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石川に日本最大の「観光できる繊維工場」、カジグループが社運をかけ70億円を投じたワケ

カジグループは4月10日、石川県かほく市に70億円を投じた新工場「カジファクトリーパーク(KAJI FACTORY PARK)」を稼働させる。同社は極薄のナイロン織物で世界でトップクラスの実力を持つ企業だが、企業規模は年商で数百億円の前半と見られる。そう考えると、70億円を投じて工場を新設すること自体が、かなり異例だ。加えてクラフトツーリズム(産業観光)型の工場として位置付け、4.3万㎡の敷地に織物生産工場のほか同社が展開するトラベル雑貨ブランドの「トゥー アンド フロー(TO&FRO)」、ファクトリーブランドの「ケースリービー(K−3B)」の店舗、レストラン、北陸産の漆器や雑貨などを集めたセレクトショップを集積する。敷地内には子ども用の遊具や樹齢1000年のオリーブの木、多数のベンチなども配置する。

大手企業ですら繊維事業から撤退するなど日本の繊維産業自体が苦戦する中、同社はなぜ新工場を新設したのか。梶政隆・社長に聞いた。

繊維では異例の観光できる工場「ファクトリーパーク」
樹齢1000年のオリーブの木も

WWD:「ファクトリーパーク」と銘打って、建物の中にはセレクトショップやレストラン、敷地内には樹齢1000年のオリーブや子どもの遊具、多数のベンチも設置した。

梶政隆カジグループ社長(以下、梶):いいでしょ。とてもワクワクしている。お客用の駐車場の隣には「ウェルカムガーデン」。ここは子ども用の遊具をたくさん作った。夏になるとグルグル動き回る10数個のウォータージェットが出るようになってて、水遊びができる。そのままスロープを上がると、南イタリア産の樹齢1000年とスペイン産の樹齢500年のオリーブの木のある「オリーブガーデン」。晴れた日にはベンチに座ってコーヒーを飲みながら立山連峰を眺めると気持ちいいんだ。

WWD:斜陽と言われる繊維産業の中で、70億円を投じて工場を新設した。投資の原資は?

梶:大半が銀行からの借り入れだ。実は当社はかなり財務体質が良かったが、工場の新設でだいぶ悪化した。

WWD:なのに樹齢1000年のオリーブの木など、繊維工場としては異例づくめの作りだ。なぜこのような工場を?

梶:このオリーブの木一つで織機が3台買えてしまう。だが、工場を観光地のように常に人が集まる場所にしたかった。「なぜファクトリーパークにしたか?」ということへのアンサーは、まさに「斜陽」と言われる繊維産業のイメージを変えたかったからだ。10年先、30年先を考えると、「雇用問題」はまさに経営危機と直結する。ただでさえ人手不足なのに、「斜陽」というイメージがあればさらに人は来ない。当社は2034年で創業100年を迎えるが、このまま何もしなければ人手不足に陥るのは目に見えている。特に当社は極細のナイロンを使って1メートルで10グラム前後という極薄織物が得意で、扱う糸が細いため、目のいい若い人が定期的に入ってこないと、事業自体が立ち行かなくなる。そういった危機感が強い。

WWD:以前からテキスタイルのブランディングに力を入れてきたが。

梶:もう一つの狙いはブランディングだ。当社はグループ内に糸加工や繊維機械の企業を所有しており、細かい工夫を積み重ねて極薄のナイロン生地を製造している。ナイロンの極薄生地に関しては、今なお世界のトップクラスのポジションにいると自負している。ただ、いくら世界でトップレベルのナイロン生地を作れる、と言ってもなかなか売値には跳ね返ってこない。最終消費者へのリーチが足りなていないからだ。2012年からトラベルグッズブランドの「トゥー アンド フロ-
」、19年にはファクトリーブランドの「K−3B」を立ち上げ、20年にはテキスタイルブランド「カジフ(KAJIF)」もスタートした。全てブランドを通じて直接、消費者にテキスタイルの付加価値の高さをアピールしたかったからだ。

WWD:「ファクトリーパーク」の構想はいつから?

梶:工場の新設自体は2017年ごろから考えていたが、当初はサステナブル対応の工場にしようかな、くらいの感じだった。ただ、縁があってこのかほく市の1万坪の敷地を見た瞬間に、ぱっととひらめいた。ずっと頭を悩ませていた人手不足やテキスタイルのブランディング、工場の新設が有機的につながって「パーク構想」が見えた。

WWD:トータルディレクターにはメソッドの山田遊代表、植栽・ガーデンにはプラントハンターの西畠清順氏、内装には佛願忠洋(ぶつがん・ただひろ)ABOUT代表とクリエイターを巻き込んだ。

梶:ファクトリーパーク構想がひらめいてから、一人ひとり個別に私の方から声をかけた。ファクトリーパーク構想を実現する上で、鋳物の能作が仕掛ける富山県の高岡市、スイーツのたねやによる「ラコリーナ近江八幡」、コスメ大手のSHIROの手掛ける北海道の砂川など、日本の産業観光の主だったところにはすべて足を運んで回って、勉強しながら、クリエイターたちと一緒に中身を練った。ブルネロ・クチネリのソロメオ村も直接行ったことはないが、ネットや本など手に入る情報にはすべて目を通した。

WWD:目指すのは?

梶:工場自体は2024年12月に織機が全部入って稼働しており、年明けからはすぐにフル稼働になった。延床面積は工場や店舗、レストランなどを含め2層で1万1219㎡。165台のウォータジェット織機を新たに導入した。ここから車で10分の距離にある高松工場(織機250台)も含めると、年産の織物生産は1000万㎡になる。新工場の設立を機にDX投資もかなり行った。今は高松工場も含めて織機も1台単位で稼働率をモニタリングできるようになっている。実は生産効率の面でかなり大きく、投資の返済原資はこの部分の粗利の増加分だ。ビジネスの面で言えば、テキスタイルのブランディングに成功したら、例えば当社の生地の平均単価900円が100円上がれば、年間1000万mの当社からするとそれだけで収益は10億円アップする。借金なんてすぐに返せる(笑)。

梶:これまでずっと、当社に限らず、テキスタイル、あるいは日本の繊維業界のイメージアップのため、何をすればいいのか考え続けてきた。繊維は衣・食・住の一つを担う重要な産業で、しかも日本の繊維は世界的にも高い技術や競争力を持つ。なのに、全然アピールができていない。この新工場は、「斜陽」みたいなイメージを払拭し、重要な産業であることを日本全体にアピールするの試金石だ。ここからいろんなモノ・コトを仕掛けていく。すでにいくつかのブランドとは協業して一緒に展示会やファッションショー、フェスをやろうという話が進んでいる。繊維やファッションだけでなく、エンタメやエレクトロニクスなどこれまで当社として接点のなかった異業種コラボレーションにもぜひ取り組みたい。目指すは、多彩な人が行き交う「イノベーションのハブ」。

こうしたイベントなどを仕掛けるため、新たに10人の専任スタッフで「産業観光部」も発足した。当社は24時間操業だが、正月とお盆などの工場が休みの日には、寿司や焼き肉などのマルシェを開いたっていい。

かほく市自体が実はとても素敵なところだが、宿泊施設などが少ない。工場のすぐ裏が海辺になっていて、とても気持ちのいい場所があり、そこにレストランや小さなホテルを誘致して、かほく市自体をもっと盛り上げたいとも思っている。今回は多彩なクリエイターの力も借りた。そうしたクリエイターも含め、この工場をハブにしてかほく市を盛り上げ、いずれは市全体のGDPを上げる。本気だ。

WWD:今後は?

梶:100年先も生き残るための投資と考えれば、70億円も100で割ったら大したことではない。繊維はまだまだ可能性はある。先ほど異業種交流と言ったが、実は繊維産地同士の交流だってまだまだ少ない。他の繊維産地とも一緒にぜひコラボレーションしたい。まずはぜひ工場を見に来てほしい。当社は何も隠さないオープンファクトリーでもある。これから先、現時点では僕が想像できないことがどんどん起こる。それに本当にワクワクしている。

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