。三宅と会話するなかで、「エイポック」の考え方は今、この時代の変化の中で新しいことができるのではないか、改めてチャレンジしようとなりました。

 “できる、可能にする”という意味の「エイブル」という言葉を加えたのは、「エイポック」の思想から、さまざまなことを現実化したいという思いを込めました。エポックメイキングという言葉もありますが、20年前に画期的な服作りを作り出したように、僕たちもこれからの時代に合った新しい服を発信していきたいとスタート地点に立ったところです。

WWD:“可能にする”についてもう少し教えてください。

宮前:モノ作りは協業です。つまり、いろんな人たちと知恵を出し合わないと新しいモノ作りは非常に難しい。「エイポック」はあらゆる人と密につながり、研究するだけでなく、実装させてきました。着る人を巻き込む形で現実化していきたい。一連のことをコミュニケーションという言葉を使いながら行うことがモノ作りで大切だと思っています。“現実”という言葉が改めて大切になってきている。

WWD:現実とは?

宮前:難しいことではなくて、服作りを通じてチームだけでは見えないことも外の人と会話すると新しい景色が見えて見方が変わり、成長させられる。全てのモノ作りに通じているのではないかと思います。だから面白い。

WWD:“新品はいらない”コンセプトが生まれるほど、気候変動や資源の枯渇といった私たちの現実は厳しくなっています。次世代のモノ作りをどのようにとらえていますか?

宮前:“新しいものを作らない”という考えが生まれるのは、時代を考えると当然のことかもしれません。産業革命以降、大量生産して消費することが経済や豊かさの価値基準として存在してきました。その反動が今起きていて、「これからどうしようか」というフェーズに入ってきている。いろんな方法があると思います。モノをリサイクルすることもそうですし、車や家をシェアすること、そして「イッセイミヤケ」が大事にしてきたことーー長く大切に着てもらうことをどう伝えていくかということもそう。時代の価値観が確実に変化しているし、新しいものだけが豊かさの価値にはつながらないし、それが何なのかを考えています。

 先日読んだ(西陣織の)細尾(真孝代表取締役社長)さんのインタビューに共感しました。「人間が創造することを止めてはいけない」という言葉です。人間には新しい美を追求してきたという歴史があり、それが蓄積されて文化になった。太古の昔から美を求めることでテクノロジーが進化して人間が豊かになってきました。それが止まることはないと思うし、その中で新たな美の価値観、時代ごとに変わる美が問われています。

 ファッションの仕事は誤解を受けやすいと感じます。次の時代のモノ作りに不可欠なことは常に社会とのつながりを感じながら作ること。服は一人では作れない。協力者がいて服ができます。そうした優れた技術やその環境をどう持続可能にするか。何事も継続することは大事で、プリーツもそうですが、一つの技術を継承して発展させることが大切だと思います。もちろん変わることが美徳という価値観もありますが、僕たちはいかに継続させていくかを大事にしています。続けていくにはクリエイションとビジネスの両輪が必要になります。

WWD:発信の場が京都だったのは?

宮前:これからの時代に大切なものは文化だと考えます。三宅との日々の対話でも、文化があるかないかは今後非常に重要になってくると話しています。京都は伝統と革新が共存した町。古いものだけがあるのではなくて、イノベーションが起きています。京セラ、島津製作所、任天堂など独自のイノベーションを起こしている企業があります。三宅の哲学を継承して発展させていくことと、自分自身のやりたいことを重ねたときに、どこで発信したいかを考えたら京都でした。

WWD:伝統と革新の街で、三宅さんの哲学を継承していくんですね。

宮前:自分たち独自のモノ作りを伝統にしたいと社内で話しています。伝統とは物事を大切に守る、残すととらえられがちですが、僕は、伝統は時代に合わせて変化させることだと思っています。三宅一生と「エイポック」の考え方を継承させて発展させる場所として、京都にアトリエも構えられたらと話しています。三宅も「京都の水を借りて僕たちのモノ作り(蒔いた種)を成長させていこう」と話していました。

WWD:今回の新作では、現代美術家の宮島達男さんとコラボレーションされました。

宮前:宮島さんは、ご自身が迷ったりぶれないようにするために3つのコンセプトを掲げられて時間と生命を表現されています。3つのコンセプトとは「変化し続けること」「あらゆるものと関係を作ること」「永遠に続くこと」。僕たちが次の時代のモノ作りを考えて出した答えと宮島さんの言葉が重なり、前に進むために宮島さんの力をお借りできないかとお声がけしました。

 既存のチームだけではアイデアは限られてくるし、固定概念も生まれます。知らない土地に行きたい、心揺さぶられる景色を見たいのと同じで、異分野に触れたい。モノ作りの原動力の全ては好奇心だと思っています。旅と同じ感覚で、異分野の人、出会ったことない人と面白いモノ作りを「エイブル」で行っていきたい。面白い人に出会うのは半年に1回とは限りません。コレクションのスケジュールに合わせていくのではなくて、違うベクトルで取り組んでいきたい。

WWD:宮島さんとのプロジェクトでは「ソニー」のもみ殻を原料にした多孔質カーボン素材“トリポーラス”を用いました。

宮前:実は「ソニー」とは3年前から取り組んでいました。“トリポーラス”は黒しか出せない制限がある素材ですが、今回用いるのに最適な素材でした。宮島さんの表現する0~9の数字は生命を表していて、0は闇や死を表現しています。服を通じてこういう人がいるんだ、とかこういう素材があるんだ、と着る人の物語が始まればという思いがあります。

WWD:“トリポーラス”についてもう少し教えてください。

宮前:ソニーはバッテリー電極材料の研究開発をしていた中で、もみ殻が持つ独特な微細構造を発見し、優れた吸着特性を持つ新しい植物由来の多孔質炭素材料“トリポーラス”を開発しました。もみ殻は日本で200万トン、世界で1億トン以上が廃棄されていて、そのいくらかは焼却されていてCO2などの温室効果ガスやPM2.5などの大気汚染物質が排出されます(編集部注:国連食糧農業機関によると、現在世界で年間4億トン以上のもみ殻を含むバイオマスが、野焼きなど焼却によって処理されており、野焼きで発生する短寿命気候汚染物質(SLCPs)は、気候変動の原因のひとつと言われている)。またもみ殻にはシリカというガラス繊維成分が入っていて、それを取り除く技術をソニーが開発しました。従来の炭素材よりもにおいを吸着したりウイルスを除去したりする性質があり、その性質を生かした用途開発をしていました。「ソニー」には繊維だけではなく、水や空気を浄化する分野へ発展したいというヴィジョンがあります。一人でも多くの人に素晴らしい技術があることと世界で起こっている問題を伝える機会を持ちたい。

 今回用いた素材はレーヨンに“トリポーラス”を練りこんでいます。黒の美しさは見る人が見たら違います。通常の黒より黒い。どれだけ洗濯しても、繊維が先に壊れるほど黒が落ちません。黒は色が褪せたり、縫いしろにあたりが出たりしますが、新しい代替素材に用いることができればとも考えています。今回はジャケットやパンツに使っています。今後ベーシック素材にしていきたい。

WWD:売り方について教えてください。シーズン制ではない売り方も検討していますか?

宮前:「エイポック」と「エイブル」の2つ、シリーズとプロジェクトの活動があります。プロジェクトはローマ数字のⅠ、Ⅱ、Ⅲと表現されるもので、異分野や異業種とのコミュニケーションから新たな発想、技術開発を行い、ブランドの革新性を示す重要な役割になっていきます。従来のコレクションのようにシーズンではなく、プロジェクト単位で行います。販売方法は、宮島さんのプロジェクトは店に並べて展示の場を作り、予約をいただき、約1カ月後にお届けするというものです。一切余剰在庫を抱えずに気に入ってくださった方に届けたい。

 シリーズもシーズンはなく、タイプS、O、Uなどアルファベットで発表したベーシックアイテムを提案します。20年間で生まれたスチームストレッチや形状記憶素材、無縫製ニットなどでシリーズ化していきます。普遍的なデザインで汎用性のある男女兼用のアイテムで、日常の中の服のアイコニックな存在になればと考えています。作り方は、当時も今も変わらない、一枚の生地の中に服が織り込まれていて、ジャケット、パンツ、ベーシックアイテムを作り始めています。型は一度作ったら変えない予定で、お客さまにとってのメリットは、気に入って自分の型が見つかれば繰り返し購入できます。自分の好きな形を見つけてもらって生活の中に使ってもらいたい。

■A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / KYOTO
京都府京都市中京区富小路通三条上ル福長町106
075-251-1288

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