PROFILE: 鈴木もぐら/芸人
空気階段・鈴木もぐらによるエッセイ「没頭飯」(ポプラ社)が3月30日に出版された。本書は2025年2月~2026年1月に「WEB asta」に掲載された連載「没頭飯」に、新たに7本のエッセイとXの投稿や写真を加えて書籍化したもの。もぐらの「食」に対する探求心と愛が凝縮された1冊で、「食」を通して、父親・母親との思い出から、部活動、股関節手術、交友関係まで、鈴木もぐらの人生が垣間見られる内容となっている。
今回、人一倍「食のこだわり」を持つ鈴木もぐらに“めし”の話を聞いた。
「そばは早く食った方がいい」
——本書はウェブで連載されていたエッセイがベースになっています。連載時から反響は届いていましたか?
鈴木もぐら(以下、もぐら):どうなんですかね、反響あったのかな。あんまりピンときてないんですよ。
——自分の“めし語り”に需要があるとは思っていなかった?
もぐら:もう、まったく。自分としてはこれが面白いのかどうか全然分かってなくて、本になった今も「本当に大丈夫なのか」と思ってます。おじさんがめし食ってるだけの本なんでね。どう受け取られるのかまったく分からなくて。その分、反応が楽しみでもありますけど。
——以前に鬼越トマホークさんのYouTubeで好きな食べものの話をされた際、坂井(良多)さんが「もぐらのグルメは旅情とか哀愁がある」と評されていました。そういう部分でもぐらさんのめし語りに惹きつけられる人は多いと思います。
もぐら:坂井さんもグルメなんで、そういう人からそうやって言ってもらえるのは純粋に嬉しいですけど、自分では何が旅情なのか……だってあのとき話したことって「パチンコ屋のコロッケそばがうまい」とかですからね。それの一体どこが旅情なのか、分かんないっす(笑)。
——本書では「飯をうまく食うことに執着がある」と書かれていましたが、「自分は人よりもそれが強い」という自覚は早くからあったのでしょうか。
もぐら:いや、ずっと無自覚でした。「メシ好きだよね」って言われるから「確かに、そうなのかな」って気付かされた感じで。「でもみんなそうだろ」って思ってましたね。普段は言葉にしないだけで、「メシについて、思ってることを話してみて」って言われたらこれぐらいなんだろうなって。
——卵かけご飯に対するこだわりぶりを書いた1篇は、まさに執着の賜物だと思いました。ほかにも、食べ方にこだわりのあるものはありますか?
もぐら:そばですかね。基本的に僕は食べるのが遅くて、ひとりでゆっくり時間かけて食うんですよ。でそばだけはできるだけ速く食うようにしてます。かっこつけの部分もありますけど、その方が絶対うまいんで。そばという料理はそういうふうに作られてると思いますね。ズズズッ、ズズズッと、一口すすって飲み込むか飲み込まないかぐらいで次をすすり始める。できるだけ切れ目なくいったほうが食感もいいし、口の中につゆがある状態が保たれますよね。スピードがメシに与える影響そばが一番大きい気がします。
——熱いそばでも?
もぐら:あっついのも、水飲みながらズズズッと。これはマジなんですけど、速く食ったほうがそば屋のおっさんの「ありがとうございました!」の声がデカいんです。普通に食って「ごちそうさまでした」って言っても「はいよー」ぐらいなのに、先に食べてた人たちを追い抜いて終わらすと「またお願いします! あざした!」みたいにテンションが高い。やっぱり速いほうがいいんですよ。やったことがない方はぜひ試してみてください。
——それはいつ、どうやって発見したんでしょう。
もぐら:20代の頃に歌舞伎町のそば屋で、たまたま急いで食った後に「あれ? いつもより『ありがとうございました』がデカくなかったか?」って思ったことがあって。理由を考えてみたら「速かったからじゃないか」ってところにたどりつきました。そこから意識して速く食うようにしたら、その方がうまいってことに気づいたんですよね。「ありがとうございました!」も、ほかのお客さんのときよりこっちの方が明らかに声がデカい。そこで確信を得ました。
めし屋の能書きは調味料
——昔より収入が増えて、食べたいものが食べられるようになったのではないでしょうか。
もぐら:味噌汁つけられるようになったのはデカいっすね。昔はなかなかつけられなかったのが、今は常につけられる状態になりました。これはありがたいですよ。味噌汁があるとないとで全然違いますから。80円とか100円とか出しても、それ以上の価値があります。トッピングって絶対に値段以上の価値があるんで、できるならしたほうがいいです。
でも逆にいうと、変わったのはそれぐらいですかね。食ってるもんは変わらないかもしれません。
——だからといって高級店に行くようなこともなく。
もぐら:行きたいっちゃ行きたいんです。知らないものだから興味はあって。町中華もうまいですけど、たまに連れてってもらう1万円ぐらいの中華は見た目からして全然違うじゃないですか。寿司も全然違うし。飯のジャンルが違ってくるんですよね。
でも雑念というか、飯食うときには要らないものが入ってきちゃう気がしてて。「元取ってやろう」とかね。ハードルが上がる分、「うわ、高かったのにな」とか、残念な部分も出てきちゃうと思うんですよ。だからどうやって行くかってところですよね。本当はね、競馬とかで勝ったときに行くのがいちばんいいと思うんですけど、なかなか勝てないんで……。
——高級店や有名店を好む人に対して「情報を食ってるだけだ」と揶揄する向きもありますが、もぐらさんの食の楽しみ方はそこから程遠く見えます。
もぐら:でも俺、能書きも好きですよ。ラーメン屋とかに「うちは◯◯産の海苔を使ってます」みたいな能書きがあるじゃないですか。あれ全部読みますからね。読んでから食ったほうがなんかうまくなる気がするんですよ。能書きも調味料ですから。
——「ゴチャゴチャうるせぇ!」とはならないんですね。
もぐら:ならないです。「なるほど、そういうことね」って素直に受け取ってます(笑)。だから「これでもか」とこだわりを押し付けてくる店も好きです。「情報を食ってるだけだ」って、言い方としては合ってるんでしょうけどちょっと言い過ぎなのかなって俺は思いますね。情報だけを食ってる人は多分いないんじゃないですか? 自分にとってストライクな情報があって、それは調味料になり得るってことなんだと思います。
もぐら流めし屋の選び方
——もぐらさんは日頃から気になるお店の情報収集はするほうですか?
もぐら:そんなにしないですね。高い店から安い店まで全部チェックしてる、本当の食通の方のレベルまでは全然到達してないんですよ。情報を集める力は競馬や将棋に使っちゃってて。「この馬の調教はどうだったか」とか「枠順どうなるか」とか、そっちに持ってかれてます。だから高い店に行けてないんでしょうね。
——仕事で地方に行くとき、事前に「この街ならこの店に行きたい」と目星をつけることもない?
もぐら:俺は行ってから考えますかね。まず、居酒屋だったらタバコ吸えないだけで大体入らないんで。吸えるか吸えないかって、行ってみないとわかんないんですよ。その時点で情報はあんまりあてにしてないです。
——タバコ以外で「この店に入ってみよう」となる決め手はどんなところなんでしょう。
もぐら:なんだろう……決め手、あるのかな? あぁ、中が見えない店に入ってる気がしますね。外から店内が見える店はそんなに行かないです。見えないと「中はどうなってるんだろう」って気になって入りたくなるんで。
——例えば町中華なら、扉がガラス張りの店より曇りガラスのほうが気になる。
もぐら:そうです、そうです。「のれんが年季入ってると入りたくなる」「これを置いてる店は絶対うまい」とかじゃなくて、単純に見えないから見てみたくて。メシとは別の選び方をしてるかもしれません。
——それで入ってみて外すこともあるんですか?
もぐら:外れは基本的にないですね。なんでかっていうと、俺、新しい店にあんまり行かないんですよ。新しい店って中が見えてることが多いから。で、何年もやってる中が見えない店はそれだけの年数やれてるわけで、その時点でそんなに外れがないんです。できたばっかりの店のほうが絶対当たり外れがありますからね。
——「没頭飯」でも新しいお店より通い慣れた渋いお店のエピソードが多いですね。
もぐら:そうですね。高円寺だと「こんなとこできたんだ、入ってみよ」って行くようにしてますけど、それも外から見て若い人ばっかりだと入らないこともあります。「ここは俺の遊び場じゃねぇのかな」って。やっぱりね、子どもたちが滑り台で遊んでるのに、自分がいきなり入っていって滑るわけにはいかないですから。パチンコ屋でおっさんたちが楽しんでる頃は入れなかったのと同じで、荒らすよう真似はしたくないな、って。
——慎み深い。
もぐら:いや、「俺がこんなとこ入ったら笑われるんじゃねぇか」ってビビってるのもあるんですよ(笑)。だから全然、慎んでるわけじゃないです。
めしにも遊び
——タイトルに「没頭」とありますが、そんなもぐらさんでも漫然と食事してしまうことはあるんでしょうか。
もぐら:病気になっておかゆ食うときなんかは何も考えてないです。栄養を摂ることだけが目的になると食事の意味が一気に変わってきちゃうというか、本当に楽しめなくなりますね。弱ってるときに食うメシって、急に動物的な感じになる気がします。入院したときも(※2025年2月に変形性股関節症の手術を受けるため入院)質素なメシだったんで、「ずっとこんなふうにはなりたくないな」「ちゃんとした生活しなきゃな」って思いました。
——―元気でおいしくごはんを食べられることが、人生の幸福度を左右するんですね。
もぐら:それはあると思います。おみやげをもらったり近所の人から何か特別なものをもらったりしたとき、まず仏壇に供えますよね。墓参りに行ったときも、亡くなった人が好きだったものを供える。ということは、死んでもメシは重要視されてるんですよ。墓に布団かけたり枕置いたりしないじゃないですか。そう考えるとメシって本当に大事なんだろうなって。
——もぐらさんは何を供えられたいですか?
もぐら:タバコは絶対供えてほしいですね。あれはサラダなんで。食いものはバランスよく供えてほしいです。魚とか和食も供えてほしいし、ハンバーガーとかも供えてほしいし。あとは甘味やお菓子もね。饅頭とか「じゃがりこ」とか。
でも饅頭だけ、「じゃがりこ」だけだと「菓子だけじゃん」ってなるんで、子孫にはそこは考えて供えてもらいたいですね。それは生きてる人間に与えられた課題ですよ。「今日はこういう感じで食べてくださいね」って供えないと。饅頭にはコーヒーなのかお茶なのか、甘いものがあるならその前に油っぽい天むすがいいかな、とか考えてほしいです。
——死してなお組み合わせにこだわりが。
もぐら:食う順番や組み合わせで味って全然変わりますから。ラジオ(TBSラジオ「空気階段の踊り場」)や単独ライブについてくれてる構成作家のせおが、食前にアイス食うんです。それが習慣になってるってことは、本人としては「甘味は食後よりも食前に食ったほうがうまい」って理屈があるはずなんですよね。口を一回甘くしてから塩気のあるものを食ったほうがうまく感じるのかもしれない。
俺は"甘"を楽しむために食後にしますけど、しょっぱさを楽しむためならそっちのほうがいい可能性もあるんだな、って見てて思います。それぐらい、順番も満足度に影響してるはずなんですよ。好みは人それぞれなんで、いろいろ遊んでみたほうがいいと思います。
——本書でも「飯も酒も遊びがあったほうが楽しくて好きだ」と書かれていました。
もぐら:メシで遊ぶって、基本的にはデンジャラスなことだと思うんですよ。子どもの頃からみんな、「食いもんで遊ぶんじゃねぇ!」って怒られてぶん殴られたりしてきてるわけで。だからこそ、怒られる直前、そのギリギリのラインを探るのが楽しいし、それがいちばんうまい。シャカシャカポテト(マクドナルド)ってありますけど、あれは何も知らない人が見たら「食いもんで遊ぶんじゃねぇ」って言われてもおかしくないと思うんですよ。だから楽しいしうまいんだって気がします。
——YouTubeなどでチェーン店やコンビニ飯のかけ合わせや魔改造が人気なのは、それが理由かもしれませんね。
もぐら:「何やってんだ、お前」って怒られたら萎えちゃうし、遊びすぎて行儀が悪くなったら良くないんですよ。そのギリギリを攻めるから“汁”が出て、その汁が味にも影響するんじゃないですかね。「こんなの作っちゃったよ!」「どうだ、俺のこの食い方は!」って。それで人から「そんな食べ方あったんだ!」って言われたら「えへへ」ってまた汁が出て、さらにうまくなる。やっぱり、メシもそういうちょっとの遊びはあったほうがいいと思いますね。
PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA
「没頭飯」
◾️「没頭飯」
著者:鈴木もぐら(空気階段)
価格:1650円
発売:2026年3月30日
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8008544.html







