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映画「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」の真利子哲也監督が語る「映画づくりのこだわり」——「自分が理解しきれていない感情を描きたい」

PROFILE: 真利子哲也/映画監督

PROFILE: (まりこ・てつや)学生映画でありながら全国公開された「イエローキッド」(2009)は、国内外で上映され、数々の賞を受賞。商業デビュー作の「ディストラクション・ベイビーズ」(16)は、ロカルノ国際映画祭で最優秀新進監督賞、ナント三大陸映画祭で銀の気球賞を受賞するなど、国際的に高く評価される。日本ではキネマ旬報ベスト・テンで3冠、ヨコハマ映画祭で6冠に輝いた。続く「宮本から君へ」(19)は、アジア映画批評家協会NETPAC AWARD 2020で最優秀脚本賞にノミネートされ、日本では日刊スポーツ映画大賞やブルーリボン賞などで最優秀監督賞など12もの映画賞を受賞。2019年3月から1年間、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員としてボストンに滞在。シカゴ国際映画祭の審査員として招かれた際に、本作の構想を始める。

息子の誘拐事件をきっかけにある秘密が浮き彫りになり、崩壊へと向かっていく夫婦を描いた日・台・米合作のヒューマン・サスペンス映画「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」が9月12日に公開となる。アメリカ・ニューヨークの大学で助教授として廃墟の研究をする主人公・賢治を演じるのは「ドライブ・マイ・カー」(2021)で世界中から脚光を浴び、A24製作シリーズ「Sunny」(24)でハリウッドデビューを果たした西島秀俊。そして賢治の妻で、人形劇のアートディレクターをするジェーンをデビュー作「藍色夏恋」(02)から「薄氷の殺人」(14)などでも知られる台湾出身の名優、グイ・ルンメイが演じる。

本作の監督を務めるのは「ディストラクション・ベイビーズ」や「宮本から君へ」など、独自の視点で暴力や人間の激情を描き、世界的に高い評価を受ける真利子哲也監督。多国籍のスタッフが集結し、全編冬のニューヨークでロケを敢行されたという本作は一体どのように製作されたのか。着想を得たアメリカでの体験や、これまでと異なる“暴力”へのアプローチ、真利子監督が映画づくりで大切にしていることについて話を聞いた。

アメリカでの経験が
本作のきっかけに

——2019年に新進芸術家海外研修制度により渡米された真利子監督が、そこでの体験から脚本を書き始めたと伺いました。具体的にはどのような体験から着想を得たのでしょうか?

真利子哲也(以下、真利子):アメリカのボストンに滞在して欧米人と会話して感じたのは、僕がアジア人であり、日本人ということ。ほかの国の人と一緒に映画を観て語り合ったり、映画の制作の仕方も日本でやっていたこととは違ったんですよね。シカゴの映画祭の審査員としてお声がけしてもらったときに、同じ審査員にヨーロッパの俳優や南米の監督がいて情報交換したり、映画祭のスタッフに地元シカゴのプロダクションも紹介してもらったり。すごく楽しくて、視野が広がった一年になりましたし、直接的ではないにせよ本作のきっかけになったと思います。

——テニュア(終身雇用資格)が得られず、生活もままならない移民の焦燥感が生々しく描かれていたと思います。それは実際渡米して見た景色や聞いた話から着想を得たのでしょうか?

真利子:渡米して日本ではなかなかお会いする機会のなかった日本の大学教授や研究者の方々とも知り合うことができたんです。教授といえば学生の頃に接しただけなので、お堅いイメージだったんですが、外国での時間だったのもあって、フレンドリーにいろいろと話ができて。そこで彼らのアカデミックの世界に興味を持って、主人公の設定に盛り込ませてもらったんです。

——金沢大学の井出(明)博士が廃墟についてのコラムをプレス資料に寄稿されていましたね(パンフレットにも掲載)。2019年にハーバード大学の研究室で出会って、「ダークツーリズム」の研究について真利子監督とお話したと書かれていました。

真利子:井出さんはアンドルー・ゴードンさんという歴史学の教授のもと、客員研究員として僕と同じ(ハーバード大学の)ライシャワー研究室に在籍していたんです。井出さんに一番に教わったのは映画とまったく関係のないマイルの貯め方なんですが(笑)。ただ僕がそれ以前に、ラジオに井出さんがゲスト出演されてダークツーリズムの話をされたのを聴いていて、僕の映画の動機も人や土地とその背景なので、興味を持っていたこともあり、まさかこんなところでお会いできるとはとばかりにたくさんお話しさせてもらいました。コラムまで書いて頂いて本当にありがたいです。

——今のアメリカで移民の物語を描くことに時代性も感じるのですが、そこは意識した部分なのでしょうか?

真利子:在籍していたライシャワー研究室は日本の文化や社会科学などについての研究をしているところで、東アジア研究が盛んで、大学の図書館には、東アジアからの移民が書く文学の本もたくさん置いてありました。国によっては海外だからこそ書ける文学がジャンルとしてあって、それが一つの文化になっていることをそこで初めて知ったんです。本作の家族像にはそういった影響もあるんですが、今回は移民の映画であると強調しようと思ったわけではなく、ニューヨークのブルックリンに暮らす人々の姿をごく自然に描きたかったという想いの方が強かったです。

自分が理解しきれていない
感情を描きたい

——言語・車・人形・銃・廃墟などさまざまなモチーフが出てくる作品ですが、起点となったのはどの要素なのでしょうか?

真利子:主人公の設定として最初からあったのは大学教授で、その専攻は建築学、その中でも具体的に廃墟を扱いたいということ。廃墟を研究している人が、やがて自身も廃墟のようになっていく……というぼんやりとした筋があったんです。つまり、廃墟になった後にどうやって生きていくか、それを念頭において徐々に肉付けしていったんだと思います。

——まず建築学が頭にあったのはなぜ?

真利子:きっかけはシカゴにいて、建築物とその歴史に惹かれたんです。シカゴの大火(1871年)で街が破壊されて、その後はさまざまな国の多様な建築物で埋め尽くされた摩天楼になった。スタッフからの紹介で、建築学の先生と話していたときに「廃墟を研究している人はほとんどいない」と言われたんです。すでに語り尽くされていて“社会の役に立つ”研究ではないので、どうしても歴史だったり、アートな方向にいきがちで、それこそ建築のテニュアがほしい人は廃墟のようなニッチなものは選ばないと。もともと自分が廃墟に惹かれていたこともあったんですが、それを聞いてなおさら興味を持って廃墟という題材を選択しました。

一方で、井出さんにハーバード大学で東アジアの研究をしているアメリカの学生たちを紹介してもらったんですが、彼らが外国を語る上で自分の実体験から動機を見つけて論文を書いていたんです。本作の脚本を書く上でも、賢治がなぜ廃墟を研究するのか、自身の体験を交えて選択したことも想像しながら進めていきました。

——賢治の体験というのは震災のことですね。

真利子:そうですね。賢治にとって鮮烈な記憶として触れています。日本に住んでいる人にとっては被災地でなくとも大きく揺れたり、ニュースなどで強く記憶に残っているものですが、外国で脚本を書いたときに何の話をしているのか伝わらないことに気付いたんですよね。今回は外国で作る映画だからこそ、賢治の軸たる動機として震災のことに触れようと思いました。

——日本の廃墟は静的で死を思わせ、英語圏では動的で生と結びつくと言及されます。興味深く感じたのが、日本を舞台にした「ディストラクション・ベイビーズ」「宮本から君へ」は動的で生を感じさせる作品だったのに対し、アメリカが舞台の本作は静的で死を感じさせる作品だということでした。

真利子:確かに「ディストラクション・ベイビーズ」では肉体的な暴力を伴う若者たちの喧嘩のシーンが続くので動的と言える一方、本作では肉体的な暴力を伴わない大人の夫婦の口論がコアにあるので、そういう意味では静的と言えるかもしれませんね。ただ、その後も踏まえて最終的にどうなるのかってことでは、より掻き回したんじゃないかなと。自分の中で「暴力」とは何かと向き合って描いたのが「ディストラクション・ベイビーズ」でしたが、本作の賢治とジェーンは互いを思い遣っていて、そこには愛もある。愛は良いものとみなされているけど、そこにはある種の暴力性も孕んでいて、ときに他者を傷つけることもありますよね。「愛」とは何かと向き合って考えて、内側で激しく揺れ動く感情を捉えようとしました。

——監督はこれまでの作品でも「暴力を描きたかった」と明言していますが、本作でもそれは底通しています。ただこれまでと異なるのは、肉体的でない暴力や銃という暴力装置を描いたことにあると思います。渡米したこと、あるいはコロナ禍を経たことなどは監督の暴力に対する考え方に変化を及ぼしたのでしょうか?

真利子:2020年に日本に帰国した日にアメリカで国家非常事態宣言が発令されて、一気に世界が変わったんですよ。当時日本ではダイヤモンド・プリンセス号での感染が報道されていて、ボストンで開いてくれた送別会で「日本に帰ったら大変だね」という話をしていたんですが、日本に帰ってきたら、日本はまだ普段通りでアメリカが大変なことになってしまった。数日前まで一緒だった皆がどう過ごしているのか知りたくて、アメリカの仲間達とオンラインでつないで、そのうちに日本でも緊急事態宣言が始まって、世界中がパンデミックで大混乱になった頃、物騒なニュースばかりで辟易しながら、オンラインで世界中の友人に繋げて「MAYDAY」(20)という作品をつくったんです。コロナ禍を過ごす世界中の家族の食卓のビデオを送ってもらって一つの作品としてつなげてみて、いろんな家族の何気ない風景を良いなと思ったり。それ以前と以後で世界の見え方や考え方が変わったというより、視野が広がったというか。自分が理解しきれていない感情を描きたいという思いは一貫してあるんですが、そのために何をどう描くかという表現の仕方に関してはコロナ禍などを経て変化したような気はします。

言語とアイデンティティー

——大半を占める英語に加え、多国語から手話までたくさんの言葉が飛び交います。英語を話すジェーンが「私たちの言葉ではない」と語るように言語はアイデンティティーと直結しており、ときにコミュニケーションの障害にもなりますが、本作で多くの言葉を使うことにはどのような狙いがあったのでしょうか?

真利子:日本だと圧倒的に日本語を話す人が多いですが、アメリカでいろんな取材をしていると多様な言語が飛び交うんですよね。スペイン語は少なからずみんな喋れるし、本作のジェーンのようにアジア系の家族間では中国語で会話をしているし、チャイナタウンは漢字の看板しかない。そういう現実にあるものを落とし込もうと思いました。そしていろんな言語がある中で、お互いが分かり合っているつもりでも少しずつすれ違っているということが、テーマの一つでもあります。欧米人からみて同じ人種のアジア系の夫婦が英語で会話をしているけど、彼らは育ってきた環境も言語も違う。日本でもあるように、同じ言語でも起こり得る男女間や価値観、性格の違いですれ違い口論へ発展していくといった模様を描きたかった。

また手話を使う男性は、マイケルさんというろう者の俳優です。彼がいることでジェーンが所属する人形劇団のスタンスが掴めると思ったのですが、それ以上に、僕らが英語のコミュニケーションが完全ではなく通訳がいるのと同じように、ろうの当事者が手話通訳者と現場にいても何の違和感もなく、むしろ俳優やスタッフの意思の変化も体感したので出演してもらいました。

——感情が高ぶると母国語が出てしまうあたりに、アイデンティティーの根幹部分での「分かり合えなさ」が表れていたようにも思いました。こういった多言語の脚本をどのように書き進めていったんですか?

真利子:まず日本語で書いて、それを英語やその他言語に翻訳してもらいました。英語は単語一つ違えばかなり印象が変わるので、それは一つひとつ説明してもらい、議論しましたね。あとは俳優さんが読みにくい言葉があった場合は調整していって……と丁寧に作業を進めていきました。

——台詞の約9割が英語というのは西島さんにとってもチャレンジングな作品だったと思います。

真利子:初めてお会いしたときに「英語はまだまだ完璧ではないです」とお話してくれて、俳優によっては躊躇される人もいると思いますが、西島さんはひたすら読み込んで英語の台詞でも自分の言葉として演じてくれたので、すごいですよね。

設定として俳優さんにできるだけ無理のないようにしたくて、賢治は6〜8年くらいの年数アメリカにいた人の英語力、ジェーンは10代の頃からアメリカにいる人の英語力というように、ひとえに英語といってもグラデーションがあるので使う単語から俳優の方々にマッチした台詞は意識しました。そこは翻訳のジャン・ユーカーマンさんはじめ何人かで構成された脚本監修者たち、何より言語指導のショーンさんと俳優の方々と丁寧につくり上げていった部分ですね。

——本作に不思議な質感を与えているのが、ジェーンたちが主催する人形劇ですよね。このアイデアはどこから来たのでしょうか?

真利子:アメリカ滞在中に人形劇に携わっていた友人が遊びにきたんです。それまで僕が想像する人形劇といえば「ひょっこりひょうたん島」みたいな、子ども向けのものでした。でも彼が教えてくれた人形劇はアバンギャルドな空間で、人間よりも大きなパペットを動かしていたり、手書き台本には政治的なメッセージがあったり、イメージと違いすぎて衝撃を受けたんですよね。

そんな人形劇に興味を持ったそんなタイミングで、本作の人形劇監修をされているブレア・トーマスさんをご紹介いただき、シカゴ郊外にある彼のスタジオにいってお話させてもらって意気投合したんです。後日、彼が世界中でパフォーマンスをしている「リトル・アマル」のディレクターをシカゴ中心部で開催したときに観に行ったんですよ。そこで準備をしている地域のボランティアの人たちがすごく楽しそうで、かつ指導する人形師たちの身体はアスリートのように出来上がっているプロフェッショナルだった。それでますます「人形劇って奥深いな。ブレアさんと仕事したいな」と思うようになりました。それで企画がまとまったところで、改めてブレアさんに参加をお願いして、人形の製作から劇中の人形劇の発案、人形師を集めてもらうところまでやって頂きました。ルンメイさんも全面的に信頼して、誰よりも一生懸命練習してくれたおかげで、想像以上のパフォーマンスができました。

——ポスターにもなっていますが、ジェーンが動かす大きな人形がとりわけ印象的でした。賢治の内面の危うさを示唆する存在にもなっているのか、廃墟となった劇場でも一瞬登場しますよね。

真利子:気付いてもらえて良かったです。あの劇場は賢治とジェーンが知り合った、つまり彼らの関係が始まった場所なんですよね。そういう場所に現れるあの大きなパペットが何の象徴なのか、僕も現場で話したらしいんですがあまり覚えてなくて……(笑)。ただ、賢治に限らずジェーンにも、それぞれ研究や人形劇へ熱意を傾けながら、エゴがありますよね。そんな2人の間には最愛の子どもがいて、その肥大したエゴの象徴なのかもしれないとか、トラウマの象徴かもしれないとか、後から思うようになりました。

車は重要なモチーフ

——「ディストラクション・ベイビーズ」と同様に、車が印象的に使われていました。序盤では家族の団欒の空間であったものが孤独を感じさせるものとなり、やがて思わぬ形で破壊されます。あの鳴り続ける異音からも崩壊寸前の賢治と家族と重なりますが、ニューヨークという大都会であえて車に着目した理由はなぜでしょうか?

真利子:ニューヨークはとにかく車が多くて、道にもびっちり停まっているんですよね。やはり車がないと生活するのが難しいけれど、賢治の車はもう廃車寸前の状態。実際、ニューヨークの街中にいるとたまにグラフィティだらけのボロボロな車が走ってるのも見かけるので、外から見れば「捨てればいいのに」と思っちゃうんですが、賢治はジェーンの父親から受け継いでいるものなので捨てるに捨てられない。きっとアメリカにきた義父が大切にしてた車なんでしょう。ある意味で賢治の生きづらさを「簡単に捨てられない車」が象徴しているわけです。家族で一緒に乗ることもあるけど、そこで鳴る異音が不穏さも表していたり、この家族の象徴としても考えられます。本作における重要なモチーフであると思います。

——従来の作品でも暴力を倫理的に正しいものとは描かれてはきていませんが、一方で警察や法律とはほぼ交わらないものとして描かれてきました。ところが本作では刑事が暴力の罪を問うという目的を持って家族に迫ります。この役割に重点を置いた理由はなぜでしょうか?

真利子:脚本を書き始めたときから「罪と罰」みたいなものを扱いたいと考えていたんです。善悪どちらにも見える人たちがいたら、それをジャッジするのは社会であり警察なので、本作ではアメリカの考える正義や法律から眼差す視点と道徳的な観点の葛藤が欲しいと考えて、NYPDの刑事を登場させました。

多国籍なスタッフとの制作

——撮影監督の佐々木靖之さんとは愛媛が舞台の「ディストラクション・ベイビーズ」ぶりのタッグとなりますね。愛媛とニューヨークでの撮影は勝手がまったく違ったかと思いますが、佐々木さんとどのように撮影方針を組んで進めていったのでしょうか。

真利子:今回はオリジナル企画とはいえ、根本的に従来と違ったので、佐々木さんとはだいぶ長い時間を一緒に過ごしました。日本製作の映画なら企画が動く前にスタッフに声を掛けて、ある程度は動いてくれたりするんですが、アメリカでは予算が集まってからでないとスタッフに声を掛けられない。シカゴで試行錯誤しながら短編を撮ってみて、イメージもできて予算を具体的にしようと考えていたタイミングで全米映画俳優組合のストライキが起きてしまった。

そんな先行きが見えない中でも佐々木さんとアメリカで過ごしていたんですが、そのときに仕事のことや映画についてたくさん話したんですよね。ずっと終わりの見えないトライ&エラーを繰り返しながら長い期間を一緒に過ごして、その期間に自分たちがやりたいことを絞って、何が必要かをじっくり考えることができました。もちろん撮影中はいろんなことが起きるんですが、佐々木さんがしっかり準備してくれたおかげで対応できたことは多いと思います。アメリカにいるといろんな映画を想起して話したりしましたが、せっかく日本から来ているのだから、模倣ではなく自分たちが撮れるものを撮ろうということは常に話していましたね。

——撮影は佐々木さんが担当されている一方、美術はソニア・フォルターツさん、照明はチャド・ドハティさん、編集はマチュー・ラクローさんが担当されていますね。国際色豊かなチームでの作業はいかがでしたか?

真利子:面白かったですね。日本人の現場スタッフはプロデューサーを除けば、撮影と録音だけでしたが、彼らとアメリカ人の助手のコミュニケーションも端からみてて勉強になりました。僕は年末に撮影終えて、年明けすぐに台湾にいるマチューのところでずっと編集していたんですが、彼は感覚的なところが強いタイプなんです。いつもなら自分が感覚的な役なんですが、今回はマチューが感覚的なつなぎをしていくから、自分は逆に理屈っぽく指示してた気がします。彼はジャ・ジャンクー監督の作品にもずっと参加しているのでアジア映画への造形も深いので、一緒にやってみて、本作がアメリカ映画なのか、アジア映画なのかを探りあえて有意義な時間でした。

また美術のソニアさんたちはすごく良いチームで、できる限りコミュニケーションして素晴らしいイメージをつくってくれました。ただ、時間がない撮影だったのでソニアさんは翌日の現場を作るため当日の現場を助手が担当していて、たまに思っていたものが用意されてなかったりして。大変な撮影でも楽しみながら、指摘すれば動いてくれるし、こちらも事前の連絡は怠らず撮影現場に行って、何が起きていても楽しみながらクリアしていきました(笑)。照明のチャドはムードメーカーで佐々木さんと以心伝心で連携を取ってくれましたし、皆さんとの作業からは日々刺激をもらっていました。

——初タッグを組むジム・オルークさんのジャジーな音楽はどこかメランコリックで、人々の行く末を暗示しているようでしたが、音楽はどのような方針で作り上げていったのでしょうか。

真利子:日本にいるときにお会いして、撮影している間にもオンラインでやりとりして、その後ラフの映像を観てもらった上で音楽を付けてもらいました。個人的に印象的だったのが、賢治が大学で誘拐に気付くシーンの音楽。普通なら急かすような音楽になりがちだけれど、ジムさんはジャジーな音楽を当ててきたんです。僕は「良い曲だけど別のシーンと間違ったのかな?」と思って、シーンの説明をして別の曲をつくってもらえないか依頼しましたが、ジムさんから「映像と環境音と混じれば良い感じにハマるはずだから、整音の人を紹介してください」とメールをもらいまして。それでも別の曲をもらったんですが、自分の中でジムさんの言葉が心に残っていて。その後しばらくして整音の杜篤之さんに渡して聴き比べてもらったら、はじめにもらった曲が良いと言ってたんです。すぐにその曲に合わせて整音されたものを観たら素晴らしかったんですよね。音のスペシャリスト2人が良いと言っているものは理屈じゃないんだなと唸った経験でした。

——最後に、真利子監督が映画を作る上で大切にしていることを教えてもらえますか?

真利子:原作の有無や分量はさておき、これまでの作品は全て自分で脚本を書いてきました。そこで大切にしているのは、人物を記号にしないこと。アメリカに住むアジア人というのは記号的にすればより分かりやすいかもしれないけど、実際に生きている人は違いますよね。一言で「幸せな家族」と言ってもそれぞれ抱えているものがある。例えば本作の登場人物も、分かりやすい悪として描くことはできたかもしれないけど、そうでない一面もきちんと拾ってキャラクターとして描きたかったんです。人が演じられるように人物をただの記号にしない、そしてその集合体が映画になるようにしたい。そうやって人間の複雑性をきちんとフォローして映画をつくっていくというのは、これまでやってきたことだし、これからもやっていくことだと思います。

PHOTOS:MASASHI URA

映画「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」

◾️「Dear Stranger/ディア・ストレンジャー」
9月12日 TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
出演: 西島秀俊 グイ・ルンメイ
監督・脚本:真利子哲也
撮影:佐々木靖之
編集:マチュー・ラクロー
録音:金地宏晃
美術:ソニア・フォルターツ
照明:チャド・ドハティ
人形劇指導:ブレア・トーマス
音楽:ジム・オルーク
配給:東映
https://d-stranger.jp/

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