着物の「やまと」の矢嶋孝行社長は、4月に開店したパリの直営店について「『非常に良い』とまで言うと言い過ぎだが、良い手応えを感じている」と話す。開店初日には入店待ちが出るほど盛況だった。落ち着いた今も地元の来店客を中心に賑わいが続く。文化の異なる欧州で和装を売ることにはさまざまな困難が伴う。それでも「パリでは日本以上に可能性を感じている」という。
パリに常設店を設けた狙いは、短期的な売り上げだけではない。「実際に店を構え、そこにいるからこそ次の出会いがある。パリでは“今まで出会えなかった人”との接点が圧倒的に増えた」と語る。国内外から集まるデザイナー、スタイリスト、バイヤーと接点を作り、和装の新しい取り組みにつなげる。
店舗のテーマは「小径」。導線の右側に女性向けの「キモノ アーチ(KIMONO ARCH)」、左側に男性向けの「ワイ&サンズ(Y. & SONS)」を配置し、奥には反物など伝統的な着物の世界を表現する。
スタッフは日本人3人。数カ月の語学研修を経てフランス語で接客し、織・染の背景や手入れ方法まで丁寧に伝える。
目標は「洋服の横に着物が並ぶ」こと
販売動向で目立つのは、洋服の上から羽織る「羽織」だ。スカジャン風の着物など、日常の洋服にプラスできる商品が人気を集めている。「私たちは『着物だから着てください』とは言わない。『着たい』と思ったものが、たまたま着物の形をしていた。そんな状態をつくりたい」と矢嶋社長は強調する。
日本文化の「コスプレ的」な需要とは一線を画し、街に馴染むファッションとしての着物を提案している。その結果、来店者にはアーティストやデザイナーなど、アートやファッション業界の関係者が多い。また、日本の店舗で出会った米国在住の顧客がパリ店オープン時に訪れるなど、都市間の往来が盛んな欧米ならではの広がりも見えている。
目標は、やまとの商品を各国のセレクトショップに並べることだ。「自分たちの店だけで販売している限り、ファッションのど真ん中に入ったとは言えない。各国のセレクトショップでバイヤーが当社の商品(羽織や既製の着物など)を“洋服の横”に並べる。そこが次の到達点だ。日本の百貨店でも2~3年内で1ラック、2ラックと展開できる可能性が現実味を帯びてくる」。
パリ常設店の意味は、物理的な距離の縮小にとどまらない。「例えばインドの伝統的なモノ作りと日本のモノ作りといった精神的距離も縮められる」という。「世界をつなげ、着物を人々の“生きている世界”に近づけたい。いくつかのコラボレーションの話が進行中ですが、まだ発表できる段階ではない。課題は時差と言語。それでも店を構えたからこそ始まった出会いが確実に次につながる」。