ファッション

ザ・ノース・フェイスの最高傑作“ムーンパーカ”、スパイバー関山代表が語る衣服革命

 8月29日にゴールドウインと共同で、人工タンパク質素材を使った“ムーン・パーカ(MOON PARKA)”を発表したスパイバーは、日の出の勢いのバイオテックベンチャーだ。ゴールドウインの30億円の出資を筆頭に、ベンチャーキャピタルやクールジャパンファンド、繊維メーカー、政府系金融機関などから300億円以上の資金を集め、現在の企業評価額は897億円。日本のスタートアップとしては、異例の企業価値10億ドル(約1050億円)以上の未上場企業ユニコーンに最も近い企業でもある。

 “ムーン・パーカ”は世界で初めて人工タンパク質素材“ブリュード・プロテイン(Brewed Protein)”を原料にした織物を表地に100%使用しているが、スパイバーは大規模な商業生産をまだ開始しておらず、15万円の“ムーン・パーカ”は50着限定販売。それでもある大手繊維メーカーの幹部は「人工タンパク質素材は、1953年に工業生産を開始したポリエステル以来の革命的な素材。本格的に普及することになれば、衣服の歴史に新しい1ページが加わることになる」と指摘する。

 いったいスパイバーとは何者なのか。人工タンパク質素材は何を変えるのか。スパイバーを率いる関山和秀・取締役代表執行役を直撃した。

 「今日は僕にとって、スパイバーを創業してから一番重要な日です」——スパイバーの関山和秀・取締役代表執行役はこう語り始めた。2015年10月にゴールドウインと共同で、人工合成クモの糸「クモノス(QMONOS)」を使った“ムーン・パーカ”を発表してから4年。当初「翌年」としていた発売日は、どんどん遅れ続け、ようやく19年8月29日の発表にこぎつけた。この日は6月20日に発表していた“ブリュード・プロテイン”を使った250枚限定のカットソーの発送日でもあった。「世界を変えようと、世界平和を実現しようと思って研究を始め、それがようやく人の手に渡った。いくら自分たちで美味しいと思って作った料理も、食べてもらえなければ意味がない。この4年間、数百人の人たちの手を借りて、ようやく最初の一着をお届けてきた。まさに偉大なる第一歩を踏み出せた」。

 “ムーン・パーカ”は一見すると、これまでのナイロンやポリエステルといった合成繊維素材を使った高機能アウトドアウエアとあまり変わったところはない。アウトドアウエアに求められる透湿防水性やタフネス(強靭性)などの数値は明かさないものの、「ゴールドウインの最高レベルのウエアとほぼ同水準」(ゴールドウインの渡辺貴生副社長)という。ウエアとしての性能が従来の合繊素材と変わらないのであれば、何が画期的なのか。その理由は製法にある。石油を原料にしている合成繊維とは異なり、素材名の“ブリュード・プロテイン(発酵タンパク質)”という名の通り、スパイバーは地球上に豊富に存在するタンパク質を発酵させて糸やプラスチックを生産できるため、従来の石油化学プラントに比べて著しくエネルギー消費量が少なく、環境負荷が小さいのだ。

 また人工タンパク質素材は、クモの糸のような高機能繊維からカシミヤのような超ソフトタッチの繊維、さらには炭素繊維に匹敵する軽量で強靭な構造部材まで、多種多様な素材を遺伝子レベルで合成し、生産できるところにある。

 つまり、ありとあらゆる種類の素材を、石油などの化石燃料を使わずに、しかも非常に環境負荷の小さい形で生産できるのだ。「タンパク質のすごいところは組み合わせが無限大である点。人類がタンパク質を使いこなせるようになると、オプションが飛躍的に広がる。石油という枯渇資源に頼る必要がなくなるし、動物を殺す必要もなくなる」と関山代表は語る。実際にスパイバーはこの“ブリュード・プロテイン”素材を使って、カシミヤそっくりの素材の開発にも成功しているし、クモの糸と同じようにファーの遺伝子を合成した人工ファー、アパレル以外でも自動車向けにも炭素繊維複合材料や鉄などと同等、あるいはそれ以上の強度を持つ部材の開発を進めている。

 15年10月から4年。“ムーン・パーカ”の発売こそずれこんだものの、スパイバーはその間、猛烈なスピードで、この人工タンパク質の研究開発を進めてきた。バイオインフォマティクスから遺伝子工学、合成生物学、分子生物学、発酵工学、有機化学、高分子化学、材料工学など幅広い分野にまたがる分野のトップレベルの研究者を、本社のある山形県鶴岡市に呼び集め、遺伝子レベルで合成し、発酵培養させることで、多彩な糸やプラスチックを生産するシステムを確立した。超収縮という従来の人工クモの糸の欠点を解決することができたのも、このシステムによるものだ。「数年前では考えられないスピードで、遺伝子レベルまでさかのぼって糸の物性を設計・検証・生産できるようになっている」。

 こうした生産システムのために取得した特許は出願中のものも含めると8月時点で220に達する。ライバルの米国ボルトスレッズ(BOLT THREADS)社が20数件にとどまっていることを考えると、その差は圧倒的だ。関山代表はスパイバーについて、発酵プロセスで微生物を例に用いてこう説明する。「培養している微生物は最初の数匹単位だと、外側からは全く変化が感じられない。それが1匹から2匹に、2匹から4匹に、4匹が16匹に、指数関数的に増えていくので、ある臨界点を超えるとものすごいスピードで増殖する」。

 関山代表の最終的な目標は、人類平和だ。「これまでの化石燃料をベースにした大量消費社会は、いずれ破綻する。温暖化や食糧難はさらに大きな問題になり、戦争の原因にもなる。そのパラダイムシフトのために、タンパク質を使いこなすことが人類にとって非常に重要になる」。スパイバーは現在タイで年間500〜600トンを生産できる原料プラントの建設を進めており、2021年の本格稼働を計画している。だが「目標にしている人類平和のための素材革命という意味では、まだまだ誤差みたいなもの」という。関山代表が目指しているのは、年間450万トンが生産されているナイロン繊維を超えることだ。「本当に世界を変えようと思ったら、スケール(規模)が必要になる。年間500〜600トンだと、年間450万トンが生産されているナイロン繊維から見たら誤差みたいなもの。このまま行けばあと20年である一定のスケール(化)はできる。それでも50万〜60万トンレベル。それをさらに10倍、100倍にしようと思ったら、また新しいことが必要になる。もちろん今からそのための準備も始めている」。

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