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「Beyond Skin」皮膚の外側へ 彫刻家・森田智仁が探る、身体と社会の輪郭を越える展示

白磁のオブジェが宙に揺れ、鑑賞者の身体にゆっくりと干渉する。“避ける“”触れそうになる“”立ち止まる“といった微細な身振りの連なりを通じて、視覚にとどまらない感覚が空間全体に立ち上がっていく。森田智仁の個展「ビヨンド スキン(Beyond Skin)」は、動き、距離、呼吸、そして重力までも巻き込みながら、私たちが普段意識することのない“触覚としての空間“を呼び起こす試みである。

同展は、ダンサーというバックグラウンドを持つ森田が続けてきた身体性への探求を起点に、「皮膚=最も原初的なメディア」として自分と世界の境界を問い直す試みだ。皮膚によって分けられる内と外の関係性を手がかりに、土や白磁といった素材がもつ触感や重さといった素材の選択や作品に宿る身体性、さらにはこれからの作品のあり方にまで思考を広げていく。大岡山のギャラリー「ロウ(LOWW)」を主宰する濱崎幸友とのクロストークでは、展示に至るまでの思考のプロセス、土や白磁といった素材がもつ身体的な感覚、ダンス経験が制作に与えた影響、作品が成立する以前の思考のプロセスまで語られた。

PROFILE: 森田智仁/彫刻家

PROFILE: 身体・知覚・行為の交差域から、彫刻・平面・映像・身振りを横断して制作、実践する。層としての時間と身体性のリズムを背景に、素材や空間に潜む力学を読み替えながら、知覚の枠組みを揺さぶる表現を目指す

身体的な皮膚と社会や制度といった自分を取り巻く輪郭という“社会的な皮膚”

――まず、展示タイトル「Beyond Skin」について教えてください。

森田智仁(以下、森田):最初は「あまりにも当たり前すぎて、自覚されないもの」をテーマにしたいと考えていました。人は生まれた瞬間、視覚より前に皮膚で世界を知りますよね。温度とか痛みとか、湿度、風もすべて皮膚が最初に受け取る情報です。

その事実があまりにも根源的すぎて、見落とされがちなんですよね。皮膚は僕の中では“二層“あると思っています。1つはもちろん身体的な皮膚。もう1つは社会的なルールや制度、文化的背景のように、自分を取り巻いて輪郭をつくる“社会的な皮膚“がある。その両方を扱いたかったんです。身体の外側だけでなく、社会の外側にも触れるような展示にしたいと考えていました。

――最初の着想は、身体的なイメージから入ったのでしょうか。

森田:テーマは、濱崎さんとの雑談の中で自然と出てきました。いろいろな作品やダンスについて話す中で、「皮膚を隔てた内と外」という話題になり、自然発生的に「皮膚」という言葉が出てきた。“Beyond Skin”という言葉がすっと落ちてきた感じですね。

濱崎幸友(以下、濱崎):一番最初に森田さんが仮のイメージをしていたのは、ピナバウシュの“Dance, Dance, Otherwise We Are Lost”でした。彼自身のダンス経験を踏まえて「身体」の話をしていたんですけど、掘り下げていくうちに話題がどんどん構造的になっていって。「自分と世界の境界とは何か?」とか「固定された輪郭は本当に存在するのか?」という話の流れの中で、皮膚が象徴的なメタファーになっていったと思いますね。

森田:自分の輪郭を、物理的な皮膚で区切られた内側と外側の境界だけで捉えるのではなく、コミュニティーや時間とか、集めている物など、自分と関わるさまざまな要素まで含めて形づくられていると感じています。そうした広がりを自覚するきっかけが必要だとも考えています。

――素材選びの段階から身体性を意識していたのでしょうか?

森田:陶土は身体性の強い素材です。触れている時間が長いので手の温度や気分、日々の状態がそのまま形に出る。例えば夫婦喧嘩した翌日は、作品の形がちょっと不安定になっていたり(笑)。そういう意味で、土は身体と密接につながっているんじゃないですかね。

今回、初めて白磁を使ったんですけど、白磁には単なる“白い素材“以上の意味があります。陶土より扱いが難しいけれど、精神性や歴史的な強度がある。“Beyond Skin”というテーマを扱うには、この素材の象徴性が必要だと感じました。

――白磁の使用はテーマを決めてから?

森田:実は逆で、白磁を使い始めたのが先でした。そこに濱崎さんとの対話で「皮膚」というテーマが浮上してきて、結果的に自然と結びついていったんです。

“制度からどうズレるか“を示す体験

――タイトルの“皮膚を越える“という行為は、森田さんにとって何を意味しますか。

森田:一言で言えば、「自分の輪郭を越えること」です。僕はダンスをやってきたので、身体が自分の意志とは別の方向へ開かれる瞬間がある。音に導かれるようにして、普段の自分ではない動きが生まれる。作品も同じで、鑑賞者が作品を見たとき、自分の記憶や感覚と結びついて全く新しい意味が生まれる。僕の中にはなかった読み方が立ち上がる。その“越境“が、今回の展示では意味のあるテーマだと思います。

――展示は吊るされた作品がメインですが、そこにも身体への働きかけがあるのでしょうか?

森田:はい。吊るす展示にしたことで、作品が風や動きで微妙に揺れます。その揺れを鑑賞者が無意識に反応して、避けたり、ひねったり、立ち止まったりする。体を使わざるを得ないです。それ自体が内と外の境界を揺らす行為になっていて、“制度からどうズレるか“を示す体験になればと思っています。

濱崎:展示空間そのものが “姿勢の揺らぎ“を生むように構成されていますので、皮膚=初期設定からどう逃れるか、という意味もありますね。

――吊るす展示への転換はどのように生まれたのですか。揺らぎは今回の展示の核のように感じます。

森田:これまでの作品にあった“反復の中に生まれるリズム“より、今回は“揺らぎそのものを作ること“がメインになりました。重力や空気といった不可視の要素が作品を動かしているので、鑑賞する場合、必然的に身体的に反応せざるを得ないんです。

濱崎:空間を「どう歩くか」「どう避けるか」まで計算されている、インスタレーションとダンスが融合したような展示です。今回は、時系列順に構成していないものの、森田さんが最初の展示で制作した作品を起点に、その後のより抽象度の高い作品へとつながる流れを読み取ることができます。スリットの入った作品は、内部はほとんど闇のように暗いですが、見る角度がわずかに変わることで、その奥に光が差し込んで空間が立ち上がるような感覚が生まれる。暗さの中に空間を感じる「暗度感」というか、そこまで関心が及んでいるのが興味深いです。どれも抽象作品ですけど、この約2年の間に関心が平面や物体から、空間そのものへと移っていったことが感じられます。

森田:ありがとうございます。もともと自分がダンサーだったので、最初は踊っている人をそのまま作ってたんです。でも、どうしてもダンサーはダンサーにしか見えなくて、答えが最初から決まっている感じがして、先に広がらないと思ったんですよね。そこから、“身体“そのものよりも、リズムとかアンバランスに興味を持ち始めました。リズムはフォルムだけではなくて、ひび割れとかテクスチャーみたいな質感にもあって、身体に直接作用する力もある。それを抽象的な形として使うようになりました。

今回の展示は、リズムの延長線上でもありますが、もう少し知覚のレイヤーが増えています。イメージから何かを想像する感覚もあれば、どうしても身体が反応してしまう部分もある。結局、何かが始まる原点は皮膚とか身体だと思っているので、今回はそれを理屈じゃなくて、強制的に分かってしまうというか、身体が動かざるを得ない状況をつくりました。

――今回、素材・光・重力など複数レイヤーを扱っていますが、そこにはダンスの経験も影響していますか。

森田:大きいですね。ダンスは重力に抗う行為で、姿勢や揺れとかリズムを体の中で感じる。その身体感覚がそのまま作品づくりに流れてきている。“反復のリズム“から、今回は“差異を生む揺らぎ“へ進んだ感覚です。

――壁に展示されているプレートにはどんな意図がありますか?

森田:これは作品の説明ではなく、鑑賞マニュアルというか指示書なんです。指示書は情報としての役割より、「指示書が存在すること自体」が大事なんです。そこには、光の変化とか時間、重力、呼吸など、普段は感知しづらい要素が書かれていますが、鑑賞者が身体を動かすことで、不可視の力を自覚できるようになるのではないかと考えました。これはウィリアム・フォーサイスの「インプロビゼーション・テクノロジー」に影響を受けました。

濱崎:即興性、フォーサイスの影響を受けてるんですね。

森田:そうなんです。去年、京都の「落散」で展示をやったときに、会場に畳を敷いて、正座しながらオブジェクトを見る形式にしたら、鑑賞者の滞在時間が明らかに伸びて、3時間くらい滞在する人もいましたし、一度その場を離れて戻ってきたら、寝転がって作品を見ている人もいました。

その経験から、作品の見え方って、姿勢や呼吸の深さといった、身体の状態に左右されると感じたんです。ただ目で「見る」というより、身体そのものの在り方が知覚に大きく影響している。展示の中でそのことを直接的な言葉で説明しているわけではありませんが、空間のルールや形式に身を委ねて行動していくことで、結果的に自分の身体の状態に気づいて、それが作品の受け取り方に影響していることを体感的に理解できる。その可能性をつくりたかったですね。

――ダンス、映像、立体といった複数メディアを横断していますが、作品はどこかでつながっていますか。

森田:全部同じだと思っています。アニメーションもリズムを視覚化する方法の1つですし。映像は質量を持ちませんが、立体は“身体が触れる“という強度がある。伝えたいことを考えると自然とメディアが変わっていく感じです。

――今回の制作をする際に影響を受けた作家や体験などあれば教えてください。

森田:「ロウ」で購入した荒川修作さんの作品集に衝撃を受けました。“死なないために“というテーマのもと、概念ごと世界をひっくり返す姿勢。作品が単なる造形で終わらず、問いとして残り続けることの強さを学びました。

濱崎:荒川さんの「養老天命反転地」もそうですが、身体性を通してもう一度自分を見つめ直すためには、不安定なバランスの状態が大きな役割を果たしていると思うんです。あえて不安定な姿勢で、今の自分がどうやってバランスを保っているのかを意識するとか。そういった感覚が、森田さんの中にもあったんだと思います。「差異と反復」という視点もあって、これまではどちらかというと反復……特にビートの側面が強かった。繰り返されるリズムをいかに自分自身の作品として立ち上げていくか、ということに意識が向いていたように見えました。

――作品は最初に頭の中で完成しているのか、それとも身体が先導するんでしょうか?

森田:両方です。今回の展示はイメージが先にあったけれど、白磁は身体や気分が形に出るので、最終的にイメージ通りになるものはありません。予定不調和を“バランスを取りながら進む“感覚は、ダンスと似ているとも思いました。

濱崎:陶芸家のように縮小率を計算して完成形を作るのではなく、素材やメディアを通して偶然性や体験を重視している点が森田さんの特徴です。

――森田さんが“作家として最も大切にしていること“は何ですか。

森田:コミュニケーションです。ダンスも言葉を交わさなくても通じ合えるように、作品も“対話のツール“として存在している。自分が作っているというより、制度や環境の中で選択させられている感覚に近いですが、その中で認知が開かれる場のようなものをつくりたい。

――最後に、今後やってみたい表現はありますか?

森田:もっと長い時間軸で変化し続ける展示をつくりたいですね。濱崎さんと話した、100年後に指示書に従って作品を再構築するようなアイデアも面白い。

濱崎:ヨーゼフ・ボイスが「ドクメンタ 7」で、ドイツのカッセルに7000本の樫の木を植えて、そのそばに柱状のバサルト石を置いた環境アート作品がありますよね。形としてのインパクト以上に、ボイスの概念や思想を伝えるものであり、その影響を受けた人々が新たな創造を生むような「クリエイティブの伝染」が起きる。そんな表現について、森田さんと話していたんです。

森田:これまでの作品は物体を通して過去に目を向ける視点があったのに対して、今回は「今」を意識せざるを得ません。次回はさらに長い時間軸で展開するような、展覧会自体では何も完結しないような試みをしたいと考えています。

PHOTOS:ATSUSHI KATSURAGI

◼️Beyond Skin
会期:12月28日まで
会場:LOWW
住所:東京都目黒区大岡山 1-6-6
時間:12:00〜20:00
休日:火、水、木曜

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