フォーカス

プロサッカー選手からアパレル販売員へ「アスリートもショップスタッフも、プロの本質は人間力」 トゥモローランド廣瀬智靖

 クラレが毎年発表する「新小学校1年生の将来就きたい職業」ランキングで21年間にわたって1位に輝いているのが「スポーツ選手」。その中でもサッカー選手は、男子児童にとって特に憧れの職業だろう。そんな子どもたちの憧れであるプロサッカー選手として8年間活躍し、現在はファッション業界にフィールドを替え店頭で見事な接客を見せているのが、トゥモローランド日本橋高島屋S.C.店ショップスタッフの廣瀬智靖さんだ。全く異なる業界に移るきっかけや理由、異業種で活躍したからこそ見えるファッション業界の魅力を語ってもらった。

―最初にファッションに興味を持ったきっかけは?

廣瀬智靖さん(以下、廣瀬):学生時代まではサッカーが中心で、プロになってから先輩に服やファッションを教えてもらいました。他のチームを見ても、プロ選手はおしゃれな方が多いので影響は受けました。特に活躍している選手は見られるのも仕事だと考えているので、ファッションにも気を使っている選手が多いです。自分もそういう選手になりたいと。その上、プロになると毎日サッカー漬けになるので、ファッションが休日の息抜きになっていました。

―確かにサッカー選手はおしゃれな方が多いように感じます。ファッションに興味を持つようになり、セカンドキャリアとしてこの業界を選ばれたのはなぜですか?

廣瀬:自分の中でサッカーをやり切ることができたら新しいチャレンジをしたいと考えていて、新たなステージとしてファッション業界を選びました。自分の性格的に好きなことしか仕事にできないと分かっていたのと、ファッションを楽しむことで気持ちが救われることもあったので、次はこの業界に進もうと。そんな頃に知人に紹介されたのがトランクスブランド「ナルトトランクス(NALUTO TRUNKS)」の山口輝陽志代表でした。

山口さんに「サッカーを辞めたらファッション業界に行きたいです」とお伝えしたら、「それならトゥモローランドに行きなさい。この会社ならファッションのいろんなことを学べるし、働いている人もいい人が多いから」と教えていただいたのです。それにファッショ業界に飛び込むとしても、私は服の基礎も知らないし、お客さまのことも知らない。販売員を選んだのは、基本である販売から学びたいと思っったからです。

―実際にショップスタッフとして働き始めてみてどうでしたか?

廣瀬:人との距離感やコミュニケーションが大事という点では、サッカーと同じ。近いものがありました。でも、初めて店頭に立ったときは緊張しました。試合でピッチに出たときと同じ感覚でした(笑)。何も知らないし、経験もなく店頭に出て緊張する中、今の時間で自分にできることを考え、整理し、繰り返していくことで慣れていきました。あとは一緒に働くスタッフがやさしい方ばかりで救われましたね。

振り返ってみると、お客さまに育てていただいたと感じています。入社して1カ月した頃に接客させていただいて、今でも定期的に買い物に来られる顧客さまがいるのですが「今だから言うけど、当時は本当にヤバかった」と笑いながら言われました。ですが、その方から店長宛てに「廣瀬さんのおかげで買い物が楽しくなった。いつも感謝しています」と直筆の手紙が届いたときは、本当に嬉しかったですね。

―それは販売員冥利に尽きますね。

廣瀬:本当に感謝しています。ほかにも現役の時に一緒にプレーしていた選手やサポーターも買いに来てくれます。ネットでモノが買える時代に、お客さまが店に来ていただいていること自体に感謝です。だからこそ、ショップスタッフとしてその時間を無駄にしないよう、想像を超えるような接客を心掛けています。

―今の仕事でプロサッカー選手時代の経験が生かされていることはありますか?

廣瀬:プロのアスリートというのは一握りの存在なので、その中で生活してきたことが最大の勉強でした。常に自分と向き合い、自分を高めていくことが普通という環境でしたので、そういうすごい方たちと一緒に生活してきたことは、ショップスタッフも変わりません。今は、素晴らしいショップスタッフや社内のトップセラーたちから毎日のように学んでいます。業界は違っても優秀な方は“人間力”が高いです。

―販売職の良いところは何でしょう?

廣瀬:人としての基本が培われ、人としての幅が広がる仕事だと思います。中にはやりがいを感じていない方もいるかもしれませんが、お客さまと接することで、人として成長し、救われることも多い。普段は出会えない方とお会いして話をして、いろんな方とコミュニケーションを積み重ねていくことは、人を成長させるのではないでしょうか。“人間力”が上がる仕事として、販売はもっと認められて注目されてもいい、素晴らしい仕事だと感じています。

―これからやってみたいことはありますか?

廣瀬:サッカー界(スポーツ業界)とファッション業界に恩返ししたいですね。アスリートのセカンドキャリアに関することや、販売職などにやりがいを感じられない若い子たちに向けて何かを伝えたり、行動していきたいと思っています。

苫米地香織:服が作れて、グラフィックデザインができて、写真が撮れるファッションビジネスライター。高校でインテリア、専門学校で服飾を学び、販売員として働き始める。その後、アパレル企画会社へ転職し、商品企画、デザイン、マーケティング、業界誌への執筆などに携わる。自他ともに認める“日本で一番アパレル販売員を取材しているライター”