和歌山のテキスタイルメーカー、エイガールズ(A–GIRL’S)が手掛けるインナーウエアブランド「マル(MALU)」の存在感が増している。2026年春夏シーズンのリブランディングを機に本格的に卸売りを開始し、国内外のセレクトショップからは「卸売を待っていた」という声が相次いだという。現在の取引先は「エストネーション(ESTNATION)」や伊勢丹新宿本店「リ・スタイル(RESTYLE)」、ユナイテッドアローズの「ロク(ROKU)」など国内31店舗、海外はソウル のアモメント(SHOP AMOMENTO)など4カ国5店舗。なぜ今、ブランドを拡大することを選んだのか。
「マル」は厳選したカシミヤやシルクの極細糸を希少な丸編み機で編み立てたインナーウエアで、シームレスで軽やかな着心地は他にはない。2021年の立ち上げ以降、自社ECを中心に販売していた。「極細糸にも丸編み機にもそれぞれ制約がある。その中でどんな表現ができるかは、素材開発を積み重ねることでしか見えてこないし、その感覚はエイガールズとして長くものづくりをしてきた中で培われてきたもの。生地が厚すぎても、薄すぎても成立しない。その“ちょうどいい”バランスを探る感覚の精度が『マル』の品質を支えている」とファブリックディレクションを担う山下装子エイガールズ副社長は語る。こうした、テキスタイルメーカーならではのものづくりが「マル」の人気を支えてきた。
山下副社長はリブランディングの理由をこう語る。「立ち上げ時から想像以上に多くの方から高い評価をいただく一方で、生産量に限りがあるため、どなたにどのように届けるかを慎重に見極めてきたが、『本当に良い』『欲しい』と感じてくださる方が多いことを実感した。ブランドとしての可能性を感じ、当社の一つの柱として育てることを目指してリブランディングに踏み切った」。
もともと「マル」は「エイガールズだからこそできるものづくりと私たちの美意識を形にすること、また原料そのものの持つ魅力をダイレクトに伝えること」を目的に始動しており、核となるのは極細糸とヴィンテージの丸編み機という組み合わせだった。いずれも繊細な調整を重ねてゆっくりと編み上げるため量産とは相反する。「良い原料を用いた素材への向き合い方は変わらないし、当社の背景を活かしながら、いいものを適正価格で届けていくことも変わらない」。
ブランドの在り方を問い直す
今回のリブランディングではこれまでのカシミヤやシルクの丸胴シリーズに加えて、ウールやコットン、再生セルロース繊維「テンセル」などを用いたアイテムを取り入れた。海島綿を用いた丸胴の新作もあるが、エイガールズの協力工場の一般的な編み機を活用した量産可能なアイテムも導入し、型数は約8型から30型に増やした。価格はシルク製品が1万6000〜2万4000円、コットン製品が1万8000〜2万6000円、カシミヤ製品が2万8000〜5万4000円、ウール製品が1万9000〜4万9000円。
「基幹アイテムである丸胴シリーズは今も変わらず希少で、生産量には限りがある。一方、ビジネスを強くするためには、ラインアップを広げながらブランドの世界観を表現する必要があった。私たちは、和歌山産地はもちろん、日本のものづくり全体に対して強い危機感を持っている。『マル』を成長させることは、ものづくりの現場にも直接つながる。原料の安定確保や編み立て工場への継続的なオーダー、染色や縫製など、服が店舗に並ぶまでに関わる多くの方に対して安定して仕事を届けることができる。その結果、新しい価値や利益が生まれ、それが関わる人たちの環境の改善や幸せにもつながっていく。自社の利益だけを優先するようなブランドビジネスは、今の時代には成立しないと感じている。社会に対して好循環を生む仕組みを持つことが企業やブランドが存在する理由だと考えた」。自社のものづくりの強みを伝えることに加えて、「マル」を通じてものづくりの現場の環境改善に取り組む。
削ぎ落とすことで、素材を際立たせる
リブランディングにあたり、「ビオトープ(BIOTOP)」のオリジナルレーベル「ヨー ビオトープ(ë BIOTOP)」を立ち上げ、ディレクターを務めた曽根英理菜氏をクリエイティブ・ディレクターに起用した。デザインはよりミニマルに振り切った。「意図的に余計なものを削り、できるだけシンプルにした。パッケージや下げ札も含めて、服や素材が際立つようにした」。これまでの「マル」は、技術の高さによって評価されてきたが、山下副社長は、その先に必要な要素をこう語る。「良いものを作るだけではなく、『欲しい』と思ってもらえるようにきちんと伝えていくこと。そのための表現やツールを整える必要性を感じた」。
PROFILE: 曽根英理菜「マル」クリエイティブ・ディレクター

曽根ディレクターは「マル」に参加した理由をこう語る。「『マル』の背景に強く惹かれた。和歌山でヴィンテージの丸編み機を用いて生産されていることや、生産枚数が限られている希少性、そして日本製であること。加えて、エイガールズが名だたるブランドの生地を手がけてきた実績。こうしたものづくりは、日本にとって大きな財産であり、国内にとどまらず海外にも十分通用するものだと感じた。また、女性の気持ちに寄り添い、共感しながら肌に近い製品をつくる点は、これまで自分が取り組んできた仕事とも通じる部分があった。一方、これまでバイヤーの仕事は経験してきたが、バイヤーを顧客として向き合う立場は初めてになる。日本国内にとどまらず、世界各国のバイヤーに買い付けてもらい、それぞれの地域のショップで展開していくことで、日本の優れたプロダクトを多くの人に届けていくことは新しい挑戦だと感じている」。
曽根ディレクターは製品ラインアップを拡張するときに重視したのは「インナーの捉え方そのもの」だという。「いまは“インナーとして着るもの”という感覚が薄れ、1枚で着る服として自由に選ばれる存在になりつつあると感じている。例えば、カシミヤだけでここまで型数をそろえるインナーブランドは珍しいと思うが、選択肢があること自体が価値になるとも考えた。ネックや丈をそれぞれ異なるバランスにすることで、1枚ずつに個性を持たせている。それらが組み合わさることで、多様なスタイルが生まれる構成にした」。
リブランディング後初の春夏展示会では「選べなくて悩む」という声が多く聞かれたという。「来場者の滞在時間も長く、それぞれが真剣に選んでいる様子が印象的だった。その“迷う楽しさ”も含めて、新しい『マル』を提示できたのではないかと感じている」。
インナーの概念を変える
「マル」リブランディングの先にあるのが、「インナーの再定義」だ。山下副社長は「実は私自身、インナーを着ることがほとんどなかった。でも『マル』を通して毎日インナーを着たいと思うようになり、インナーの概念が変わった。この感覚をできるだけ多くの方に届けたい。年齢やファッションの好みに関係なく、これまでインナーにあまり意識を向けてこなかった方にも、発見してもらえるブランドでありたい」と話す。山下副社長自身、「マル」を重ね着することが多く、インナーとしてもアウターとしても活用している。
「マル」が目指すのは、特別な一着ではなく日常に不可欠な一着だ。「『マル』を通じて、生活がより豊かになり、日々をより快適に過ごせ、自分をより美しく見せてくれるような存在になりたい」。