現在、クリエイティブ・ディレクターやデザイナーとして活躍するNIGO®の大規模回顧展「NIGO®:フロム ジャパン ウィズ ラブ(NIGO®:From Japan with Love)」が、イギリス・ロンドンのデザイン ミュージアム(Design Museum)で開催中だ。
4つの章で構成される本展には、700点以上のアイテムが並び、その大半はNIGO®自身の個人アーカイブから持ち込まれたもの。単なるストリートウエアの成功譚としてではなく、原宿の熱狂から、茶道や陶芸といった静かな精神性へと至る彼の人生の歩みを辿る内容となっている。
かつてNIGO®は、アメリカやヒップホップ、グローバルラグジュアリーといった“外側”へ強く惹かれていた。しかし現在は、日本の工芸や儀式性、さらには自身の“老い”という感覚など、“内側”へと視線を向けている。ロゴ至上主義的な価値観から距離を置きながら、より静かで内省的なラグジュアリーへと向かう現在地を、本展は映し出している。
カルチャー史であり、NIGO®の個人史
NIGO®が「回顧展のオファーをもらった時期が、ちょうど自分の55年間の物語をひとつにまとめたいと考えていたタイミングだったので、この機会には本当に感謝してる」と語るように、共同キュレーターであるエズメ・ホーズ(Esme Hawes)も本展を「カルチャー史であると同時に、NIGO®の個人史」と説明する。またNIGO®は、「ロンドンと東京のカルチャーにはどこか共通点があり、その意味でもロンドンは回顧展を開催する場所として理想的だった」と話す。
展示は、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「ナイキ(NIKE)」との大型コラボ、「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®)」の象徴的なカモ柄からスタートせず、地元の群馬・前橋で過ごした少年時代の部屋を実寸大で再現したエリアから幕を開ける。日本の戦後経済成長期に育ったNIGO®は、アメリカ軍文化の余韻や、その後日本へ流れ込んできた大量のアメリカン・ポップカルチャーの影響を強く受けていた。ホーズにとって、その“文化的混交”と、それを当時の若者たちがどう吸収していったのかを理解することが、NIGO®と彼の作品を読み解くうえで重要だという。
「NIGO®は、“本当に最初の地点”から始めることに強いこだわりを持っていた。当初我々は彼のキャリア全体――文化服装学院からショップ『ノーウェア(NOWHERE)』、そして『ア ベイシング エイプ®』へ至る流れを軸にした構成を考えていた。しかし彼は、“いや、もっと最初から始めよう”と言った。多くの若者たちは、非常に伝統的だった日本の価値観への“反抗”として、アメリカン・ポップカルチャーやファッションへ目を向けていた中で、彼はそれを貪欲に吸収していった」(エズメ・ホーズ)
「ビンテージは“先生”だった」
第1章“ザ フューチャー イズ イン ザ パスト(The Future Is in the Past)”では、初期の影響が全面的に提示されている。スイスの家具メーカーUSMによる特注什器の中には、1950年代の「リーバイス(LEVI'S)」のデニムジャケットやビンテージのベースボールキャップ、バーシティジャケット、映画「スター・ウォーズ(STAR WARS)」のフィギュア、日本の玩具、音楽、雑誌、さらにはアメリカ野球を日本流に再解釈したテーブルゲームまで並ぶ。
「“コレクターとしてのNIGO®”は、この展示で伝えたかった要素のひとつ。彼は、長年にわたり自身のコレクションをアイデアやインスピレーションを引き出す“ツールボックス”として活用してきた。その姿勢は、現在の『ケンゾー(KENZO)』での仕事にも表れている」とホーズ。実際、NIGO®こと長尾智明は、「ビンテージアイテムこそが、自身にとって本当のファッション教育だった。ビンテージは、表面に見えているものよりも、その内側の方が重要な場合がある。長年、自分が手にしてきたすべてのものが、ある意味で“先生”だった」と語る。
DIYから生まれた新しい価値観
第2章“エボリューション(Evolution)”では、NIGO®がそうした参照元をどのように自らの表現へと変換させたかが描かれる。1993年に高橋盾「アンダーカバー(UNDERCOVER)」デザイナーと共にショップ「ノーウェア(NOWHERE)」をオープンし、同年に「ア ベイシング エイプ®」もスタート。現在、同ブランドは彼の手を離れ、香港のファッションリテーラーI.T傘下にあるが、設立当初のアイテムはいまだにカルト的人気を誇ることで知られている。
「初期の『ア ベイシング エイプ®』は、かなりDIY的なプロジェクトで、ジャケットやTシャツを各5着しか作らなかった。それは、新しいビジネスを始めた若者として単純にリソースが限られていたからでもあるが、同時にNIGO®は“みんなが同じ服を着ること”を望んでいなかった。その考え方はとても興味深く、その希少性がプロダクトに対する熱狂を生み出し、ラグジュアリー感も作り上げることに成功している。90年代当時、これはファッションやストリートウエア業界ではまだ一般的ではなかったが、NIGO®は前面化させた」(エズメ・ホーズ)
展示では、初期の「ア ベイシング エイプ®」のスエットやジャケットとともに、スプレー缶のようなパッケージに入ったTシャツに、クレジットカード風の会員証、そしてカウズ(Kaws)、任天堂、「ペプシ(PEPSI)」との協業など、彼の代名詞となった革新的なマーケティング手法も紹介している。
「世代全体で作り上げたストリートカルチャー」
第3章“ザ NIGO® エフェクト(The NIGO® Effect)”では、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)期の「ルイ・ヴィトン」とのサングラス、ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)期の「ルイ・ヴィトン」とのメンズコレクション、2024年から続く「ナイキ」との待望のパートナーシップ、アーティスティック・ディレクターを務める「ケンゾー(KENZO)」の代表的なルックなど、ファッションシーンに多大なる影響を与えた大型コラボの数々が紹介されている。
NIGO®は、自身が10代の頃に憧れていたブランドや企業と仕事ができたことを「幸運だった」と振り返り、その成功の裏には高橋盾やファレル、カウズら同世代の仲間たちとの共同作業があったと強調した。
「嫉妬や憎しみなんて一度もない。ストリートカルチャーは、我々の世代全体で作り上げたもの。もし誰かひとりでも欠けていたら、今の形にはなっていなかった」(NIGO®)
“内側”へ向かうNIGO®
2010年にファレルと共に立ち上げた「ヒューマンメイド(HUMAN MADE)」は昨年、東京証券取引所への上場を果たし、“上場した初のストリートウエアブランド”として歴史を作った。しかし、NIGO®の功績が彩る熱狂とは対照的に、展示の最終章“ニュー トラディションズ(New Traditions)”は、非常に静謐な空間となっている。
このセクションでは、等身大のガラス製茶室や、その内部に敷かれた畳の上に展示された25点の陶芸作品を通して、日本の陶芸や茶道への関心を深めていく現在のNIGO®の姿が描き出される。これらの作品はすべて、東京のスタジオで制作された手作業によるものだ。
「NIGO®は、ここ数年で新たに見出した“陶芸への情熱”を紹介したいと強く望んでいた。彼はいま、茶道の師範を目指して修行している。長い年月を要し、非常に献身的な鍛錬が必要な世界であり、いま多くの時間をその世界に費やしているからこそ、この展示をその形で締めくくりたかったのだろう」(エズメ・ホーズ)
茶室の背面には、日本を代表する書家の一人、井上有一による作品が掛けられている。そこに記されていた言葉は、ただひと言――“老”。この言葉で展示を締めることを選んだのは、NIGO®本人だ。
「過去を尊重することは重要だ。アメリカンビンテージの歴史は約130年だが、日本の茶道や陶芸には約450年の歴史があり、一生かけても完全に理解することは不可能だろう。だが、それらはこれから先も、きっと自分に影響を与え続けるはずだ」(NIGO®)