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刺し子を“時間の価値“に変える 「サシコギャルズ」が描く伝統技術の未来

PROFILE: 藤原新/ムーンショット代表

藤原新/ムーンショット代表
PROFILE: (ふじわら・あらた)1978年8月16日、東京都新宿区生まれ。法政大学法学部卒業。法律に携わる仕事をしながら2010年に自身のブランド「イッシン(1sin)」をスタート。2012年4月に「デザインによる社会的課題の解決」を理念に株式会社ムーンショット(MOONSHOT)を設立。2016年に石橋真一郎をデザイナーとした「クオン(KUON)」を立ち上げ。ニューヨーク・ファッション・ウィークなどに参加。2024年3月から「サシコギャルズ」を始動し、運営に携わる

サシコギャルズ(SASHIKO GALS)は国内外からさまざまなオファーが届き、ついにはアップルのCEOティム・クック(Tim Cook)にまで知られる存在となった。しかし、このプロジェクトはもともと華かなファッションビジネスから生まれたものではない。2011年の東日本大震災の復興支援として始まった大槌復興刺し子プロジェクト(以下、大槌刺し子)は、一時は存続の危機にも直面していた。

その活動をサシコギャルズとして再始動させたのが、「クオン(KUON)」を手がける藤原新ムーンショット代表だ。日本の伝統技術を、事業として持続可能な存在にするために必要なこととは何か。活動開始から2年を経て、プロジェクトは次の段階へ進もうとしている。藤原に、現在地とこれからの構想を聞いた。

刺し子の文化を広げるサシコギャルズの活動

--昨年は「ニューバランス(NEW BALANCE)」「C.P. カンパニー(C.P. COMPANY)」など、歴史あるブランドとのコラボレーションが続きました。この1年を振り返って、最も印象的だった変化は?

藤原新ムーンショット代表(以下、藤原): 一番大きな変化は、見え方というよりも、クライアントの理解の深さが変わったことです。以前は「このプロダクトが面白い」というところから話が始まることが多かったのですが、最近はサシコギャルズの文化的な部分まで理解した上で、話をしてくださる方が増えました。みなさんご自身で調べてくださっていて、刺し子の文化やプロジェクトの背景に詳しく、スタッフの名前まで知っている方もいて驚きました。そこが、この1年で大きく変わった点だと思います。

--コラボレーションのオファーは増えていると思いますが、どのような基準で選択していますか?

藤原:選択基準は、相手がどれだけサシコギャルズの活動を、理解してくれているかという点です。なぜ一緒に取り組むのか、その理由が明確で、プロジェクトの背景や文化的な意味まで共有できる方々と、一緒に取り組みたいと考えています。現時点では、やはりファッションブランドとの協業が一番多いですが、今後はそれ以外の分野にも広がっていく感触があります。

--以前、「企業協業」「カスタムサービス」「文化発信事業」の3つがサシコギャルズの事業の軸だとお話されていました。

藤原:大きな軸としては、その3つは今も変わっていません。今後もこの3つをうまく回しながら事業を広げていく形になると思いますが、文化発信の分野では、この1年で新しい取り組みがありました。

--どんな取り組みですか?

藤原:ワークショップの規模がかなり広がりました。直近では、東京マラソンEXPO2026で刺し子のワークショップを行っています。体験されたのは、外国人ランナー約40人のみなさんでした。刺し子はプロダクトだけの話ではなくて、文化でもあるんです。刺し子という行為にフォーカスすれば、必ずしもファッションの領域に限定されるものではない。だからいろいろな分野の人たちと一緒に取り組める可能性があります。

--ワークショップの反応はいかがでしたか?

藤原:すごく盛り上がりました。今はスマホやパソコンを触る時間が長いけれど、実際に手を動かす体験をしている人はあまりいないじゃないですか。だから刺し子のように手先を使う作業は、みんなにとって新鮮なようでした。参加者は真剣に取り組みながら、隣の人と「それいいね」と褒め合ったりしていて、自然とコミュニケーションが生まれる。人と人との関係の根本にあるような体験だったと感じています。

マラソンをする人たちは身体的にも健康意識が高いですし、最近はマインドフルネスのような精神面のケアにも関心が高い。刺し子は集中する作業なので、そういう意味でもすごく相性がいいと思います。最後はみんな写真を撮って帰るほど楽しんでくれていました。

--アップルのCEOティム・クック氏とも会ったことがあると伺いました。どのような経緯でつながったのでしょうか。

藤原:きっかけはニック・ウースター(Nick Wooster)さんでした。ニックの友人でアップルの方が、彼が履いていた刺し子のスニーカーに興味を持ってくださったんです。そこから連絡をいただき、やり取りが始まりました。

その後、たくさんのご縁をいただき、昨年9月、アップル銀座店のリニューアルオープンに合わせてティム・クックさんが来日された際には、靴を制作する機会をいただき、直接お会いすることもできました。

希少性ではなく“時間の価値“というものづくり

--刺し子は大量生産が難しい技術です。これは弱みでもあり、強みでもあると思います。この特徴を、今後どのように事業として広げていこうと考えていますか?

藤原:僕は、サシコギャルズは「希少性ビジネス」ではないと思っています。数が少ないから価値がある、という考え方ではないんです。刺し子はどうしても時間がかかる技術です。だから結果的に数は限られます。でも、その時間そのものを価値に変えていく、というのが僕らのビジネスの考え方です。

日本のものづくり全体にも言えることですが、今は「ユニクロ(UNIQLO)」のように大量生産と価格の両方で勝つことは難しい。多くのブランドやメーカーは、むしろ「時間がかかること」を価値として提示する方向に、シフトしていく必要があるんじゃないかと思っています。

--時間を価値に変えるためにどんな方法を?

藤原:単純に「時間がかかりました」と言うだけでは意味がありません。時間がかかっていることが、アウトプットとしてきちんと伝わる必要があります。そのためには、プロダクトだけでなく、制作過程や背景をさまざまな形で伝えていくことが重要になります。例えば、こうしたメディアでお話しすることもそうですし、動画などを通して制作のプロセスを見せることも含めて、多方面から伝えていく必要があります。

もう一つ大きいのは、文化発信の取り組みです。ワークショップで実際に刺し子を体験してもらうと、どれだけ大変な作業なのかがすぐに分かるんですよ。東京マラソンEXPO2026のワークショップでは、「アシックス(ASICS)」のキャップに刺し子を入れてもらいました。1時間半かけても、ほんの少ししか進まない。そこで完成した刺し子のプロダクトを見ると、「これはすごい」と直感的に理解してもらえる。そういう体験を通して、時間が価値になるということを伝えていく。そういう価値の伝え方はあると思います。

--「サシコギャルズはGORE-TEXのような存在になりたい」とお話されていましたが、その構想は現在どのように進化していますか?

藤原:基本的な考え方は変わっていません。サシコギャルズはブランドというより、刺し子という技術を持つ職人集団として、さまざまな企業やブランドの価値を高める存在でありたいと思っています。GORE-TEXのように、いろいろな製品の中に組み込まれる技術的な存在です。

ただ、この1年で新しく見えてきたのは、サシコギャルズという存在が、ある種のIP(知的財産)になりつつあるということ。実際、海外でも刺し子を再現する人が増えてきています。以前ティム・クックさんにお渡ししたスニーカーを、かなり高い再現度で作って販売している人もいて、動画まで撮って売っているんです。こうした動きも含めて、サシコギャルズという存在をより体系化し、分かりやすくしていくことが、次のフェーズになってくると感じています。

--再現して販売というのは、オリジナルの境界を問うような現象ですね。

藤原:もちろん同じものを作れる人はいると思います。ただ、それでも「オリジナルはサシコギャルズだ」と認識してもらえる状況がある。そこには技術だけではなく、日本の刺し子文化や、震災を経て大槌で活動するおばあちゃんたちのストーリー、さらに次の世代への広がりなど、さまざまな背景があるからだと思います。

--Instagramのフォロワーが11万人を超えています。サシコギャルズ名義でオリジナルプロダクトを展開し、「ブランド」として活動する可能性は検討していますか?

藤原:ブランドになる可能性は十分にあると思っています。絶対にやらないというわけではありません。ただ僕らの場合、ブランドを作ること自体が目的ではありません。サシコギャルズとしてやるべきことは、刺し子の可能性を広げること、文化として発信していくこと、そして地域に産業として根付かせること。この3つです。

ビジネスとしてだけ考えれば、実はブランドを作ればかなり売れると思います。あるコラボレーションでは、抽選販売に想像以上の応募がありました。もし同じものをすべて作れるとしたら、大きな売上になると思います。でも、それだけの理由でブランドを作る必要はない。僕らがやるべきことを、実現するための器として意味があるのかどうか。そこがはっきりしてきたら、ブランドという形も自然と出てくると思います。

日本の伝統技術を世界に広げ、持続する産業へ

--サシコギャルズの事業を次の段階へ進める上で、現在最も大きな課題は?

藤原:一番大きいのは、人材育成と組織設計です。刺し子を担う人を増やし、さらにその人たちが継続的に動ける仕組みを整える。この2つが、今はまだ追いついていません。需要に対して供給がまったく足りていない状態なんです。

極端に言えば、需要が100あるのに供給は1しかない。現在は大槌町を中心に約30人ほどの体制ですが、今後は80人規模まで拡大していくことを目標にしています。もっと多く作ることができれば、喜んでくださる人も確実に増えるはずです。ただ、現時点では構造的にそれができない。だから次のフェーズとしては、人材の確保と育成、そしてそれを支える組織づくりが最優先です。

--刺し子のデザインセンス、感性を育てるのは技術以上に難しそうです。

藤原:面白いのは、オリジナルメンバー15人は、もともと10年近く「クオン」の仕事をしてきた人たちなんです。つまり、刺し子の技術だけではなく、アパレルの素養がある。実際、やってみると「こんなにセンスがあるんだ」と驚くこともありました。同じように刺し子が上手い人が他にいたとしても、最初から同じ表現ができるとは限らないかもしれません。そういう意味で、アパレルの仕事は感性を育てる上で重要ですね。

--先ほど「時間を価値に変える」というお話がありました。一方で、これから刺し子を担う人が増え、技術が広がっていくと、制作時間の価値や希少性が薄れてしまう可能性もあるのでは?

藤原:人が増えることと価値が下がることは、必ずしもイコールではないと思っています。「エルメス(HERMES)」も職人は増えていますが、それによってブランドの価値が毀損されるわけではありませんよね。むしろ価値は上がり続けています。サシコギャルズも同じで、職人が増えることで説得力が強くなる面もあると思います。職人が増えるということは、大槌町に新しい雇用が生まれるということでもありますから。仮に技術が広がって生産量が増えたとしても、文化や地域との関係が広がることになり、価値はより強くなるのではないかと思っています。

--現在、海外の方で大きい反響がある印象です。日本でサシコギャルズの活動をより広げるために、計画していることはありますか?

藤原:今、刺し子キットを作っているんです。誰でも刺し子を体験できるキットですね。サシコギャルズはどうしてもスニーカーなどのプロダクトで注目されることが多いですが、もともとは刺し子という手芸文化がベースにあります。まずは刺し子そのものを楽しむ人を増やすことが大事です。

最近は編み物なども含めて手芸に興味を持つ人が増えていますよね。そうした人たちが気軽に刺し子に触れられる入口を作る。それが刺し子キットです。入口が広がれば刺し子の裾野が広がり、その上にサシコギャルズのプロダクトがある。このピラミッド構造を日本国内でも作れるのではないかと考えています。刺し子を1つのルートだけでなく、いろんな入り口から関われるようにしていきたいです。

--刺し子の需要を持続的に生み出すために、今後どんな市場を開拓していきたいですか?

藤原:刺し子キットの話と通じますが、まず一つは手芸やクラフトの領域です。刺し子の広がりを考える上で、一番下の土台になる部分ですね。手芸人口は日本だけでも約1,000万人、世界ではクラフト市場は3億人規模とも言われています。その中の1%でも刺し子に興味を持ってくれたら、それだけで300万人です。まずはこの領域を掴んでいくことが重要。

その上に、より洗練された領域としてサシコギャルズのプロダクトがある。誰でも刺し子はできるけれど、実際にやってみると難しい。だからこそ、サシコギャルズの刺し子は価格が高くなる、価値があることにも共感してもらえる。この構造で広げようとしています。もう一つはエンターテインメントの領域で、「刺し子のワールドシリーズ」のようなものを構想しています。

--「刺し子のワールドシリーズ」を構想したきっかけは?開催頻度、開催場所などは?

藤原:刺し子は本来競うものではありませんが、あえてスポーツの文脈にして、世界で一番刺し子が上手い人を決める大会を開きたいと考えています。これまで話してきたような取り組みは比較的真面目なものが多いですが、やはり僕らみたいなファッションに関わる人間は「楽しいこと」が好きじゃないですか。そう考えると、エンタメ要素は絶対必要なんですよね。

--開催場所や開催頻度は?

藤原:東京、ロサンゼルス、ロンドンといった都市を巡回しながら、年に一度開催するようなイメージです。スポンサーの協力も得ながら、賞金が出る大会のような形にできたら面白い。こうした形で、エンターテインメントの領域も含めて、複数の方向から市場を開拓していきたいと考えています。

--クラフトや手芸の世界において、サシコギャルズはどんな存在になり得ると思いますか?

藤原:もう一つ、少し違う角度の話をすると、クラフトや手芸の領域でストリートブランドのような存在になっていたら面白いです。僕は洋服が好きなので、例えるなら「シュプリーム(SUPREME)」のようにカルチャーを背景にしたブランドです。

手芸やクラフトの世界には、そういう存在がまだあまりありません。でも刺し子は、もともと服を直すための技術で、生活の中から生まれたストリートの文化でもあります。そういう文脈から、「手芸界の『シュプリーム』」になれたら面白いと思っています。「シュプリーム」というとブランドのイメージが強いですが、「クラフトカルチャーと言えばサシコギャルズ」という存在です。

--刺し子以外にも、興味のある伝統技術はありますか?

藤原:もちろんあります。僕は「クオン」を運営しているので、刺し子はその中の一つの要素でもあります。実際、「C.P. カンパニー」とのプロジェクトでは泥染めの技術も取り入れました。日本には本当に多くの伝統文化があります。日本は2700年続いていると言われている国なので、数えきれないほどの文化が存在している。

個人的な考えですが、アメリカやヨーロッパは文明を作るのが得意で、日本やアジアは文化を生み出すのが得意な地域だと思っています。文明はルール化され、体系化されていくものですが、文化はもう少し曖昧で感覚的なもの。日本にはそういう「文化」がとても多い。その日本の文化を自分たちの経験やノウハウを生かして掘り起こし、フックアップしていき、刺し子で得た認知や信頼をきっかけに、いろいろな形で次に展開していけたら面白いですね。

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