ここ数年、山を歩いていると特徴的な丸いロゴの付いたパンツやザック姿の登山者と本当によくすれ違う。ロゴの正体は、“ウルトラライトハイキング(装備を軽くし、自然をより濃密に体験することを志向する登山スタイルのこと。以下、UL登山)”のガレージブランドの代表格「山と道」だ。2011年の立ち上げ以来、売り上げは年々1.5倍のペースで伸びているといい、もはやガレージブランドとは呼びづらい存在感だ。4月のある日、神奈川・鎌倉のアトリエを訪れると、社員たちが食堂に集まってランチタイムの真っ最中。家族のように和気藹々とした雰囲気の中、夏目彰社長に取材した。(この記事は「WWDJAPAN」5月8日号からの先行公開です)

PROFILE:(なつめ・あきら)1973年生まれ、岐阜県出身。30代半ばまで、ガスアズインターフェイスのアートブック「ガスブック」のプロデューサーとして活動。その傍ら、2000年代から山とUL登山に傾倒。2011年、夏目由美子と夫婦で「山と道」を自宅で立ち上げた PHOTO:TAMEKI OSHIRO
「山と道」BRAND PROFILE:2011年に鎌倉でスタートし、ザック、“5ポケットショーツ”など、代表アイテムを順次発売。16年にアトリエ兼ショップとして「鎌倉ファクトリー」を出店、京都に共同経営で「山食音」出店。17年に全国23カ所を巡り、各地の立役者やショップと組んでイベントを開催。18年に台湾に共同経営でショップ「サンプラス(samplus)」出店。19年鎌倉のアトリエ兼ショップを移転、大型イベント「山道祭」を開催、全国でコミュニティー「山と道HLC」を立ち上げ。22年、アトリエ兼ショップをショップ兼コミュニティースペース「山と道 材木座」に改装し、新たに開発・営業拠点として「山と道大仏研究所」をオープン
WWD:前職はアートブックのプロデューサーだ。ブランドを立ち上げた経緯は。
夏目彰 山と道社長(以下、夏目):23歳から「ガスブック」を作り続けてきましたが、年齢を重ねて、仕事でうまくいくこと、いかないこと、いろいろ経験するうちに、自分の中でアートに対する思いが少しずつ変わっていきました。そんな時、山にガツンとハマっちゃったんです。僕は器用な人間ではないので、熱中しているものじゃないとうまくできない。山に行くことを仕事にすれば、いつでも山にいられる。ブランドとしてモノ作りすることに関しては全くの素人でしたが、熱中しているものに飛び込んで形にしていくことが一番いいと思いました。妻が衣装制作の仕事をしていたことも大きいです。アート好きな若い世代はどんどん出てくる。僕が前職に居座り続けるよりもバトンタッチしていく方が、業界にとってもいいだろうと考えたんです。
WWD:登山の中でも、“UL登山”に傾倒した理由は。
夏目:当時、(自然の中で最低限の道具と暮らした)19世紀の米国の作家・思想家、ヘンリー・ソロー(Henry Thoreau)の本を読み込んでいました。彼の考え方を具現化したようなハイキングのスタイルがULです。それまでは漠然と、人生では車とかいろんなものを持たなきゃいけないと思っていましたが、UL登山はシンプル・イズ・ベストを追求して、「本当に必要なものは何か」「少ないほうがより豊か」と問いかけてくる。実際に山を何週間か歩いてみても、小指で持てるような道具で生活できてしまう。必要なものは意外と限られているんだと実感しました。それをみんなにも伝えたいと思ったのと、夫婦でゆっくりモノ作りがしたいと考えて、ブランドを立ち上げました。
WWD:どんな商品から作り始めたのか。
夏目:自宅マンションでザックとサコッシュから作り始めて、最初に発売したのはスリーピングパッドです。基本的に、世の中に既にあるものは作りません。他の製品をリスペクトして、満足していればそれを使う。「これがあればハイキングの体験が変わる」「これがないから必要」と感じるものを作っています。立ち上げ当時は軽量の山道具がそもそもなくて、作るしかありませんでした。米国のごく一部のガレージメーカーしか作っておらず、それを日本の山で使うと違和感がある。例えば米国はトレイルが砂であることが多いですが、日本は岩場のため地面にザックを置くと傷付きやすい。日本は雨が多く、多湿で汗もかきやすい。
欧米にはUL登山道具のDIY用に素材やパーツを売っているウェブサイトがいくつかあります。初期はそこで材料を買っていました。全て自宅生産で始めましたが、消費者向けに展示会を開いて受注を取っていく中でそれでは手が回らなくなり、ザックなら背面パーツだけ縫製工場に依頼するようになりました。ブランド立ち上げ後、割とすぐだったと思います。
「売り上げ計画は立てない」

WWD:立ち上げから順調だったようだが、ブランドとしてここまでどのような進捗できたのか。
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