ビューティ

「ゲラン」「ジバンシイ」を率いた仏メイクアップ界の巨匠、オリヴィエ・エショードメゾンが84歳で死去

ゲラン(GUERLAIN)」や「ジバンシイ(GIVENCHY)」などフランスを代表するラグジュアリーブランドでメイクアップを手掛けてきたメイクアップアーティストのオリヴィエ・エショードメゾン(Olivier Echaudemaison)が8月12日未明(現地時間)、84歳で死去した。闘病の末、パリ市内の病院で息を引き取った。

「ゲラン」は声明で、「メゾンの現代史を象徴する存在であり、ビューティとクリエイションの世界をけん引してきたオリヴィエ・エショードメゾンの訃報に接し、深い悲しみに包まれている。偉大なアーティスティック・ディレクターであり、真の審美眼の持ち主だったオリヴィエは、その人柄や感性、そして長年にわたり共に働き、メゾンを形作ってきた人々と築いた強い絆によっても、『ゲラン』に大きな足跡を残した」と追悼した。

デザイナーのジョジー・ナトリ(Josie Natori)は、米ライフスタイル誌「タウン&カントリー(TOWN & COUNTRY)」の編集長を務めていた人物の紹介で44年前にエショードメゾンと出会い、すぐに意気投合したという。ナトリは12日、「彼は私の人生にとって、とても大きな意味を持つ存在だった」と語り、エショードメゾンについて「とにかく存在感の大きな人。部屋に入ってくれば、そこに彼がいると誰もが分かるほどだった」と振り返った。

エショードメゾンが考案したシーズンごとのメイクアップカラーや商品についてパリで記者会見が開かれると、ビューティエディターたちは、彼が次のトレンドを語る一言一言に耳を傾けた。また、エショードメゾンは並外れたしゃれ者としても知られていた。ナトリは、「彼ほど隙なく頭のてっぺんからつま先まで装っている男性をほかに知らない。初めて会った時には、たくさんの話を聞かせてくれた。彼はウィンザー公爵夫人やジャッキー・ケネディ(Jackie Kennedy)と一緒に旅をしていたこともあったから」と話した。エショードメゾンは、こうした著名な顧客たちのヘアを手掛けていた。ナトリは、「何より、彼はアーティストであり、見る目を持っていた」と語った。

「ゲラン」で25年間メイクアップをけん引

エショードメゾンは1988年に「ジバンシイ」に入社し、同ブランド初のカラーコスメラインを開発。10年間にわたりメイクアップを率いた。その後、2000年にLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)のベルナール・アルノー(Bernard Arnault)最高経営責任者(CEO)との面会を自ら申し入れ、“眠れる美女”を自分に任せてほしいと直談判した。面会を終えるころにはその夢が現実となり、LVMH傘下の「ゲラン」のメイクアップ・クリエイティブ・ディレクターに就任した。

「ゲラン」では25年間にわたりカラーコスメを率い、よりモダンなカラーやテクスチャーをブランドのメイクアップに取り入れた。日焼けしたような肌を演出するブロンザー“テラコッタ”のラインアップを拡充したほか、指で塗布する“バブル ブラッシュ”を導入。ほかにも、05年にはジュエリーや家具などを手掛けるフランス人デザイナー、エルヴェ・ヴァン・デル・ストラーテン(Herve Van der Straeten)とともにリップカラー“キスキス”を刷新し、“ルージュ ジェ”ではフランスを拠点に活動するジュエリーデザイナー、ロレンツ・バウマー(Lorenz Baumer)と組み、ダブルミラー付きのケースを採用して刷新した。

ジャッキー・ケネディら著名人を顧客に持つ

エショードメゾンは、フランスでメイクアップアーティスト自身が社交界の著名人として注目を集めた先駆け的な存在だった。16歳でヘア界の巨匠アレクサンドル・ド・パリ(Alexandre de Paris)に弟子入りして以来、若き日のジャッキー・ケネディや、モナコ公妃グレース・ケリー(Grace Kelly)、ウィンザー公爵夫人として知られるウォリス・シンプソン(Wallis Simpson)、イタリアの名門一族に生まれた社交界の名士マレラ・アニェッリ(Marella Agnelli)、米国出身でフランスを拠点に活躍した歌手・俳優のジョセフィン・ベーカー(Josephine Baker)ら、世間の注目を集める女性たちのヘアやメイクを手掛け、友情を育んできた。

04年には、自身の人生をつづった「Les Couleurs de Ma Vie(英題:The Colors of My Life)」を出版。フランス・ペリゴール地方で過ごした不遇な幼少期から、20世紀を代表する華やかな女性たちのスタイルコンサルタントとしてパリで成功を収めるまでの軌跡を記した。同書の前半は、上流社会を代表する著名人が次々と登場する。アレクサンドルのエレガントな顧客たちに始まり、英版「ヴォーグ(VOGUE)」の現場、さらに米「ヴォーグ」の編集長を務めたダイアナ・ヴリーランド(Diana Vreeland)のためのファッション撮影へと、その華やかな交友と仕事の軌跡がつづられている。そこには米国を代表する写真家リチャード・アヴェドン(Richard Avedon)、ドイツ出身の写真家ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)、英国の写真家デヴィッド・ベイリー(David Bailey)、英国のファッション写真家ノーマン・パーキンソン(Norman Parkinson)といった名だたる写真家もいた。それは、エショードメゾンが「ジバンシイ」に加わる以前のことだった。

「メイクアップとは楽しさと自由のためのもの」

04年11月29日付の米「WWD」の記事で、エショードメゾンは「私にとって『ゲラン』は『ティファニー(TIFFANY)』のような存在。国を象徴するアイコンだ」と語っている。エショードメゾンは、カラーコスメにはもっと楽しさが必要だと考えていた。「メイクアップとは楽しさと自由のためのもの。たとえほんの数分でも、母親の化粧品で遊んでいた少女のころの喜びを取り戻すためのもの」と語った。

著書の後半に設けた実用的なパートは、そうした喜びを忘れてしまった人々に向けたものだった。「年齢を問わず、実在する人たちを起用して、誰にでも手が届くものを作りたかった」と説明した。モデルには10歳から60歳を大きく超える年代までを起用し、男性のためのページも設けた。「ランウエイのルックは数え切れないほど手掛けてきたし、ファンタジーの世界もよく知っている。今の私は、顧客と直接向き合うトランクショーを開くデザイナーのようなもの。より現実の世界とつながっている」と語っていた。エショードメゾンが一貫して目指したのは、一人一人が持つ魅力を引き出すことだった。

19年には、フランス芸術文化勲章オフィシエを受章した。デザイナーのナトリは、「彼がいなくなるのは本当に寂しい。しかし、彼が歩んだ人生を祝福しなくてはいけない。彼は本当に唯一無二の人だった」と語った。現在、パリで非公開の追悼式を行う準備が進められている。

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