「イエール国際モードフェスティバル(Festival International de Mode, de Photographie et d’Accessoires de Hyeres、以下イエール賞)」がこのほど閉幕した。1986年に南仏イエールで創設されたフェスティバルは、これまで数多くの国際的才能を輩出し、若手デザイナーにとっての登竜門として知られている。しかし財政面ではここ数年、難局に直面してきた。 運営団体ヴィラ・ノアイユ(Villa Noailles)は昨年度に約65万ユーロ(約1億400万円)の赤字を抱え、複数の未払い請求が報じられた。しかし40回目を迎えた今年は約100万ユーロ(約1億6000万円)相当の支払いを優先的に処理し、財務の立て直しに着手。さらに創設者ジャン=ピエール・ブラン(Jean-Pierre Blanc)の退任を経て、今年から新ディレクターにウーゴ・リュッキーノ(Hugo Lucchino)が就任した。ウーゴ新ディレクターは、「40周年は単なる記念ではなく、原点に立ち返るためのタイミング。創造を支えることが私たちの存在理由だ」と開会式で語ったように、フェスティバルの焦点は若手デザイナーの創作そのものへと回帰した。
今年の審査員は、フェスティバル史上初めて現役デザイナーで構成した。審査員長を務めたのは、鮮烈な色彩とポップアート的感性で知られるジャン=シャルル・ド・カステルバジャック(Jean-Charles de Castelbajac)。1993年のグランプリ受賞者でもある「ヴィクター&ロルフ(VIKTOR&ROLF)」のデザイナーデュオ、2006年に特別賞を受賞したジュリアン・ドッセーナ(Julien Dossena)「ラバンヌ(RABANNE)」クリエイティブ・ディレクター、クリステル・コシェール(Christelle Kocher)「コシェ(KOCHE)」設立者兼クリエイティブ・ディレクター、ペラギア・コロトゥロス(Pelagia Kolotouros)「ラコステ(LACOSTE)」クリエイティブ・ディレクター、アレクサンドル・マテュッシ(Alexandre Mattiussi)「アミ パリス(AMI PARIS)」設立者兼クリエイティブ・ディレクター、マリーン・セル(Marine Serre)「マリーン セル(MARINE SERRE)」設立者兼クリエイティブ・ディレクターといった、現代ファッションを牽引する顔ぶれが並んだ。
ファッション部門のグランプリを制したのは、スイスとチリにルーツを持つルーカス・エミリオ・ブルナー(Lucas Emilio Brunner)。ベルギー・ブリュッセルの名門ラ・カンブル(La Cambre)卒業後、「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」のアーティザナル部門で経験を積んだ26歳だ。受賞コレクション“À bout de souffle(息が切れて)”は、風船をモチーフに呼吸・空気・再生という抽象的なテーマを服の構造へと落とし込んだ。膨らみと萎みを繰り返すフォルム、ラテックスやデニム、チェック地の上に施したバルーンの意匠による軽やかで遊び心に満ちた造形は、若手らしい実験性と高い完成度を兼ね備えている。
「シャネル(CHANEL)」が支援するLe 19Mメティエダール賞(Le 19M Metiers d’Art)には、テクニカルなマウンテンウエアの構造とクラフトの技を融合したフランス出身のアドリアン・ミシェル(Adrien Michel)が受賞した。素材再利用プロジェクトであるアトリエ・デ・マティエール賞(Atelier des Matieres)には、ジェンダーの境界を軽やかに越える作品が評価された、パレスチナとポーランドで生まれ育ったレイラ・アル・タワヤ(Layla Al Tawaya)が選ばれた。アメリカの高級コットン団体スーピマ(Supima) が授与する新設のスーピマ賞には、スイス出身のノア・アルモンテ(Noah Almonte)を選出。AI時代のアイデンティティをテーマに、現実とデジタルの曖昧な接点を探る構成で注目を集めた。観客投票によるイエール市民賞は、「エルメス(エルメス)」と「ディオール(DIOR)」で経験を積んだレバノン出身のユセフ・ゾゲイブ(Youssef Zogheib)が受賞した。第二次世界大戦中に仮装して戦場に向かった兵士たちをモチーフに、ユニホームの規範を解体するコレクションを披露した。
アクセサリー部門のグランプリは、木材を素材にした彫刻的アクセサリーを発表したアモリー・ダラス(Amaury Darras)が受賞。木工職人としての経歴を持つ彼は、「木という生きた素材が持つ呼吸を、身体の延長として形にしたい」と語る。また、「エルメス(HERMES)」が主催するグローブ賞では、ホンジュラス出身のルイサ・オリヴェラ(Luisa Olivera)が選ばれた。花のように開閉する布製ジュエリーに、ラテンの有機的な感性とフランス的なエレガンスを融合させる。写真部門の7Lグランプリは、フランスのノエミ・ニノ(Noémie Ninot)が受賞。10代の少女たちが社会的規範をどう受け継ぐかをドキュメンタリー的に描き出した作品で、社会と個人の境界を問い直した。パレスチナやホンジュラスといった政治的に不安定な地域や、経済的困難を抱える国からも受賞者が登場したことは、クリエイティビティとそこにかける情熱は、国や環境を超えて人々を結ぶ共通言語であることを物語っているようだった。
最後にウーゴ新ディレクターは、「創造の場として存続させるためには、経済モデルを見直すことが不可欠」と語った。今後はフェスティバル期間の短縮や新しいパートナーシップの構築を進めつつ、若手育成というミッションを強化する方針だという。長年支援を続ける「シャネル」や「エルメス」、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)、ケリング(KERING)、新たに今年から加わったスーピマ(SUPIMA)といった各社も、変化の只中にある同フェスティバルを“未来のための投資”として位置づけている。多様な出自と背景を持つ若者たちが集い、共通言語としてのクリエイションで語り合うイエール賞は、今後もなお世界のファッションが生まれ変わる現場であり続けるだろう。