ファッション

新生・渋谷パルコに幸多かれ

 11月22日の開業から2日後の日曜日の夜、渋谷パルコ10階の屋上庭園ではコーネリアスのシークレットライブが開催されていた。冷たい雨が降り注いだ開業日の朝とは異なり、気持ちのいい風が屋上庭園を吹き抜ける中、メロディアスでクールなセットリストは抽選100人のコアなファンを歓喜させた。ライブには渋谷パルコの営業メンバー、旧渋谷パルコの古参社員、リニューアルを指揮した泉水隆・常務執行役や渋谷パルコ店長の柏本高志執行役ら経営幹部も姿を見せた。話しかけると泉水常務は上機嫌な口ぶりで、9階に入ったライブストリーミングスタジオ「スーパードミューン」にテクノ界のレジェンド、ジェフ・ミルズの登場が決まったことを明かし、「いいでしょ。こんな商業施設、他にある?」。(この記事はWWDジャパン2019年12月2日号からの抜粋です)

 2016年8月の建て替え工事に伴う閉鎖から約3年。渋谷パルコは、関係者の想像をはるかに超えるパワーアップを果たし、帰ってきた。開業前の11月19日に行った内覧会の夜のレセプションパーティーには、業界関係者7000人が詰めかけ、一時は代々木公園近くまで長蛇の列を作った。グラウンドフロアの1階は「グッチ」「ロエベ」の常設店、「ディオール」と「リモワ」がコラボレーションしたポップアップショップ、藤原ヒロシが第1弾のディレクターとなったジュンのポップアップショップ「ポップ バイ ジュン」、「ミスター・ジェントルマン」のデザイナー2人が復活させた伝説的なレコードショップ「ウェイヴ」などが並び、ラグジュアリーとストリートが渾然一体となったフロアに仕上がった。もう一つの目玉である地下1階の飲食フロアは、ビブグルマン獲得シェフによる新業態や昆虫食、ゲイバー、純喫茶、レコードショップ、ギャラリーなどを狭く入り組んだ区画に並べ、まるで新宿ゴールデン街のような佇まいを作った。地下1階から10階まで、ファッションとアート、カルチャー、フード、エンタメを文字通りカオスにミックスした前代未聞のアグレッシブなフロアとテナント構成は、ファッション業界関係者の度肝を抜き、その多くが興奮気味に賛辞を送った(「WWDジャパン」11月25日号参照)。こうした評価が株式市場にも波及したのか、パルコの株価は開業日前日の21日に年初来最高値を更新し、親会社のJ.フロント リテイリングも11月26日に同じく最高値を更新した。

 近年稀に見る評価を得たテナントリーシングは、従来型のショッピングセンター(SC)のやり方とは全く異なる、斬新な手法の賜物だった。旧渋谷パルコの閉店後の16年9月に発足した渋谷パルコ開店準備室に集められたメンバーの多くはテナントリーシング未経験者で、客層分析や周辺の商圏分析は行わず、準備室が発足して1年半はひたすらデザイナーや編集者、ジャーナリストなどへの“ヒアリング”に費やした。パルコの牧山浩三社長と泉水常務のタッグはパルコの魂とも言える「渋谷パルコ」の新生を、斬新なやり方を用いながら、未経験者に思い切って委ねたのだった。

 準備室のメンバーの中で数少ないリーシング経験者の一人は「メンバーの中にはたまたまランチで訪れた飲食店を気に入って、その場でパルコです、と営業をかけた猛者もいた。一般的に路面店を商業施設に入れるのは、SCでチェーン展開している店舗を入れる10倍以上の労力がかかり、二の足を踏みがちだった。怖いもの知らずの未経験者だからこそ、そんな常識にとらわれない発想でテナントを発掘したり、新業態を開発できた」と明かす。

 もちろん新生・渋谷パルコのやり方が、パルコ全体、あるいはネット通販の攻勢にさらされ続けるSCの希望の光になると判断するのは早計だろう。営業面積4万2000㎡、初年度取扱高200億円を計画する渋谷パルコ自体が、約40万㎡・取扱高2400億円(19年2月期)に達するパルコ全体の中でわずか10%前後を占めるに過ぎない。パルコがこうした冒険ができたのは、投資額214億円の大半を都市再生特区の認可を受けて建て替える建物を高層化し、上層のオフィス階をヒューリックに売却し、バランスシートを傷めなかったことも大きい。日本ショッピングセンター協会によると、日本全国には3200館のSCが存在し、総面積は5300万㎡、総取扱高は32兆円に達する。一般的にショッピングセンターの評価は開業前の業界人の評価や評判で決まるものでも、コンセプトの面白さで決まるわけでもない。基本は取扱高と坪効率(一坪当たりの売上高)だ。その意味で渋谷パルコの評価は開店後のこれから始まると言えるし、その数字も大河の1滴のような存在でもある。

 だが一つ確実なのは、渋谷パルコは全国3200館のSCの中でも唯一無二の突出した存在になったこと。駅から離れた“渋谷のヘソ”に、200億円超をつぎ込んでメガトン級の衝撃的なSCを作ったパルコのやり口、手際、そして完成に至るまでの試行錯誤の全てが、今この時代のSCデベロッパーの真価と言える。新生・渋谷パルコの今後に幸多かれ。

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