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倒産&がんを乗り越えた元ファッション社長の回顧録【第3回】

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 倒産により2016年、ニットを主軸とするオリジナルブランドなどを手掛けるイエリデザインプロダクツ(以下、イエリ)を失っただけでなく、同時期に胃がんの宣告を受け人生のどん底を経験した手塚浩二。一度は全てを失い、今再起する彼は、当時の失敗・その後の苦闘・これからの展望・そしてファッション業界の将来をどう考えるのか?(この記事はWWDジャパン2019年7月1日号、8日号からの抜粋です)

「がん」克服とイエリに迫る影

 名医の元で受けた精密検査により、胃がんは初期段階だと分かりました。そこで提案された胃の全摘手術に合意し、2012年10月12日、手術を受けました。手術は、おへその上から胸あたりまでメスを入れて胃を全摘出し、食道と十二指腸を直接つなぐと同時に、胃に影響を及ぼす全てのリンパ節を切除するというもの。加えて、レントゲンに映らない腹膜という部位への転移状況も確認したため、手術はおよそ8時間に及びました。

 麻酔が切れ、激痛で目が覚めました。リンパ節の生体検査が終わると、診察室へ案内されました。そして担当医から「無事、手術は終わりました。今後は定期検査を行い、経過を見ていきましょう」と伝えられました。その言葉を聞いた時、「ああ、よかった」と心の底から思いました。

 がんは、たとえ初期段階だとしても、亡くなる可能性のある病です。異変に気付いてから全摘手術まで、先生方が早急に対応してくださったおかげで、私はなんとか命を取り留めました。関わっていただいた全ての方々には今でも感謝しています。私は、本当に運が良かったんです。

 手術は成功しましたが、それで終わりではありません。手術を受けた翌日から、会社復帰のためのリハビリを始めました。リハビリといっても、歩いたり、しゃがんだり、トイレに行ったりと、日常の動作をいつも通りにこなすだけですが、これがかなりキツかった。胃を摘出しているので、食べ物はろくに食べられませんし、体力の消耗もすさまじい。傷口も激しく痛みました。「やはり無茶な選択だったか」。そう思うこともありましたが、早く会社へ戻るために自分で選んだ道です。激痛に耐えながらリハビリを続け、2週間後、なんとか退院しました。

 会社に戻り、再び仕事と向き合い始めると、がんが発覚する以前とさほど変わらない生活に戻りました。ビジネスは、「イリアンローブ」をはじめとする既存事業が波に乗っていたので、継続的に成長。新規事業の開発に躍起になる必要がなかった分、かつてより穏やかだったほどです。がんについても、体調が優れなかったり、食後に吐いてしまったりすることはありましたが、再発・転移などの異常はなし。順調に回復していました。ただ一つ、それまでとは明らかに変わった点がありました。それは、仕事に向けられる体力の低下です。ビジネスをする意欲はあっても、それに耐えうる体がない。と同時に手術後、表向きは成長を続けたイエリでしたが、足元ではすでに陰りが見え始めていました。

SPAの台頭とイエリのおごり

 そのころのファッション市場は、「ユニクロ」や「ザラ」「H&M」などに代表されるSPAの全盛期でした。メゾンブランドとSPA企業とのコラボレーションも頻繁で、一般の人が安価な服に抵抗を覚えなくなると同時に、誰もがトレンド性の高い洋服にアクセスできるようになりました。いわゆる「ファッションの民主化」ですね。この流れを受けて、既存のファッションブランドに求められるニーズも変容しました“。比較的安価”な程度ではSPAに太刀打ちできませんから、より強い個性と高い品質など、価格以外で勝負する必要性が生まれました。

 SPAが市場を席巻する中、イエリは特に行動を起こしませんでした。当時のSPAのニットは品質がかなり低く、「影響は受けないだろう」と楽観視していたんです。実際、「イリアンローブ」は人気でしたし、会社全体の売り上げも伸び続けていました。

 対照的にSPAは企業努力を続けました。その結果、当初はあらが目立ったニット製品もみるみる高品質化し、デザインも豊富になりました。体感では13~14年ごろですね。この時期になるとSPAがニットでも支持を集め始め、「これはまずい」と感じるようになります。そこで中国を生産拠点に価格を抑えつつ、高感度なデザインも併せ持った新ラインを構想しましたが、自分の体力では成功させる自信はなく、実行できませんでした。

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