ラグジュアリーアイウエアブランド「ジャック マリー マージュ(JACQUES MARIE MAGE)」が、日本初のフラッグシップギャラリーを東京・表参道にオープンした。
フランス出身のデザイナー、ジェローム・ジャック・マリー・マージュ(Jerome Jacques Marie Mage)が2014年に設立した「ジャック マリー マージュ」は、ロサンゼルスを拠点に、日本やイタリアの熟練職人の手で限定生産されるラグジュアリーアイウエアを発表する。
アイウエアのコレクションを中心に、レザーグッズやジュエリーも展示販売する日本初のフラッグシップギャラリーでは、建築家・緒方慎一郎が率いるデザインチーム、シンプリシティー(SIMPLICITY)と協業。日本の美意識と現代性を融合した3層構造の空間を構築した。“マザーシップ(母船)”をテーマに据え、檜の床と書家・新城大地郎の作品が出迎える1階のエントランス、ジュエリーやメイド・トゥ・メジャー専用の2階、枯山水の庭を配した地下階など、静けさと詩情に満ちた構成となっている。江戸期の屏風や能面、ヴィンテージ家具が調和し、ブランドの源泉であるクラフツマンシップを多層的に体感できる場だ。
この新しい拠点に込めた思いや、日本の職人文化へのまなざしについて、創業デザイナーのジェローム・ジャック・マージュに話を聞いた。
WWD:「ジャック マリー マージュ」は旗艦店を“ギャラリー”と呼びます。日本初のギャラリーを表参道に構えた理由は?
ジェローム・ジャック・マリー・マージュ(以下ジェローム):私がこの場所を選んだというより、この場所が私を選んだと思っています。大手グループに属さない独立系ブランドが、パリやニューヨーク、東京のような都市で理想の場所を見つけるのは難しい。でもこの場所には、私たちの世界観を最もよく表現できる空間がありました。日本には素晴らしいチームがいて、本当に幸運だと思っています。彼らは、ブランドとその背景にある価値をしっかり理解してくれていて、“実際の場所(ギャラリー)を持ちたい”と強く願ってくれていました。その機会を与えてくれたこと、そして実現まで粘り強く動いてくれたことに心から感謝しています。
WWD:カリフォルニア、ミラン、ロンドン、パリに次ぐ出店です。
ジェローム:このギャラリーは、他国にある私たちのギャラリーとはまったく異なるコンセプトで成り立っています。私にとって、「ジャック マリー マージュ」とは、もう1人の自分。そんな存在が各地でどんな人生を送るのかという想像力を働かせ、それぞれのギャラリーコンセプトを考えていきます。個人の思いが強く反映されたデザインなだけにリスクもありますが、それこそが創造だと思っています。
WWD:では、その東京の旗艦ギャラリー全体のコンセプトとは?
ジェローム:この空間は、日本のクラフツマンシップを称えるためのものです。日本の職人技なしに、私のブランドは存在しえないからです。江戸時代の屏風や能面、鎧、陶器などのオブジェクトと、現代のアイウエアを並べることで、“過去・現在・未来”をつなぐ場所にしたかったんです。
アイウエアは日本の伝統芸術と同じ系譜にあると思っています。このギャラリーは私が日本の職人技を通じて歩んできた旅の記録でもある。訪れた人には、工芸の美や精神を感じ、自分自身の感性でその旅を体験してほしいです。
WWD:1階のエントランス部分には“マザーシップ”をコンセプトにしたショールームを設えました。
ジェローム:“マザーシップ(=母船)”とは、母なるもの、私たちが生まれた場所という意味です。先ほど日本の職人技なしに私たちのブランドは存在しえないと言いましたが、文字通り、私たちのプロダクトは日本で誕生し、今も日本で生まれ続けています。
またアトリエでは常に、日本のクラフツマンシップをどう保存し、どう高め、将来へとつないでいくかを議論しています。 私の仕事の大部分は、それを最高のレベルまで引き上げ、できる限り力強いものにすること。
それらの考えをどう表現するかを考えているうちに、“マザーシップ”という言葉と、ノアの方舟のイメージが浮かびました。 大洪水の中で、あらゆる命を乗せ、未来のために守り育てる木の船。それがこのスペースのコンセプトになりました。
WWD:建築設計を手がけたシンプリシティーを選んだ理由は?
ジェローム:まず最初に頭にあったのは、日本人のデザイナーと仕事をしたいということ。緒方さん率いるシンプリシティーは、建築だけでなく、食やプロダクト、レストランまで幅広く手がけています。私のブランドも同じくホリスティック(統合的)な哲学を持っていて、彼らなら感情を空間に落とし込めると感じました。結果的に見事な空間に仕上げてくれました。
アイウエアは変容的なオブジェクト
WWD:過去のインタビューを見ると、ジェロームさんはアイウエアをファッションアイテム以上のものとして考えていると感じます。アイウエアの持つ力とは?
ジェローム:アイウエアは、“変容的なオブジェクト”だと思います。顔という特別な位置にあり、人と会話するときに最初に目に入る。だからこそ、文化の中で神話的な役割を担ってきたと思います。特定のサングラスを思い浮かべれば、誰かの姿が浮かぶように、スタイルや感情、社会的なポジションと結びつくもの。単なる実用品ではなく、人々を別の時間や空間へ運ぶ“体験”そのものだと思っています。
WWD:「ジャック マリー マージュ」のアイウエアは背景の「ストーリー」や「精神性」が色濃いですが、どんな体験を人々に与えたいと考えていますか?
ジェローム:アイウエアを身につけて白昼夢のような体験をしてほしい。日常の中でふと現れるような、瞑想的な時間です。美や職人技に触れ、人の手で作られたものの温度を感じてほしいです。「ジャック マリー マージュ」のフレームを手に取れば、たとえ背景を知らなくても、そこに宿る温もりや神秘性を感じ取れるはず。特別なものを身につけている、という感覚を味わってもらえたら嬉しいです。
WWD:すべてのアイウエアにシリアルナンバーが刻まれています。なぜ限定生産にこだわるのですか?
ジェローム:ラグジュアリーとは「希少性」のこと。大量に作れば、モノはコモディティー化していってしまいます。私たちは“フレンチ・アメリカン・ラグジュアリーハウス”であり、アイウエアという“作品”は特定の時間と場所に結びついたユニークな存在であるべきと考えています。シリアルナンバーは、その瞬間の物語を記録するためのものです。
WWD:最近、特にインスピレーションを受けているものは?
ジェローム:建築家・黒川紀章という人物、そして彼の仕事に強く引かれています。彼の足跡を追い、子息の黒川未来夫さんと会いましたし、メタボリズム建築について学びました。ブランドには歴史を彩ったアイコンたちがつけていたアイウエアにインスパイアされて製作している“巨匠(Kyosho)”というコレクションがありますが、その最新作として、彼がつけていたアイウエアに着想した新フレームを制作したんです。建築に“人体の新陳代謝”という概念を持ち込む彼の発想は、とても詩的で美しいと思います。
WWD:ブランドは「Embrace the Spectacle(この壮麗さを受け入れて)」というメッセージが度々発信しています。
ジェローム:自分の直感やインスピレーションを受け入れ、他者にも同じ旅をうながしたいという思いです。市川崑、三島由紀夫、安部公房、デニス・ホッパー、フェデリコ・フェリーニなど、私を刺激してきた偉大な芸術家たちの壮大な“スペクタクル”を抱きしめること。人間の創造性と美を探求し続ける、その姿勢を表しています。
WWD:ブランドのグローバル戦略の中で東京への進出はどんな意味を持ちますか?
ジェローム:アジア、とくに日本は極めて重要な市場だと考えています。日本の人々は体験に対して繊細で、ブランドが自ら空間を設計することの価値を理解してくれています。自社のギャラリーを持つことで、「ジャック マリー マージュ」の世界観を最も純粋な形で表現できる。これからもアジアでの展開を強化していきます。
WWD:独立ブランドとして、さまざまなブランドを傘下に収めていく大手アイウエアグループの動向を気にすることはありますか?
ジェローム:ないですね。私たちは自分たちを“アイウエア企業”とは思っていません。精通する分野がアイウエア領域だったのでアイウエアからビジネスを始めましたが、私たちが作っているのは「コレクティブルな(収集する価値のある)オブジェクト」です。物語を内包し、次の世代へ受け継がれる品質を持つもの。それは、大量生産品とはまったく異なりますし、100年先まで大切に保管し、取っておけるもの。今のためにデザインしているのではなく、1世代、2世代先の未来のためにアイウエアをデザインしていると言えます。
WWD:今後、日本で取り組みたいことは?
ジェローム:もっと多くのギャラリーを日本各地に作りたい。ジュエリーなど新しいカテゴリーの開発や、コミュニティー作りにも力を入れていきます。日本は私にとって特別で、大好きな場所なんです。来日のたびに、まるで自分の居場所のように感じますし、もっと長くここで過ごせたらいいのにと思っています。20年近く日本の職人さんたちと仕事をしていますが、彼らと共に、日本のクラフツマンシップを可能な限り最高のレベルへと引き上げることが、自分の使命だと本気で思っています。
◾️ジャック マリー マージュ 東京 表参道ギャラリー
住所:東京都渋谷区神宮前5-9-7
営業時間:12:00〜20:00(アポイントメント制)