
ネクター・ウッド/シンガーソングライター
PROFILE:1999年生まれ、イングランド・ミルトンキーンズ出身。サックス奏者だったガーナ人の父親と、パタンナーだったイギリス人の母親を持ち、R&Bやソウルをベースに西アフリカ音楽からの影響も感じさせる独自のサウンドが特徴。2023年にリリースした楽曲「Good Vibrations」で一躍話題となり、今年7月には最新EP「it's like I never left」をリリース。アーセナルFCのサポーター PHOTO:NAOKI USUDA
多民族の共生から異文化を取り入れることで勃興する近年のUK音楽シーンにおいて、シンガーソングライターの新たな旗手として注目を集めるのがネクター・ウッド(Nectar Woode)だ。ガーナとイングランドにルーツを持つ彼女は、西アフリカのリズムが鳴る創造的な家庭で育ち、進学を機にロンドンへと身を置くと、1990年代のR&Bやソウル、ジャズに深く傾倒。そうして育まれたのが、ノスタルジックとモダンが共存し、ルーツと現在地が交差する独自のサウンドであり、それは彼女自身の生き方そのものである。
10月、初来日公演のため東京に滞在していたウッドにインタビューを敢行。デビューまでの道のりから、代表曲「Good Vibrations」の裏話、人気音楽プロデューサーのジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)との共作、そして母親が仕立てたデニムまで、たっぷりと話を聞いた。
出会いが紡いだデビューまでの道のり
ーーまずは、幼少期からのお話を伺いたいと思います。ガーナ出身の父親がサックス奏者だったそうで、音楽的な家庭で育ったのでしょうか?
ネクター・ウッド:父親は、ハイライフ(注:ガーナを中心に西アフリカで発展した音楽ジャンル)を中心にレゲエやジャズなどのジャンルが好きで、そういった楽曲を聴きながら育ったので間違いなく音楽的な家庭だったと思います。それに、母親はファッションのパタンナーや仕立ての仕事をしていたので、小さい頃から創作物で自分を表現することを自然と学び、そうするようにも勧められていましたね。
ーーその一方で、地元ミルトンキーンズはブリストルやマンチェスター、リヴァプールなどと比べると、“音楽都市”というイメージは薄いです。
ウッド:あなたのおっしゃる通り、ミルトンキーンズにも音楽シーンはあるとはいえ、ロンドンまで電車で1時間ほどなので若い人はすぐに出ていってしまうため活発とは言い難いです。街自体も大きくなく、デレ・アリ(Dele Alli、元イングランド代表選手)ら何人かの有名なフットボーラーの地元ではありますが、世界的なミュージシャンを輩出しているわけでもありませんから。ただ、街にはマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)やフー・ファイターズ(Foo Fighters)、ミューズ(Muse)もパフォーマンスした「ザ ナショナル ボウル(The National Bowl)」という大きなライブ会場があるんです。名前の通りボウル(お椀)のような形の野外ステージで、自宅は窓を開けるとライブの音漏れが聴こえてくる気持ちの良い距離感の場所にあり、子どもの頃はインスピレーションを受けることが本当に多かったですね。あと、ロンドンに出て行く人も多ければ、イングランド国内からミルトンキーンズに移り住む人も多く、いろいろな文化に触れ合えるいい街ですよ。
ーーありがとうございます。それでは、アーティストになるまでの過程を教えていただけますか?
ウッド:両親の影響もあり物心がついた頃からずっと音楽が好きで、最初は趣味のひとつとして楽しんでいただけなので、正直なところ自分がなぜアーティストになりたいと思ったのかは分かりません。でも、誰にだって創造的な表現の形があり、この世界のすべての人は何かしらのクリエイティビティを持っていて、自分を表現したいという気持ちがあるはず。私にとって、それが音楽でした。子どもの頃は、表現と創造性のひとつの形としてミュージカルも好きでしたが、最終的には音楽に惹かれていきましたね。
ーー音楽はどのように学んだのでしょうか?独学ですか?
ウッド:最初は独学で、それからロンドンの専門学校ICMP(インスティテュート オブ コンテンポラリー ミュージック パフォーマンス)に進学したのですが、同じように音楽が好きな人たちが周りに大勢いたのが本当に良かったです。音楽理論を学ぶことよりも、“出会いこそが最高の学び”でした。ロンドンの学校を選んだ理由は、“すべてが動き続けている街”に身を置きたい気持ちがあったから。引っ越しもしたことで、いつでもクリエイティブな人たちと会話して知見を広げることができ、意味のある大きな決断だったと思います。
ーーICMPというと、オルタナティブ・アーティストのVC パインズ(VC Pines)も卒業生ですよね。
ウッド:VC パインズ!共通の友人を通じて知り合い、本当に最高で大好きです!今度会ったら、「東京でライブしたほうが良いよ!」と言っておきますね(笑)。
ーーぜひお願いします!少し繊細な話になるのですが、学校で学んだ誰しもがデビューできるわけではなく、卒業後はいかがでしたか?
ウッド:どんなクリエイティブな職種でも、それだけで生計を立てようとするのは難しいと思ってしまいますよね。ただ、私の場合はずっと妄信的というか、“他に選択肢がない”といった気持ちだったので、良くも悪くも音楽の道に集中するしかなかったんです。デビュー前は、自分の楽曲を制作しながらロンドンの会員制クラブ「ソーホーハウス(SOHO HOUSE)」のような場所でカバー曲を披露する、いわゆる“BGMを歌う人”として生計を立てていました。
ーーその中で、何がきっかけでレーベルに所属することに?
ウッド:音楽プロデューサーのドム・ヴァレンティーナ(Dom Valentina)と関わるようになったことが大きいですね。ドムとは学生時代の知り合いで、私より少し年上だった関係すでに音楽業界で仕事をしていたんですが、スウェーデンのエレクトロポップ・バンドのリトル・ドラゴン(Little Dragon)だったり、好きな音楽の趣味が似ていることが分かってから意気投合し、一緒に曲作りをするようになったんです。彼は、日中にレーベルと契約済みのアーティストたちと仕事をしたあと、夜遅くに無所属の私のために曲作りを手伝ってくれて、いろいろなことを学ばせてくれました。そんな日々を3年ほど続けていたら、彼のマネージャーが今の私のマネージャーとの橋渡しをしてくれて、状況が一変したんです。決して一夜でデビューがかなったわけではなく、紆余曲折があった長い道のりでした。
ーー2024年にスマッシュヒットを記録し、あなたの名前を一躍広めたEP「Nothing to Lose」のクレジットを見ると、ドム・ヴァレンティーナの名前がありますね。
ウッド:そうそう!表題曲の「Nothing to Lose」は彼との共作なんです。
ーーEP「Nothing to Lose」は、あなたを代表する楽曲となった「Good Vibrations」も収録されていますが、制作にまつわるエピソードがあれば教えていただけますか?
ウッド:「Good Vibrations」は、ソングライターとプロデュースを手掛けている兄弟デュオのバッド サウンズ(Bad Sounds)との共作で、彼らはロンドン郊外の田舎にスタジオを構えて活動しています。そこでの作業は、ロンドン市内のスタジオとは環境が全く異なり、自然の中にある広々とした空間なので気持ちが落ち着くんです。ある日、ジャムセッションをする中で即興で言葉を口ずさみながら意見を出し合っているうちに自然に「Good Vibrations」が出来上がった、いわゆるオールドスクールな作り方で素敵な体験でしたね。
ーーだからMVはジャムセッション風なんですね。
ウッド:まさに!ジャムセッションから生まれた楽曲だから、その瞬間の雰囲気や空気感を映し出したかったんです。
ーー現在、「Good Vibrations」はスポティファイだけでも2000万回以上再生されていますが、どのような広がり方をしたのでしょうか?
ウッド:リリースして即ヒットしたのではなく、6カ月ほど時間をかけて少しずつ存在が知られていったスローバーン(注:じわじわと人気が出ること)でした。その後、スポティファイのアルゴリズムに後押しされる形で多くの人に届くようになりましたが、なぜ自分の代表曲のひとつになったのかは今も分かっていなくて(笑)。でも、人々をポジティブな気持ちにさせる楽曲が一番聴かれているのは喜ばしいです。
ーーでは、7月にリリースしたばかりの最新EP「it's like I never left」についてもお伺いしたいと思います。収録曲「LOSE」に関して、インスタグラムで「ロンドンで制作し始めて、ガーナで完成させた」と綴っていましたが、そのプロセスを教えてください。
ウッド:「LOSE」は、ガーナ出身のクリエイティブ・コレクティブのスーパー ジャズ クラブ(Super Jazz Club)との楽曲なんですが、彼らがロンドンに滞在している間にマネージャーがスタジオセッションの機会を設けてくれました。そこで一緒に楽曲を作り始めたら、彼らはリズムから構築していくタイプで、私のいつものアプローチとは全然違ったから完成できず、あとで私がガーナに向かって仕上げることになったんです。
ーー本来はガーナで完成させる予定ではなかったということですね?
ウッド:そうですね、最初は「ZOOMで仕上げるかも」くらいに考えていたら、たまたまガーナへ行く機会に恵まれて。しかも、それが私にとって初めてのガーナだったんです!だから、最高の機会だと思い現地で楽曲を完成させて、さらにもう1曲も書くことができた素晴らしい滞在でした。ロンドンでは、スーパー ジャズ クラブが良くも悪くもアウェイな感じで文化の違いを感じましたが、私がガーナに行った時はルーツの半分があることもあって、お互いが慣れ親しんだ環境にいる気がして自然に作業ができましたね。イングランドとガーナの両国で楽曲を作れたことは、本当に特別な体験だったと思います。
ーーEP「it's like I never left」には、イングランドで人気の音楽プロデューサー、ジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)との楽曲「Only Happen」も収録されていますね。
ウッド:私は昔からジョーダン・ラカイの大ファンで、スタジオで彼の仕事ぶりを目の前で見れた時は、憧れのスターに会った気分でした(笑)。彼の作曲のアプローチはとてもクラシックで、まずコードを弾き、その響きがどんな感情を生むかを大切にしていたのが印象的でしたね。その時、お互いの“ミックスルーツ”としての人生について話し合うことができて(注:ラカイの父親はマオリ族、母親は非マオリのニュージーランド人)、どちらの文化や人種にも完全に受け入れられていないように感じる瞬間と、それがもたらす複雑な気持ちをテーマに作ったのが「Only Happen」なんです。今のところ、彼との最初で唯一の楽曲なので、早くまた彼と仕事がしたいと思っています。
パタンナーの母親から影響されたデニム好き
ーーここからは、ファッションメディアなのでファッションについての質問に移りたいと思います。先ほど、「母親がパタンナーや仕立ての仕事をしていた」とおっしゃっていましたが、小さい頃からファッションは身近な存在でしたか?
ウッド:もちろん!ファッション面に関しては、本当に恵まれていた環境だったと思います。だって、母親が買ってきた洋服はどれも私にぴったりのサイズで、もし合わなかったとしてもお直ししてくれる。それに、パンツの形が気に入らなかったら何かを付け加えてまったく違うアイテムに作り変えてくれることもあったし、彼女はアップサイクルが得意なんです。
ーーどこかのブランドに属されたパタンナーだったんですか?
ウッド:どこで働いていたかは忘れてしまったんですが、パンデミック前までは長いことロンドンでパタンナーの仕事をしていて、パンデミック中に仕事が減ってしまったので今はミルトンキーンズの仕立て屋で働いています。現代は、AIの発達もあってパタンナーの仕事がパソコンで簡単にできるようになってしまったらしいですが、母親は今でも手仕事で仕上げているんです。実は、今日穿いているデニムも彼女が作ってくれたんですよ!
ーーそうだったんですね!どこのデニムか気になっていました!
ウッド:ある授賞式のために仕立ててくれたデニムで、母親がステージ衣装を制作してくれるなんて幸せなことはないですよね。リサイクルデニムを再利用して新しいアイテムを作るのが得意だから、海外へ行くたびに「古着のデニムを持ち帰ってきて」と頼まれてしまうけど(笑)。「日本から古着のデニムを仕入れることもある」と言っていたので、今日はこのインタビューが終わったら下北沢を見て回る予定です。
ーー必然的にあなた自身もデニム好きになりそうですね。
ウッド:おっしゃる通り、スタイリングによくデニムを取り入れるんですが、トップスはコルセットのように構築的なシルエットだけどフィット感も出せるのが良いですね。ボトムスだとルーズなシルエットのアイテムが好きで、バギージーンズやフレアスカートのように“形のコントラスト”があるのを好む傾向にあります。
ーーインスタグラムを見ていると、なんとなくグリーンのアイテムを着ていることが多い気がしたのですが、今日もインナーで着ていますし、EP「it's like I never left」もグリーンが基調ですよね?
ウッド:言われてみたら、グリーンのアイテムを着ていることが多いかもしれないです!(笑)。どこかで“緑を見るほど人は幸福を感じる”と耳にしたことがあるので、無意識のうちに取り入れているんだと思います。
ーーそれと、ガーナ代表をはじめとしたフットボールのユニホームを着用されているのを散見するのですが、これはトレンドを意識しているのか、それとも単にフットボールが好きだからですか?
ウッド:母親が大のアーセナルのサポーターで、弟も子どもの頃からずっと続けているので、昔から身近なものとしてフットボールが大好きなんです。ただ、若い頃はあまり興味を持っていなかったのですが、みんなで一緒にパブで観戦したり、フットボールが単なるスポーツ以上のカルチュラルなものであることを理解してからは、リプリゼントの意味も込めてアーセナルやガーナ代表のユニホームを着て応援するようになりましたね。
ーー最後に、もし読者がロンドンを訪れるとしたら、どこに行くのがおすすめか教えてください。
ウッド:ロンドンといえばビンテージショップですが、最近は価格がどんどん上がっているのでチャリティーショップをおすすめします。イングランドには、“着なくなった洋服は寄付する”という習慣があり、寄付された洋服を買うことでチャリティに貢献できるので理念的にも良いですよ。掘り出し物を見つけたいならウェストロンドンに、トレンディでユニークなものを求めるならイーストロンドンがいいと思うので、ぜひ行ってみてください!