先日、マックスマーラ(MAX MARA)グループのライフスタイルブランド「ウィークエンド マックスマーラ(WEEKEND MAX MARA)」がスペイン・グラナダで開催した、“パスティチーノ バッグ スパニッシュ ヘリテージ”のお披露目ツアーに参加してきました。アイコンバッグ“パスティチーノ”は、新作ごとに世界各地の職人技に焦点を当て、その土地の文化をゲストとともに体験するワールドツアーを毎年開催しており、今回もその一環です。モノが溢れる今は「商品にいかに豊かなストーリーを込め、それをどう伝えるか」がますます重要になっていると感じます。このワールドツアーは、“パスティチーノ”という商品に「クラフツマンシップ」と「旅」というコンセプトを織り交ぜることで、ただのモノではなく、心を動かすブランド体験を上手に作り出している──そんな実感を得た2日間でした。
世界の手仕事と物語をバッグに詰めて
コロンとした丸みのあるフォルムと、がま口タイプの留め具が特徴の“パスティチーノ”は、2016年に誕生しました。名前は、イタリア語で「小さなお菓子/ペイストリー」に由来します。「ウィークエンド マックスマーラ」のブランド戦略を統括するニコラ・ガーバー・マラモッティ(Nicola Gerber Maramotti)氏は、「子どもの頃に家に帰ると、おじいちゃんやおばあちゃんが、トレーに山盛りのパスティチーノを用意してくれていたの。包み紙を開けるまで、中身が何味なのか分からない。だから、全て試したくなって、いくつも食べてしまったりして」とパスティチーノの思い出を話してくれました。お菓子の包み紙を開ける瞬間の、ちょっとしたドキドキや、小さな幸福感を感じてほしいという思いが、このバッグにも込められています。
元々はワンシーズン限りの展開予定だったそうですが、その絶大な人気からブランドを代表する商品に成長しました。マラモッティ氏は、このアイコンバッグにブランドらしい価値をさらに重ねられないかと考え、バッグを通じて世界の文化や職人技をめぐる「旅するバッグ」というコンセプトを思いつきました。「パスティチーノ ワールドツアー」と題し、新作ごとに世界の、まだあまり知られていない職人技にスポットライトを当て、その土地の文化をゲストとともに体験するという内容です。これまでにイタリア、フランス、日本を巡り、今年はスペインが目的地となりました。
イスラム教とキリスト教の歴史が交差する歴史都市グラナダへ
スペインのクラフツマンシップを盛り込んだ新作にちなんで行われた今回のツアーは、スペイン南部アンダルシア地方にある歴史都市グラナダで行われました。グラナダを選んだ理由をマラモッティ氏に聞くと、「だって、まだ多くの人が訪れたことのない土地だと思ったから」と言います。お菓子のパスティチーノの包み紙を開けるときのような、まだ見ぬ何かに出合うワクワク感を、このツアーの体験にも重ねているわけです。
人生で初めて訪れたグラナダは、夜9時を過ぎても沈まない太陽と、乾いた空気に照らされたオレンジ色の街並みといった、明るい色彩が印象的な場所でした。街は、イスラム教とキリスト教が交差した文化的背景を持ち、世界遺産に登録されているアルハンブラ宮殿をはじめとする壮麗な建築が今も残っています。ツアーでは、アルハンブラ宮殿やカトリック両王の眠る場所として知られるグラナダ王室礼拝堂を訪れ、この街の歴史を学びました。
グラナダは、陶器の街としても知られています。今回訪れたのは、16世紀から続く歴史あるファハラウサ工房。ここで、街の象徴ともいえるザクロの花の絵付けを体験させてもらいました。実は“グラナダ“とは、スペイン語で「ザクロ」を意味し、街の名前の由来にもなっているのです。ザクロの花は、絵付けのモチーフとしても定番で、街中のマンホールや街灯など、さまざまな場所に描かれていました。
初めての絵付けにしては、かなりハードルが高いモチーフでしたが、工房の絵付け師さんの教えの下、夢中で筆を動かしました。絵付け師さんが描く様子はとても簡単そうに見えるのに、いざ自分がやってみると、力加減や筆の置き方、全てにおいて熟練の技が必要なのだと痛感します。こうして「手を動かして何かを作る」という行為自体、普段は専らパソコンに向かって仕事をしている私にとって、すごく久しぶりで新鮮。このたった1時間弱の体験であっても、手作業の複雑性の再発見と驚き、職人技への敬意をあらためて実感しました。それは、手仕事が詰まった“パスティチーノ“への理解にも、自然とつながっていきました。
“パスティチーノ“で職人の声を世界に届ける
スペインのクラフツマンシップを盛り込んだ新作は、ボディー部分にコルドバにある著名な革工房クエロ・ガダミース社(CUERO GHADEMES)のゴートレザーが、留め具部分にはスペインの伝統技法ダマスキナード(象嵌細工)が用いられています。
ツアーでは両工房の職人によるデモンストレーションが行われました。クエロ・ガダミース社のレザーは、色付けから加工まで全て手作業で作られます。同社の創立者であるラファエル・バロ・アタラヤ氏は、「革は一点一点、染まり方や柄の出方も異なる。その表情の違いが面白いんだ」と話してくれました。スペインでは、このように全てを手作業で行う工場は稀だと聞きました。あえて、「なぜ、手作業にこだわるのですか?」とアタラヤ氏に伺うと、「ずっと、クリエイティブでいたいから」と一言。自分の手元にある“パスティチーノ“も、アタラヤ氏の渾身のクリエーションの結晶なのだと考えると、ぐっと温度感が増す気がしました。
留め具部分に用いられているダマスキナードは、中東から伝わりトレド地方を中心に発展したもので、金属板の表面に金や銀の線を象嵌(ぞうがん)しながら模様を描く伝統的な金属装飾技法です。今回は1970年にトレドで創業した老舗アトリエ、アンフラマ工房が手掛けています。平らな金属板に繊細なアラビック模様を描き、線をハンマーで叩きながらなぞると掛けた部分が輝きを放ちます。それを丁寧に球体に仕上げるという工程で、同社によると、1つの球が出来上がるには4日間かかるそう。同社からも職人が、ハンマーで線をなぞっていく仕上げ作業を実演してくれました。職人の言葉を借りればこの工程は、金属板に「命を吹き込む作業」。きらきらと輝く球体を見ながら職人は、「少しでも力加減を間違えるとすぐに割れてしまったり、間違った部分をハンマーで叩いてしまうと絵柄が美しくなくなる。非常に複雑で難しい技術だけど、僕にとっては全ての工程がとても楽しいんだ」と笑顔で話してくれました。
マラモッティ氏は「パスティチーノ ワールドツアー」の目的は、こうした職人たちの声を世界に届けることだと言います。「世界には本当に多くの手仕事があるのに、今はそれらが埋もれてしまっている。後継者不足でどんどん小規模になっていることも事実。でも、私はこういう仕事こそが、もっとも豊かなものだと思っています。芸術的で創造的で、そして何より意味がある。デジタルやAIの時代だからこそ、私たちはもう一度、時間をかけて作ることの尊さを再発見しなくてはいけないと考えています」。
最終日には、フランメンコレッスンも体験しました。こちらも人生で初めて。ダンス未経験者の私が本場のフラメンコダンサーに手ほどきしてもらうのは、かなり恥ずかしかったのは否定できませんが、マラモッティ氏の「新しい何かに出合う瞬間の幸せ」という言葉を思い返すと、自然に楽しむことができました。
グラナダで過ごした2日間は、一瞬一瞬が出合いと発見の連続でした。その充足感こそが、“小さなお菓子”に由来する“パスティチーノ バッグ"が提案する、ラグジュアリーの本質なのだと理解しました。世界中の職人によって紡がれる文化や手仕事を詰め込んだひとつのバッグ。そして、そのバッグが旅をすることで語られる物語。その奥行きに、「ウィークエンド マックスマーラ」というブランドの美学を感じられるプロジェクトでした。