パル(大阪市、小路順一社長)は、奈良県吉野郡下市町との地方創生に向けた連携を強化するため、企業版ふるさと納税による寄付を行うと発表した。寄附金目録と感謝状の贈呈式が8月18日に大阪市内のパル本社で行われた。下市町出身でパル創業者の井上英隆相談役、パルの小路社長、下市町の仲嶋久雄町長らが出席した。
寄付額は2025年に1億円、26年と27年にそれぞれ2億5000万円で、3年間で総額6億円。下市町の年間予算約40億円の15%に相当する。企業版ふるさと納税制度を活用することで、企業の実負担以上の規模で地域投資を実現できる。18日の贈呈式で仲嶋町長は「特に南海トラフなどの大地震の懸念がある中、防災に力を入れていきたい」と話した。井上相談役は「地元の産業が低迷し、人口減少や空き家問題を抱えるこの町に危機感を感じていた。地域や伝統産業の再生につながる仕組みづくりに有効活用してほしい」と述べた。
具体的な活用内容は3つの柱からなる。1つは防災減災対策、農林業振興、賑わい拠点の施設充実などの「安全・安心事業」。2つめは賑わい拠点を通じて「関係人口の増加につなげる賑わい事業」。3つめは下市町で暮らしてみたいというニーズを逃さず、移住、定住や起業へとつなげる「空き家利活用事業」。3つの柱を中心にしながら、学生の通学費補助や国際交流、観光資源の確保・活用など地域の魅力を最大限引き出す事業などに配分する。
ファッション企業による町おこしの拠点
パルは廃校となった旧下市南小学校をリノベーションした複合型商業施設「KITO」を24年7月に開業し、下市町での地方創生事業をスタートした。初年度来場者目標4万人を大幅に超える20万人を集客し、地域の新たな交流、観光拠点として地域活性化に貢献している。地元客はもちろん、大阪や滋賀、京都、遠くは東海地方からの目的来訪が増えた。
計画を上回る滑り出しには、ファッション企業らしいノウハウがあった。地元の魅力をよりキャッチーに発信することを大切にした。アパレルならではの視点で時代性や流行性を企画に盛り込んだ。例えば、地元の濃厚卵と薬草農園で採れた山椒を使ったKITOオリジナルの「山椒プリン」は、他にはないスパイシーな大人の味だと好評だ。
下市町は奈良県中央の山間部に位置し、人口約4300人の農業と林業の町だ。人気観光地である天川村や黒滝村へと続く幹線道路の途中に位置し、「通過される町」に甘んじてきた。「(奈良県の南東部に向かう観光客の)約80万人のほとんどが下市町に立ち寄らないのが課題だった。しかしKITOの開業をきっかけに町内の農産物生産者が連携しあったり、ワークショップの主催者が出品したり、地域住民と来訪者との新たなつながりやビジネスチャンスが生まれている」(仲嶋町長)。
KITOのプロジェクトマネージャーである井上真央氏も「以前はあきらめ気味だった地元の人たちも下市町の資源を再発見し、自発的に動く機運が高まっている」と感じている。KITOの近くにおしゃれなハイキングコースができたり、アロマ蒸留所や3Dプリンターを備えた体験型オフィスの計画も浮上したり、新しい人を呼び込める場所づくりが始まった。
企業版ふるさと納税を活用した地方創生のモデルに
大阪の中心部から近鉄特急で1時間というアクセスの良さも、さまざまなプロジェクトを後押しする好材料だ。「便利な田舎」をキャッチフレーズに進める移住促進対策もそのひとつ。「都会に住みながら、時には田舎暮らしができる環境と人とのつながりをアピールしている」(下市町賑わい創出協議会)。
今後は引き続き役割分担と協働による連携強化を図りながら、来訪者が町内を循環できる拠点作りを進めていく。「KITOがきっかけとなり、立ち寄る場所ができた。次の段階は来訪者が町内を回遊する仕組みを支援していく。そのための企業版ふるさと納税と考えている。空き家活用事業などを通じて人が集まれる場所を作り、地域にお金が落ちるような事業への投資を期待している」と井上氏。パルの支援を受けながら地域内の循環型経済促進に挑戦する下市町の取り組みは、企業版ふるさと納税を活用した地方創生のモデルケースになりそうだ。