“ネオ・ソウルの女王”として1990年代からシーンを牽引し、デビューから約30年を経た今もなお、音楽からファッションまで現行シーンに絶大な影響を与え続ける最重要人物の一人、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)が約1年ぶりに来日を果たした。
今回は、新たなライブプロジェクト「IMEHO」の世界ツアーのキックオフとして音楽フェス「ソウル キャンプ(SOUL CAMP)」への出演に加え、東京・神奈川・大阪の「ビルボード ライブ(Billboard Live)」を巡回。そして、本人が「One Human Show」と題した「ビルボード ライブ」での公演は、エリカの歌声に、長年のコラボレーターであるキーボード奏者のRC ウィリアムズ(RC Williams)と、パーカッショニストのKanのみを加えたミニマルな編成で、決められた筋書きに縛られることなく、その瞬間の感覚と観客のエネルギーに身を委ね、即興性を追求した特別なショーだ。
そして、その自由な表現は音楽だけにとどまらない。開演直前まで何を着るかを決めず、ステージ上でレイヤードした服を脱ぎ着しながら表現を変化させていくことで、ファッションも即興の一部と捉えている。そんな彼女が今回の来日公演で選んだのは、モード学園主催の卒業制作展「未来創造展2026」でモード大賞を受賞した漆原幹人による“スモウドレス”やヘッドピース、「トモ コイズミ(TOMO KOIZUMI)」のラッフルドレスなど。世界中のデザイナーと仕事をしてきた彼女ならではの衣装選びの観点から、「IMEHO」の根幹にある即興性、日本への思い、そして30年を経た現在の創作までを聞いた。
「私は一瞬一瞬を生きている」
──まず、今回のライブプロジェクト「IMEHO」には、どのような意味が込められているのでしょうか?
エリカ:ハハハッ!(笑)。意味を知りたい? 「IMEHO」は私の別名義のひとつなの。「I’m me, ho」を砕けた感じで言っているだけ。周りから「あなたはこういう人だ」と言われることもあるけど、私は「私は私」と伝えたいの。つまり、一言で私がどういう人間なのかを表している感じね。
──また、「ビルボード ライブ」での公演は「One Human Show」と名付けられていましたが、普段のライブとはどのような点が異なるのでしょうか?
エリカ:「One Human Show」は普段のパフォーマンスとは全くの別物で、とても特別なものになったと思うわ。私とピアノ、パーカッションだけのミニマルに削ぎ落とされた編成で、セットリストこそあるけれど、楽曲がどう展開して、どれくらいの長さになり、どのように響くのかは私たちにも分からない。今夜の「ビルボード ライブ」の東京公演では一晩に2公演を行ったけど、どちらも湧き上がってきたものは全く異なっていたわ。一度きりしか起こらない、そんな体験を私と観客との間に生み出したい。それが「One Human Show」において、とても大切なことなの。
ひとつとして同じショーはないからこそ、私は一瞬一瞬を生きるアーティストでいるように努めている。信じられないかもしれないけど、この30年間、1年のうち8カ月ほどを旅して過ごしてきたの。そうしているうちに何か伝えたいことが生まれたり、機が熟したと感じたりした時にレコードを作る。でも、私は何よりもパフォーマンスアーティストなの。
セットリストは用意するけど、それはあくまで迷子にならないためのガードレールのようなもの。観客と直接つながり、みんなでひとつの生命体のように鼓動していると、自分でも予想していなかった何かが起こり、別の空間へ行くような感覚になったり、観客が発するエネルギーによって思いもしなかった方向へ進むこともある。だから、セットリストから逸れるは、ある意味で想定内なの。
──その“一瞬一瞬”から生まれる即興性を成立させるために、共演するミュージシャンとはどのような関係を築いているのでしょうか?
エリカ:今回一緒に演奏したキーボード奏者のRC ウィリアムズとは長年の付き合いだから、彼は私のことをよく知っているし、私も彼のことをよく知っている。お互いに“音楽的な文章”を交わしながら、刺激し合うような関係ね。だから、リハーサルを何度も重ねているように見えたかもしれないけど、実際はそんなことはないの。一方でパーカッショニストのKanは、今回初めて共演した東京のプレイヤー。それこそ即興の醍醐味だと思うわ。何にも邪魔されることなく、自分の感じるままに演奏できるから。
──では、ステージ上で起きていることは、あなた自身にも予測できないと?
エリカ:うーん……正直に言うと、ステージ上で何をやっていたのかすら思い出せないの(笑)。いくつものショーを経験していると、その瞬間の記憶が曖昧になってくる。やっぱり私は、一瞬一瞬を生きているんだと思うわ。レコーディングでは“完璧な瞬間”を作るために何度でもやり直すことができるけど、ライブでは同じ瞬間を繰り返すことはできない。レコーディングアーティストであることと、ライブパフォーマーであることは全くの別物。私はずっと、そうやって続けてきた。だからこそ30年経った今でも、まるで昨日始めたばかりのような気持ちでいられるんじゃないかしら。
それは衣装選びも同じ。いくつものラックに、一緒に仕事をしたいと思ったデザイナーや洋服が並んでいても、結局何を手に取るかは最後まで分からない。まずメイクをして、それからラックへ行って、何を着るかを決める。ビビッとくることもあれば、ハッピーなアクシデントもあるし、時には大失敗だってある。でも、それでいい。だって、その一瞬を生きているということだから。そうした瞬間はひとつとして同じものにはならないし、コピーすることも、誰かに押し付けることもできないの。
──日本には1990年代後半から何度も訪れ、フェスやバンド編成でのライブなど、さまざまな形でパフォーマンスを行ってきました。今回、「IMEHO」のツアーを日本からスタートさせたのはなぜでしょうか?
エリカ:それは、はっきりしているわ。私は、観客との距離が近い「ビルボード ライブ」が本当に好きなの。今夜は2回のショーを披露したけど、それはまるで2回リハーサルができるような感覚になる。なぜなら、会場は300人ほどの親密な空間で、観客は集中して聴いてくれるし、スマートフォンを掲げたりせず、私と一緒に音楽を体験することを心から楽しんでくれるから。そして私も、彼らのエネルギーを肌で感じる。そうして私たちは、ひとつの生き物になって呼吸するの。
──そんなあなたにとって、日本や東京はどのように映り、何を感じますか?
エリカ:私にとっては、あらゆるものにスピリチュアルなものを感じるけど、日本や東京では特に庭が好きね。青々とした木々や差し込む陽の光、そよ風、それに鳥も。中でもカラスが好き。とても賢いし、コミュニケーションを取るのが楽しいの。植物や松の木、古い盆栽にも惹かれるわ。思いがけないものに出会えるから、街を歩くのも大好き。木にカラフルな紙が結ばれていて(七夕)、誰かのことを思いながら祈る光景も印象に残っているわ。裸足で芝生を歩けば、その柔らかさを感じられるし、街の清潔さからは、人々が自分たちの街に敬意を払っていることも伝わってくる。
古い建物も好きね。数は多くないけれど、当時の佇まいを残したまま街の中に存在していて、独特の存在感がある。屋根に使われている金や銅を、私は“建物のジュエリー”と呼んでいるの(笑)。ファッションも好きだけど、スタイルと言った方が正しいかな。着物の伝統をはじめ、美しい文化がたくさんある。街ゆく人を見るのも好きだし、年配の方が凛と歩く姿や、若者が幸せそうにしている姿を見るのも素敵ね。
「漆原幹人には素晴らしい才能と作家性がある」
──先ほど、衣装選びも即興のひとつだと話していました。今回の「One Human Show」では、どのような考えで衣装を選んだのでしょうか?
エリカ:「One Human Show」をやろうと決めた時、創造や即興と同じ精神性が衣装にも宿っていてほしいと考えたの。それで、日本や東京の新進気鋭のデザイナー、特にモード学園の学生たちがいいと思ったのよ。
――今回、モード学園の学生たちと出会ったきっかけは?
エリカ:アキコという、東京でスタイリストをしている親しい友人を介して出会ったの。私は自分自身のスタイルがあるから、普段は自分でスタイリングをしている。でもファッションでは、彫刻のような作品を作る、アーティストと呼べるような人たちと仕事をするのが好きなの。今回はアキコがモード学園を紹介してくれて、実際に学校へ出向き学生たちとも会ったわ。中でも、ミキト(漆原幹人)が作ってくれたスモウドレスは、本当に今まで見たことがないようなものだったから、とにかく気に入って3日間連続で着ているの(笑)。先生や学生たちが作ってくれたヘアピースも素晴らしかったし、今着ているドレスはドレープやレイヤーの入り方が本当に美しい……あっ、少しトマトソースをこぼしちゃってるけど(笑)。
ほかにも、友人の「ヴィヴィアーノ(VIVIANO)」が作ったものや、「トモ コイズミ(TOMO KOIZUMI)」のラッフルドレスもある。いくつかは持って帰りたいし、これからもデザイナーたちをサポートしたいと思っているわ。今回一緒に仕事をした人たちは、一歩先を行っているように感じる。着た時にかっこいいのはもちろんだけど、ハンガーに掛かっているだけでも彫刻のように美しいからね。それに、私の即興性とも相性がいいの。
──これまで世界中のデザイナーと仕事をしてきた中で、今回は東京の学生たちの作品も選びました。彼らのクリエイションのどこに、自身の表現と通じるものを感じたのでしょうか?
エリカ:私のショーは、観客も含めて“ひとつの生命体として呼吸する存在”であってほしい。そして衣装には、その中心に位置するような存在であってほしいの。もちろん、ほかのデザイナーや衣装の選択肢もあったけど、東京、その中でも学生たちの衣装を着ることが一番いい選択だと思ったのよ。彼らの作品には、私自身がステージ上で感じているのと同じような、クリエイティブでイノベーティブな精神を感じたからね。
──あなたにとって、衣装は完成したショーを“飾る”ものではなく、即興の一部でもあるのでしょうか?
エリカ:まず、私は“コスチューム”ではなく“クロージング”と呼んでいるの。そして、クロージングはショーのプロセスにおいて、とても大きな部分を占めている。自分が着たくないものを選んだことは一度もないわ。まずラックから着るかもしれないものを選んで、開演直前にひとつずつ組み合わせていく。その時、次に何が起こるかは全く分からない。それこそが「One Human Show」であり、即興こそが鍵なの。いろいろなものをレイヤードした状態からショーを始めて、そこから1枚ずつ脱いでいく。これは、ショーが進むにつれて緊張がほぐれ、パフォーマンスも磨かれていく変化と衣装が呼応しているような感覚ね。
──今回作品を提供した学生をはじめ、これからファッションの世界へ踏み出していく若いデザイナーたちへ、伝えたいことはありますか?
エリカ:まずは感謝を伝えたいわ。ミキトが作ったスモウドレスのアイデアは飛び抜けてユニークで、今まで見てきたあらゆるものとは違っていた。すでに素晴らしい才能と作家性を持っているし、これからファッションの世界で活躍して、何かを変えていく人になると思う。ほかの学生たちにも感謝したいし、モード学園、トモ(小泉智貴)、アキコ、昔から知っているカオリ、みんな本当にありがとう。
――30年にわたって表現を続け、近年はサウンド・メディテーションなど活動の幅も広げています。今、エリカ・バドゥとして、これから生み出したいものは何でしょうか?
エリカ:私はアーティストとして30年間活動してきた。来年にはデビューアルバム「Baduizm」のリリースから30周年を迎える。本当に小さな頃から歌い続けてきたし、演技もずっと続けてきた。音楽でも演技でも、どんな表現であっても、何かを作る行為そのものが好きなの。そして、自分の最高傑作はこれから生まれると信じている。世界と分かち合いたいものが、私の中にはまだたくさんある。それを形にしていくのが楽しみ。そして不思議なことに、東京にいる時が1番、その創作の自由を感じられるの。