2025年、第30回釜山国際映画祭で、映画「愚か者の身分」に出演する北村匠海、林裕太、綾野剛の3名が「The Best Actor Award」(最優秀俳優賞)を受賞した。本作は、彼らが演じる3人の男たちが、社会問題化している闇ビジネスから抜け出そうとする姿を描く逃亡サスペンスだ。
タクヤ(北村)と弟分のマモル(林)は、新宿・歌舞伎町を拠点とする犯罪組織の手先として、戸籍売買の闇バイトで生計を立てている。タクヤをこの道に誘った兄貴分の梶谷(綾野)は、同じ組織の運び屋だ。彼らは、闇ビジネスに手を染めた男の人生における3つの時期を、3人で表現しているともいえる。タクヤとマモルの将来の姿が梶谷なのだ。アンサンブルを超えた、この3人だからたどり着いた三位一体的境地。3人そろっての最優秀俳優賞に異論を唱える人はいないだろう。
今回、北村と綾野へのツーショットインタビューを通して、3人がどのように共鳴しあっていたのかに迫る。
※記事内には中盤以降のストーリーに関する記述が含まれています。
タクヤと梶谷、それぞれを演じて
——演じている時に、お互いの人間味を強烈に感じたシーンを教えてください。
北村匠海(以下、北村):剛さんとのシーンの後半は目が見えない状態での演技だったので、僕は剛さんの言葉しか聞いていないんです。剛さんは僕に不安を与えないように、脚本に書かれているセリフ以上の言葉をずっと喋っていてくれました。「ここに⚪︎⚪︎があるよ」とか、「あ、手はそこ(に置いて)」とか。タクヤがいろいろなものを失う前のシーンですら、2人の会話において限りなくナチュラルなテンポを作ってくださいました。(林)裕太君との芝居では、逆に僕が彼を引っ張ることを意識していて。それを経た上で剛さんと芝居した時に、光を失っているタクヤがちゃんと身を預けられる存在としていてくれたんです。それと同時に梶谷の言葉や声色、言葉数から、弱い部分も感じていたので、そこに綾野剛と梶谷、それぞれの人間味を感じました。
——梶谷は彼の手足となって一緒に逃亡します。綾野さん、脚本以上の言葉をしゃべったのはなぜでしょうか。
綾野剛(以下、綾野):目が見えない時の方が、より彼の生き様がものすごく見えました。それがなんなのかというと、この後に及んでも俺(梶谷)に気を遣っているんです。人生を諦めた声色を使わない。そして、うまそうにタバコを吸う。ここの(表現の)ラインというのは(キャラクターの)人間力がベースにあると思っていて。それをチョイスする匠海もさすがですし、それを説得力を持って表現し切ったことで、タクヤという役の本質が見えました。どこからどう見ても詰んでいる状態のタクヤを、タクヤ自身が「詰んでいない」と思っているのではなく、「詰んでいないそぶり」をしている。それは一番近くにいる、自分が巻き込んでしまった梶谷に対しての心配りなんです。
そもそものきっかけは梶谷にある。タクヤは自分が本当の意味でのトリガーを引いてしまったと思っている。そんなタクヤに対して、「こんな状態になっても俺に気を遣うのか」とたまらない気持ちになりました。だから梶谷は“毒味”と言いますか、タクヤがこれ以上道を踏み外さないように、自分が前を歩くスタイルに変わったのだと思います。
——タクヤは梶谷に気を遣っていたのでしょうか。
北村:これってタクヤの狡(ずる)さでもあると思うんです。すごく人たらしですし。彼がどう生きてきたのかが、声だったりとか、タバコを吸う様だったりとかから、気持ちよく映るといいなと思っていて。僕は実際に視力に頼らずに芝居をやっていたから、自分が吸っている様がどう梶谷に見えているのか、剛さんにどう届いているのかを実感することはなかったんですけど。なんか、こうなってもなお、気持ちのいい後輩ではいようと思っていました。シンプルに、楽しかったです。梶谷と車で逃げている状況に、タクヤがどこかワクワクしている感じとか(※綾野、「うんうん」と頷く)、「まあなんとかなる……な!」という心境が出ればいいなと思っていました。
貧困問題というテーマを映画でどう届けるか
——個人的にこの映画の後味に驚きました。通常こういう社会問題を扱った映画は、観終わった後に重たいものがのしかかってきてため息が出てしまうのですが、すごく温かい気持ち、いい気分になったんです。決して楽観的な終わり方ではないのに、タクヤと梶谷の間に交わされる愛情と、マモルに託された微かな希望の光を感じて。永田監督の人間性が大きいのかなと思いますが、お2人はなぜそうなったと思いますか?
北村:僕は剛さんに委ねるだけでした。芝居というのはやはりキャッチボールの上で成り立つんですけど、今回初めて、目から入ってくる情報とか、距離感とか、いろいろなことも含めて球を投げ合っていることに気づきました。僕が投げた球が壁に当たってしまっても、跳ね返ったものを梶谷がちゃんとキャッチして投げ返してくれたからこそ、先輩後輩の関係値ではなく、友情という言葉ともまた違う、僕らの空気になったんだと思います。僕は試写を見て初めて、「ああ、剛さんこんな顔してたんだな」、「僕が委ねたものを全部背負ってくれていたんだな」と思いました。
綾野:彼が今何をイメージできているのかということをとても考えました。見えていないからこそ、どう考えても詰んだ状況を彼に感じさせない方法がきっとある。梶谷とタクヤは見えている世界が全然違うものだったと思うので、彼が見なくていい残酷な状況を、どこまで自分が背負い切れるか。この先も自分が(タクヤの代わりに)見続けなければいけない。共依存とはまた違う、本当の意味での共犯関係であり、共鳴の仕方です。梶谷はギリギリまでタクヤと行動を共にするかどうかを悩んでいたと思うんです。それが彼の一番人間らしいポイントで、タクヤが梶谷に委ねてくれたことで、ようやく彼が人間になった。そういったニュアンスが温かみにつながったのかもしれません。
——タクヤとマモルは、自己責任という言葉では片付けられない境遇から、闇ビジネスの道に入りました。あの時の彼らにはそうするしかなかったし、こういう人は実際にすぐそこにいると感じました。日本の若者が抱える貧困問題というテーマを映画作品として届けることについてどう思いますか?
北村:日々、大小問わずいろいろなニュースがありますが、そこから無意識に目を背けることもあるし、自分のメンタリティーがそこに追いつかないこともある。映画はそういうものを、題材として届けることができる。逆に、そういう社会性やテーマ性を持たない映画もあるし、そういう作品が落ち込んでいる人の心を救うこともあると思います。
僕らが今回「愚か者の身分」という作品でチョイスした社会性は、日本の若者の貧困や歌舞伎町の実態を描くことでした。彼らはきっと社会に対して、世の中に対して、誰かに届いてほしいと、小石を投げ続けているのかもしれない。それは実際に歌舞伎町に行って思ったことで。マモルとタクヤが缶蹴りをするシーンは、実際に歌舞伎町のど真ん中で撮影したんです。あのリアルは言葉にならなかったです。すごい社会だなって。でもこれが彼らが生きる世界で、それは周りが肯定も否定もするものではなくて。そうさせているのは一体誰なのか。だからこの3人も、小石をいろんな人に投げ続けながら、自分を肯定して、何を失っても“生きる”というこの3文字にすがっている。僕ら役者は、そういうものを届ける機会をいただけているから、背負わなければならない瞬間もあります。でもゴールはやっぱりエンタメであれと僕は思うから、「温かい気持ち」になってくださったのはすごくうれしいことで。この映画が誰かの逃げ場所になるといいのかなという思いです。
綾野:こういった強度のある作風は、これまでも描かれてきた題材だと思います。ただ当時はフィクションとして観られていたものが、今では時代が追いつき、真横でこういうことが起きているということを、改めて感じさせられました。彼ら(=タクヤ、マモル、梶谷)みたいな人たちが、混沌とした場所の最前線に立っている。今作からは、なぜそれが彼らでないといけなかったのかという疑問が感じられます。
林君は彼らについて「選択肢がない」という言葉で表現していて、とても誠実な方だと思いました。努力する能力や、やり遂げる胆力を持っていても、それをどの環境で発揮するかによってまるで変わってしまう。彼らが最前線に立ってしまっていることを、きちんと受け止めなければいけない。
仕事に生き、仕事に死ぬ
——本作のマスコミ向け資料に掲載されたインタビューで、北村さんが「我々(北村、林、綾野)は仕事に生き、仕事に死ぬ人種」とおっしゃっていましたが……。
北村:僕が剛さんに言われた言葉なんです。この現場で。
——そうだったんですね! “殉教”という言葉が浮かびました。そこまで仕事に自分を捧げるのはなぜでしょうか。
北村:楽しくなかったら、僕はもうここにいないんですよ。本当に。僕は8歳からこの世界にいて、アルバイトの経験もないですし、他を知らないので、ある意味すがるしかないというか。剛さんに現場で、「匠海はいつまでもやってるでしょ。俺らは仕事に生き、仕事に死ぬよ」「だからこそ周りにいる、生活を大事にしている人からいろんなものをもらうといいよ」と言われて、「そうですよね……」としか言えなかったです。みんなが僕に気づきをくれて。僕はどこか孤独に生きてきた部分があるというか、自分を孤独に追いやることで、守ってきた自分というのがいて。でも最近、自分を理解してくれる人や認めてくれる人と改めて出会っていて、剛さんもその1人です。「あ、僕はもう、仕事に死んでいいんだ。心中していいんだ」と思うことができて、救われました。
——綾野さんは、北村さんにはその言葉を伝えた方がいいと思ったわけですよね。
綾野:自力ではできない、どこまでも他力なんだということを伝えたくて。要は、仕事で……ちょっと恥ずかしいですね(※恥ずかしそうに照れ笑い)。
北村:(笑)。
綾野:仕事で死ぬためには丁寧な生活が必要で、大切な人をたくさん増やすということがとても大切で。自分自身が理解してくれる人と誠実に向き合い、その人を理解する勇気を持たなければいけない。言い換えれば、自分と向き合ってくれる人たちに対するリスペクトを持つこと。大所帯にする必要はないですが、琴線に触れる人が1人でも多ければと思います。「仕事に生き、仕事に死ぬ」ことは、全てを追いやって仕事だけするという考え方とは対極にあります。「仕事で死ぬ」ということは、絶対に1人ではできない。要は「君は1人じゃない」ということなんです。匠海には結論から言ってしまいましたが、つまり、「仕事で生きて仕事で死んでいく」というのは、「幸せになりなさい」ということで、「匠海は幸せにならないといけない人だ」ということが言いたいんです。
——いいお話……!
北村:この言葉を胸に、「幸せになる」が僕の目標です(笑)。
綾野:(笑)。
PHOTOS:TAKAHIRO OTSUJI
STYLING:[TAKUMI KITAMURA] TOKITA、[GO AYANO] YUSUKE SASAKI
HAIR & MAKEUP:[TAKUMI KITAMURA] ASAKO SATORI、[GO AYANO] MARIKO SASAKI
[TAKUMI KITAMURA] レザーシャツ42万3000円、タンクトップ 6万9000円、パンツ 12万9000円、ネックレス(上)4万5000円、ネックレス(下)5万円/全てルメール(エドストローム オフィス 03-6427-5901) 、その他/スタイリスト私物
「愚か者の⾝分」
◾️「愚か者の⾝分」10月24日から全国公開
出演:北村匠海
林裕太 山下美月 矢本悠馬 木南晴夏
綾野剛
プロデューサー:森井輝
監督:永田琴
脚本:向井康介
原作:西尾潤「愚か者の身分」(徳間文庫)
主題歌:tuki.「人生讃歌」
製作:映画「愚か者の身分」製作委員会
製作幹事:THE SEVEN
配給:THE SEVEN ショウゲート
©2025 映画「愚か者の⾝分」製作委員会
https://orokamono-movie.jp/





