PROFILE: 杉咲花/俳優
人がひしめく歌舞伎町を舞台に、自己肯定感の低いBL二次創作好きの三ツ橋由嘉里が、希死念慮を抱えるキャバ嬢の鹿野ライとルームシェアを始めたことから不思議な人間関係を築いていく——。第35回柴田錬三郎賞を受賞した金原ひとみの小説「ミーツ・ザ・ワールド」を、映画「ちょっと思い出しただけ」、「リライト」などで知られる松居大悟監督が映像化。金原ひとみ作品の映像化はデビュー作「蛇にピアス」以来、17年ぶりとなる。
擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」に熱中する主人公・由嘉里を演じるのは「市子」、「52ヘルツのクジラたち」、「片想い世界」など数々の話題作で圧巻の演技を披露してきた杉咲花。彼女と対峙するライ役はオーディションで大抜擢され注目を集める南琴奈、ホストのアサヒ役は「八犬伝」、「はたらく細胞」などに出演する板垣李光人、毒舌な作家・ユキ役は蒼井優がそれぞれ演じる。自分を好きになれない人生に別れを告げ、思わぬ人との出会いや関わりの中で変化していく由嘉里という人物を杉咲花はどう演じたのか。作品づくりに参加する上で大切にしていること、カテゴライズできない関係性を描く本作の魅力、「参加できて幸せだった」と語る本作の制作現場についてなど、たっぷり語ってもらった。
演じる上で大切にしていること
——まずは本企画のどのような部分に惹かれてオファーを受けたのかを教えてもらえますか?
杉咲花(以下、杉咲):オファーを頂いたのが3年前なんですが、その当時の自分の心境と由嘉里の死生観が密接に結びついたんですよね。さらに松居大悟監督、プロデューサーの深瀬和美さんと白石裕菜さんという、信頼している方々が集結することにも深い魅力を感じました。
——杉咲さんが出演作品を選ぶ上で、一番重きを置いていることは何ですか?
杉咲:自分は演じる役に個人的な感情をあまり持ち込みたくないタイプなのですが、それでもどこかでそういったものが滲んでしまう瞬間ってある気もしていて。自分がどういう風に日々を過ごしているかが作品になにかしらのかたちで還元されて、同時に役の中で学んだことが今度は自分の生活にフィードバックされるという、その循環が起こることがこの仕事のいいところだと思うんです。なので、その作品は自分の暮らしにどんな影響を与えるんだろうということは、作品を選ぶ上でも一つの大事な基準ですね。
——金原ひとみさんの原作を付箋いっぱいになるほどに読み込み、脚本と照らし合わせたと伺ったのですが、原作を読んだときこの物語にどのような魅力を感じましたか?
杉咲:「共感できるかどうか」ということをフックに、つながりが生まれていくことの重要性を考えざるを得ないような空気感が現代の社会にはあると思うんです。でも原作小説はそこに逆説を唱えるように、「圧倒的な分かり合えなさ」が示されますよね。その切り口も好きでしたし、「分かり合えなくとも人は一緒にいられるんじゃないか」という祈りのようなものが描かれていることにもすごく惹かれました。
——「分かり合えなくてもつながっている」本作の登場人物たちの営みは個人的にも魅力に感じた部分でした。杉咲さんといえば入念なリサーチをして、作品づくりに積極的に参加されるというイメージがあるのですが、作品資料によれば準備稿より前に脚本の打ち合わせを行ったそうですね。本作においてはどのように意見出しや討論を重ねたのでしょうか?
杉咲:最初に手元に届いた脚本は、すでに原作に対するリスペクトを隅々にまで感じるとても素敵なものだったんです。そこから細かな精査をしていく中で、例えばばいち原作ファンとしてどういう映画が観たいかという視点から、「由嘉里自身の心境を、いつ、どういうかたちで、どこまで音にするのか」といった部分をすり合わせていきました。
——つくり手側の人からも「杉咲さんのリサーチ力は本当にすごい」と聞いたことがあります。リサーチをする上で大切にしていることを教えてもらえますか?
杉咲:自分がどこまでリサーチができているのかは分からないんですが……。でも作品を観ていただく人の中には、物語に自分自身の姿を重ねてみたり、映画館に自分の居場所を見つけ出す人がいるかもしれない、という想定をして映画に関わりたいということはいつも考えています。だからこそまず大事にしたいのは、この世界にいる多様な属性やアイデンティティー、ルーツを持つ全ての方々に敬意を持つことなのではないかと思っていて。それと同時に普段から世の中で起きていることになるべく関心を持つことを心掛けています。ただどれだけ意識しても、自分の考えが至らない部分や無知な部分は絶対にあるはず。そういった部分があるということにも自覚的でいるようにしたいと思っています。それからステレオタイプや記号的な表現に対しての意識を持つことであったり、誰かの人生を描く上でそれを「感動の道具」として利用しないということも気をつけたい。そういった一つ一つのことに対して、どれだけ神経を注げられるのかが、作品づくりに携わる上でも重要なのではないかなと思います。
——その役を生きる俳優が脚本やキャラクター造形に参加することで、ステレオタイプな表象から脱却できたり、人物に説得力が生まれたりするのではないかと思うのですが、杉咲さんは俳優が脚本やキャラクター表象の議論に参加する意義をどのように考えているのでしょうか?
杉咲:意義というよりは、自分にとっては、意見交換の場に参加することは台詞を覚えることとか、集合時間に現場に行くことと同じくらい当たり前の感覚なんですよね。その役の台詞は自分の口から発する言葉であって、自分はその作品をやりたいと思って参加しているわけなので、役や物語に対して「責任はない」とは言えないと思うんです。私は物語が持つ力というのを信じていますし、その作品を世界中の人に観てもらえるかもしれない。だからこそ恥ずかしくない関わり方をしていきたいです。
——「ステレオタイプや記号化を避けることが大切」とお話されていましたが、本作にはキャバクラ嬢、ホストなど、とりわけ他者からネガティブなバイアスをかけられたり記号化されやすい人々が登場しますよね。舞台となる歌舞伎町という場所自体もそうですが、そういう人や街を描く上で意識したことはありますか?
杉咲:クランクインの前に、松居監督がトー横キッズのニュース記事を共有してくださったことが印象に残っていて。その記事に書かれていたのは、壮絶な過去があって家から逃げてきた少女のこと。トー横という大切な居場所を見つけて、恋人もできて、早くバイトをして普通の生活をしたいと願っている少女の話が書かれていて、監督は映画づくりの上で、こういった少女たちの現実を忘れないようにしたいと言っていたんです。人にはそれぞれ切実な事情があって、その人にしか分からない苦しみがある。でも突き詰めていくと、きっとその人も自分と同じように幸せを求めて懸命に毎日を過ごしているはずで。そういうものの輪郭を、自分たちは想像力を絶やさずに探していくしかないんじゃないかなと思います。
「つくり手たちが良いと思ったものが観たい」
——杉咲さんが演じる由嘉里というキャラクターの内面や人物像はどのように探求されたのでしょうか?
杉咲:内面に関しては、原作の解像度の高さによるものが大きいと思います。由嘉里は自分の好きなものや、自分がありたい生き方からは離れた価値観を周囲から押し付けられ、抑圧されてきた人物です。でも自分と対極にいるライという人物と出会ったときに、今度は自分自身が価値観を押し付ける立場になってしまう。自分がされたら嫌なことなのに、他者のこととなるとその想像力が欠けてしまう瞬間があるんですよね。そういう人間の複雑で矛盾したところが生々しく描かれている部分もこの物語に惹かれた理由の一つでした。
——由嘉里の大きな特色である「BL好き」というのはこれまで記号的に描かれがちな要素だと思うのですが、その点はステレオタイプな描き方にならないようどのように挑んだのでしょうか?
杉咲:実際にBL好きの方にお会いして、BL漫画の保管の仕方をはじめいろいろとお話を聞かせてもらいました。その方が好きなものの話をしているとき、本当に輝いていて、声がワントーン上がったり、ステレオタイプな側面も含むかもしれませんが、しゃべる速度が早くなっていたところなどを参考にさせてもらいました。それから、演出部さんたちがいろいろリサーチしてくださった資料を共有してもらったり、自分でもSNSやYouTubeなどを見てリサーチしたり。その上で松居監督と都度話し合いながら、どういったアプローチが良いのかを探っていきました。
——由嘉里は正反対のライと出会うことで、少しずつ凝り固まった価値観がほぐされていきますよね。彼女がゆるやかに自分を受け入れられるようになっていく過程を、杉咲さんはどのように演技に落とし込んでいったのでしょうか?
杉咲:自分はあまり心境の変化のグラデーションをプラン立てて演じるタイプではないので、特別な意識はありませんでした。ただ由嘉里が好きなものを純粋に面白がってくれたり、良いねと言ってくれるライやアサヒと一緒にいるうちに、演じていて自ずと心がとき解されていくような感覚になりましたね。
——そのライを演じる南琴奈さんはオーディションで抜擢されたそうですが、お二人の相性が見事でした。
杉咲:琴奈ちゃんは本当に魅力的なんですよ。撮影当時はまだ高校3年生だったのですが、たまにドキッとするくらい艶やかな表情をするときもあれば、等身大のあどけなさが出てくる瞬間もあって。人としての魅力に惚れ込んでしまったというか。お芝居するときも息をするようにそこにいて、台詞を発するんです。そんな彼女のもつリズムに心地よく巻き込まれていくような感覚でした。
——意外なことに蒼井優さんとは初共演とのことですが、一緒にお芝居をされていかがでしたか?
杉咲:緊張しました。役においても少し距離のある関係なので、たくさんお話ができたわけではないのですが、学生の頃からたくさんの作品を追いかけてきた方なので、いちファンとして、映画の中で一緒にゲームをする日がやってくるなんて、と感慨深かったです。
——先ほど松居監督をはじめ、信頼できるスタッフが集結していたとお話されていましたが、資料などを拝見すると比較的若い人の多い現場だったのではないかと思います。そんな今回の現場で良かったことや、今後活かしたいことは?
杉咲:例えば松居監督とカメラマンの塩谷大樹さんの間にはすごく信頼関係があって、互いに垣根を超えていろんな意見を出し合っている姿が印象的でした。それぞれの部署で、トップに立つ人がそうだったから、みんながディスカッションしやすい環境になっていたのではないかなと思います。何かが起きたり疑問を抱くことがあったときに立ち止まって議論することができる現場だったのがすごく素敵で。撮影が終わった今も宣伝というかたちで続いているんですが、例えばポスター一つとっても「どの写真がベストか」、「どのキャッチコピーが惹かれるか」といったことを宣伝部や監督、スチールカメラマン、みんなで集まって話し合ったり。「自分はこれが良いと思う。なぜなら映画をこういう風に伝えたいから」と、純粋な気持ちを共有できるチームって、やっぱり稀有だと思うんです。そこに俳優が参加することをよく思わない人も当然いると思うのですが、自分が作品を享受する立場だったら、やっぱりつくり手たちが良いと思ったものが観たい。だからそういう時間に必要性を見出し、良い作品づくりをするために尽力するこのチームとご一緒できたのは本当に幸せなことでした。
——すごく良い現場ですね。今回のように宣伝の話し合いにも参加されることは結構あるんですか?
杉咲:そうですね。少しずつ増えてきました。そんな環境が叶うのなら、この先もぜひ参加したいと思っています。
カテゴライズできない関係性を描く
——「BL好きであることは隠せ」、「恋愛をしろ」、「親との絆は大切にしろ」など、社会が押し付ける「こうあれ」という考えを跳ね除けていく作品でもありますね。とりわけ自らの恋愛体質でないこと、家族との分かり合えなさを肯定する部分に共感する人が多いと思うのですが、このような規範に沿わない生き方を肯定する物語についてどう思われますか?
杉咲:実際に「いる」人たちが物語で描かれる機会がもっと増えていってほしいと切実に思いますね。
——「片想い世界」に続き、本作もカテゴライズができない女性同士のつながりを描いた作品でもありますね。そういった女性同士のつながりや共生を描く物語のどういう部分に面白さを感じますか?
杉咲:こういう関係性も良いな、と思えるところでしょうか。例えば今は、ショート動画や倍速視聴がどんどん主流になってきて、「感動」とか「友情」というように簡潔かつ的確な言葉で情報を把握できることにみんなが慣れてきていますよね。そんな中でカテゴライズできない関係性を描くことで、観た人それぞれの感性によって受け取り方が違ったり、見え方が変わったりする。それってすごく素敵なことだと思うんです。
——個人的にも観たいですし、ぜひ杉咲さんにも参加してほしいですね。先ほどから杉咲さんのお話を聞いていると、主演でありながらもプロデューサー的な役割も担われているような印象がありました。ハリウッドではエマ・ストーンをはじめ俳優がプロデュースを担うことは決して珍しくありませんが、杉咲さんはプロデュース業に対する意欲はいかがですか?
杉咲:たまにそんな風に言っていただく機会があるのですが、自分は知見も経験も足りないので現実的でなくて。プロデューサーをしたいと思ったことも今のところないですね。
——今後の参加作品で取り組みたい、または興味のあるテーマはありますか?
杉咲:子どもたちと関わる作品に出演してみたいです。幼年特有の感性に触れてみたいです。
——由嘉里がBLを推すように、杉咲さんが今推しているものを最後に教えてください。
杉咲:ガールズグループのHANAです。今や時代をエンパワーメントする存在だと思いますが、個人的にもとっても大好きです!
PHOTOS:TAKUROH TOYAMA
STYLING:MANA YAMAMOTO
HAIR&MAKEUP:AI MIYAMOTO(yosine.)
「ミーツ・ザ・ワールド」
◾️「ミーツ・ザ・ワールド」
10月24日から全国公開
出演:杉咲花
南琴奈 板垣李光人
くるま(令和ロマン) 加藤千尋 和田光沙 安藤裕子 中山祐一朗 佐藤寛太
渋川清彦 筒井真理子 / 蒼井優
監督:松居大悟
原作:金原ひとみ「ミーツ・ザ・ワールド」(集英社文庫 刊)
脚本:國吉咲貴 松居大悟
音楽:クリープハイプ
主題歌:クリープハイプ「だからなんだって話」(ユニバーサルシグマ)
配給:クロックワークス
2025年/日本/カラー/アカデミー(1.37:1)/5.1ch/126分/G
©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会
https://mtwmovie.com/





