産業とコミュニティ、機械と手仕事――。一見、交わらないように見える領域を横断しながら、レースの再編集に挑戦する東京のデザイナーズブランドがある。「ユークロニア」だ。「レースを中心としたサステナブルな循環」を掲げ、高齢化が進み技術の継承者が減少する産地の現状と向き合う。駆け出しのブランドが、表現の確立にとどまらず、産地の課題から趣味コミュニティの形成まで視野を広げる例は多くはない。佐藤百華デザイナーに現在地と展望を聞いた。
PROFILE: (写真左)佐藤百華「ユークロニア」デザイナー

WWD:駆け出しのブランドが産地の課題までを考慮してデザインすることは多くはない。今の思考になったきっかけは?
佐藤:2年前に参加したコンテスト「ITS(イッツ)」です。ITSではコンテストだけではなく約1週間の教育プログラムがあり、そこで強く伝えられたのが「これからのブランドは、自分たちの方法でサステナビリティを考えなければならない」ということ。そこから「自分たちにできるサステナブルなものづくり」を改めて考えるようになりました。近年ファッション産業では、大量生産・大量消費型の産業構造に対する持続可能な代替モデルとして議論されており、社会的持続可能性の観点から評価されています。伝統的な技術の継承は、環境負荷の低減といったサステナビリティと直結する取り組みではありませんが、長期的な生産体制の維持や文化資本の保存という観点でもサステナビリティに関連する活動の一つとして捉えることができるのではと考えました。
ものづくりの現場に関わる中でも、私自身がボビンレースを学ぶ中でも、レースの作り手の高齢化を感じていました。だからこそ、ただ服を作って売るだけでなく、将来に何かを残す取り組みができないかと考えるようになりました。
WWD:具体的にどのようなことに取り組もうとしているのか。
佐藤:機械レースやハンドレースのメーカーに技術協力をいただきながら、新作発表と同時にどのようなレースの技術で製品を伝えることを想定しています。顧客層が20~40代と比較的若いので、レースそのものに興味を持っていただき、ものづくりの背景に興味を持つ人を増やしていきたいと考えています。
レースで人と人とをつなぐ
WWD:その一環でコミュニティづくりに力を入れているとか。
佐藤:レースづくりのワークショップなどを検討しています。本格的に学びたい人は技術を習得できるし、少し興味がある人もものづくりに触れられ、レースの魅力が発信できます。定期的に開催することでレースづくりが遊び方のひとつになり、楽しい記憶が生まれる場をつくりたい。そのためにボードゲームのようなオリジナルアイテムを製作中です。レースの構造のように、人と人をつないでいきたい。大人になると共通の「好き」でつながる機会が少なくなると実感しています。私が通っているレース教室では、対面だからこそ生まれるつながりや仲間意識があります。そういう場をつくりたい。試験的に少人数のワークショップを行い、3~4時間という限られた時間でしたが、小さなコミュニティが自然と生まれることを実感しました。各地にあるレース工場の近隣でその地域に伝わる技術を紹介しながら、レースづくりを体験していただくような機会もつくりたい。
WWD:そもそもなぜレースだったのか?
佐藤:レースが好き、というのはもちろんありますが、理由は2つあります。私と宮崎、2人でブランドを立ち上げるにあたり、それぞれの強みを生かせる素材を選びたいと考えました。私は布帛(織物)、彼女はニットを中心に制作してきたので、織りでも編みでも表現できる手法を考えた時にたどり着いたのがレースでした。もう一つは、私たちの関係性です。私たちは友人で、その延長線上でものづくりを始めました。私たちが大切にしている二人の関係から生まれた記憶や思い出がブランド名の由来になっています。楽しかった時間は、不思議と時間の感覚を超えて心に残り、そのときに着ていた服は、強く記憶に焼き付いている。そういう記憶と結びつきやすい素材を考えたときに、レースが浮かびました。歴史をたどると、レースは誕生以来、儀式や人生の節目に装飾品として使われており、人生の大切な瞬間に寄り添ってきた素材です。いろんなアイデアが複合してレースを主軸素材に選んでいます。
WWD:レースはフェミニンな印象が強いゆえ、表現の幅が狭くなることも想定されるが、主軸素材にすることへの迷いはなかったのか?
佐藤:レース=可愛らしさ、というイメージを固定しない、新しいアプローチができると考えています。実際、卸先の広がりは想像以上でした。ブランドの親和性の高いフェミニンなテイストのショップだけでなく、メンズ中心のショップでも「このレースなら扱いやすい」と言っていただけています。伊勢丹新宿店のように幅広い層が訪れる百貨店でも展開していただいていますし、ヴィンテージ系やストリート寄りのショップにもセレクトしていただいています。着こなしの幅が広がるアイテムを意識して作っていますが、実際にスタイリングを楽しむ方に取り入れていただいていると感じています。そして、作り続けていくとレースは思っていた以上に幅広く使える素材だと実感しています。
また、ヴィンテージの美しいレースを今再現しようとすると時間もお金もかかります。それを新しい方法で表現できないかを考えながらデザインしています。着たいと思えて製品としても成立する方法を考えています。
既存の技法を変換して新しい表現を模索する
WWD:反応が良いアイテムは?
佐藤:ストレッチレースを用いたトップス類です。「トーションレース」というレーステープを作るための機械を使っています。そこに伸縮性のある糸を組み合わせることで、カットソーのように伸びるレース素材を作っています。もともと靴下やタイツに使われていた技法を、洋服として成立させられないかと考えました。宮崎と一緒に試行錯誤して今の形にしています。他ではなかなか表現できない柄や構造が特徴です。
WWD:同じように変換して生まれたアイテムをいくつか教えてほしい。
佐藤:オランダのスタッフォルスト村の民族衣装をリファレンスにしたシーズンでは、刺繍柄をそのまま再現するのは難しかったので、図案をパンチカード化してレーザーカットを用いて穴あき柄をつくりました。穴が開いている構造から、私たちなりに“新しいレース”として再定義しました。
レースの「美しさ」と「もろさ」にフォーカスしたシーズンでは、あえて機械で柄の一部を“飛ばし”、糸が抜け落ちたように見えるデザインを提案しました。美しさの中に不完全さを忍ばせることで、新しい美しさをつくれないかと考えました。
「グローバルファッションIP創出プログラム」から学んだこと
WWD:経産省の「グローバルファッションIP創出プログラム」に採択された。そこから得たことは?
佐藤:工場との向き合い方について多くを学びました。例えば、ラッセルレースは工場に問い合わせても門前払いされて途方に暮れていましたが、そもそもラッセルレースは大量生産を前提としており、小規模ブランドとは規模感が合わないと教わりました。技術の問題というより、ビジネスモデルの問題です。そこで初めて「自分たちの規模や目的に合った工場を探す」という視点を持つようになりました。「技術があるかどうか」しか見ていなかった自分たちの視野の狭さに気づきました。その後に出合ったのがエンブロイダリーレースの工場です。実際に足を運び何度も対話する中で、少しずつ理解を得られるようになり、最終的にはオリジナルの生地づくりにつながりました。
一方で、ラッセルレースも諦めたわけではありません。柄をオリジナルで作るのが難しいなら、使い方で独自性を出せないかと考えました。ヴィンテージリバーレースの柄を永続的に残せるように上からスプレーをかけてレースの影柄としてプリント生地にしました。このプロジェクトを通じて、私たちは特定の産地や工場に属さない立場で、新しいレースの表現を試みていることこそ強みでもあると気づきました。
WWD:プログラムの一環でアメリカの合同ショールームに出展した。
佐藤:25年春夏と26年春夏の2シーズン参加しました。ニットやストレッチ性のあるカットソー素材への反応が特に良かったです。特に「よく伸びる」という点が評価されました。海外展開ではサイズ展開が課題になるとよく聞きますが、私たちはまだ立ち上げ間もないこともあって、十分なサイズ展開ができていません。1サイズのみのものもあります。今回の出展で伸縮性のある素材であればサイズへの不安が軽減されることを実感しました。実際にオーダーにつながったのも、主軸になりつつあるストレッチレースのアイテムが中心でした。この手法は世界的に見てもまだあまり例がないようで反応が良かったです。
WWD:卸を中心としたファッションシステムでは毎シーズン新しいものを作り続けることが求められる。新しいものをつくり続けることについてどう考えているか?
佐藤:毎シーズン全てを入れ替えたいとは思っていません。すでに反応の良かったアイテムは継続していますし、良いと思えるものは定番として長く残していきたい。レースは、良い意味で季節性が薄い素材だと感じています。薄いリネンのレースでも、冬にニットと重ねて着てくださる方もいます。
WWD:レースはリメイクとの相性もいいと感じるが、新品ではないレースの展開については考えているか。
佐藤:昔のレースは、今同じものをつくろうとすると非常に高価になります。一方で美しい状態で残っているものもあり、その存在自体に価値があります。一点物となると高額にもなる。どんな場面ならその価値を受け取ってもらえるのかーー人生の節目である結婚式のドレスを仕立てたいと考えました。丁寧にヒアリングして思いをデザインし、着用後には日常で着られるようにリメイクするところまでを一つの流れにできれば、記憶とレース、一点モノの愛してもらえる服として物語を紡ぐことができるのではと考えました。
ちょうど今年、共同デザイナーの宮崎が結婚式を挙げる予定なので、まずは彼女のためのドレスを制作しようと思っています。それを実験的なプロジェクトとして、どんな物語を込められるのか探りながら始めたいです。