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映画監督・岩井俊二が語る「高畑勲との出会い」と「作品の魅力」

PROFILE: 岩井俊二/映画監督

PROFILE: (いわい・しゅんじ):1995年、「Love Letter」で長編映画監督デビュー。代表作は「スワロウテイル」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス殺人事件」「ラストレター」「キリエのうた」など。2012年、東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がける。25年4月、公開30周年を記念して「Love Letter [4Kリマスター]」が劇場公開。国内外を問わず、多彩なジャンルでボーダーレスに活動し続けている。

「アルプスの少女ハイジ」(1974年)、「母をたずねて三千里」(76年)、「火垂るの墓」(88年)、「おもひでぽろぽろ」(91年)、「かぐや姫の物語」(2013年)などさまざまな名作を手掛けて、日本のアニメーションの歴史を築き上げた監督、高畑勲。今年で生誕90年目を迎える中で、その足跡を追った展覧会「高畑勲展 —日本のアニメーションを作った男。」が6月27日から麻布台ヒルズ ギャラリーで開催される。作品制作のために高畑が集めた資料や作品に使用されたセル画など、さまざまな展示が予定されているが、展覧会のスペシャルサポーターに選ばれたのが映画監督の岩井俊二だ。そこで今回、岩井に高畑作品の魅力を紹介してもらうことになったのだが、実は岩井と高畑は遠縁にあたる関係。岩井がそのことを知ったのは10代の頃のことだった。

「高校の時に親から聞いたんです。親戚に『アルプスの少女ハイジ』に関わった人がいるって。でも、その頃は高畑さんがどういう人かは知りませんでした。(高畑が演出を手掛けた)『赤毛のアン』(1979年)を観ていたんですけどね。高畑さんのすごさに気がついたのは、高校生の頃、自主上映で『太陽の王子 ホルスの大冒険』(68年)を観た時でした。この作品は幼稚園の時に観ているんですけど、改めて観て、東映動画の作品の中でも完成度が別次元だと思いました」。

東映動画とは、東映が1956年に設立したアニメーション制作会社で、宮﨑駿、高畑勲、森康二、大塚康生など後の日本のアニメ界を支える才能が集まっていた。岩井は子どもの頃から東映動画や高畑の作品に親しんできたという。

「小学1年の時に『長靴をはいた猫』(69年)を学校で観たんです。『空飛ぶゆうれい船』(69年)も子ども心にクオリティーが高いな、と思っていました。でも、『海底3万マイル』(70年)でちょっとクオリティーが落ちてしまうんですよね(笑)。70年代に入ってから、アニメだけではなく『ゴジラ』シリーズや特撮ものも、だんだん子ども騙しになっていく。そんな中で(高畑が演出を手掛けた)『パンダコパンダ』(72年)は面白かった。そのあと、(TVシリーズの)『ルパン三世』(71〜72年)とか『未来少年コナン』(78年)といった、高畑さんと宮﨑さんが一緒にやっている作品を観て、この2人が作る作品は他のものとは違うなと思うようになったんです。そんな時に『太陽の王子 ホルスの大冒険』を観直して衝撃を受けた。絵の動きの美しさ、そして、演出が冴え渡っていたんですよ。(高畑がプロデュースをして宮﨑が監督をした)『風の谷のナウシカ』(84年)の原型のようにも思えました」。

高畑勲と初めての対面

そして、大学の卒業が迫る中、映画の世界に進みたいと思っていた岩井は、人づてに高畑に連絡をとって、直接話を訊く機会を得た。

「OB訪問みたいな感じですね。子どもの頃からお世話になっている親戚の叔父さんに相談したら高畑さんと会えることになったんです。その叔父さんは宇宙開発事業団(現JAXA)にいて、高畑さんに会う前に叔父さんが向井千秋さんを紹介してくれて。向井さんから宇宙の話を聞いた後に、宮﨑さんの事務所の『二馬力』で高畑さんと会うという、ただの学生にしては身に余る1日でしたね(笑)」。

そこでアニメ界の重鎮は、名もなき若者に一体どんなアドバイスをしたのだろう。

「高畑さんは開口一番、『君は映画界でプロになって、自分で撮りたい作品を作りたいのかね?』って訊いてきたんです。こっちは何も言ってないですし、高畑さんに何を訊きたいのか整理もできてなかったんですよ。漠然と映画の仕事がどんなものか知りたかっただけで。『そうかもしれないです』と返事をしたら、急に怒ったような顔になって『どうすればそうできるのか、こっちが訊きたいよ!』って言われて、それから2時間、説教されているみたいでしたね(笑)。最後の方で『今作っている作品の助手だったら入れてもいい』って言ってくれたんですけど。恐くなって辞退しました。映画の世界はパワハラとか大変そうで嫌だな、と思っていたんですけど、高畑さんから感じた恐さはそう言うものとは違って、鋭い分析力で迫ってく恐さでした」。

岩井が訪ねた時、高畑は初めての実写映画「柳川堀割物語」(87年)を制作していた。「風の谷のナウシカ」のヒットで得た収益をもとに制作をスタートしたドキュメンタリーだが、制作に3年かかって予算を使い果たし、本作のプロデュースを手掛けた宮﨑が自宅を抵当に入れて完成させたと言ういわくつきの作品だ。岩井にとって「柳川堀割物語」は強く印象に残る作品だという。

「高畑さんはアニメを作る時に、しっかりロケハンをして、その土地や文化をしっかり研究した上で物語を作っていく。『アルプスの少女ハイジ』の時もわざわざスイスまでロケに行って現地の人々の暮らしを見てきた。『柳川堀割物語』はそういう高畑さんの基本的な制作姿勢がそのまま作品にあらわれた映画だと思います」。

高畑作品の魅力

高畑の剣幕に押されて、一旦は映画の道に進むことをあきらめた岩井。しかし、運命に導かれるように映画を撮ることになり、後に映画監督として高畑と再会を果たした。

「映画の世界には進まずにミュージックビデオとかCMを制作する会社に入ったんですが、映画と同じように恐ろしい世界でした(笑)。でも、そこで鍛えられて3〜4年で映画を撮る力をつけることができたんです。そして、映画の仕事をしていく中で高畑監督とやりとりするようになって、『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)を公開した時は手紙で感想をいただきました。『花とアリス殺人事件』(15年)の時は直接、お会いして話をしたのですが、とても気に入っていただいたようでした。高畑さんはファンタジーが嫌いみたいなんですよ。アニメの作品はありえない設定が出てきたりするけど、『花とアリス殺人事件』はそういうところがないのが良かった、とおっしゃっていましたね」。

「花とアリス殺人事件」は岩井が手掛けた初めての長編アニメーション作品。それだけに大先輩の言葉は励みになったに違いない。では、岩井からみた高畑作品の魅力はどんなところだろう。今回の展覧会の見どころとあわせて訊いてみた。

「実写だとそこにいる人を撮ればいいんですけど、アニメはまず人物を描かないといけないじゃないですか。その人がこれまでどんな人生を、どんな生活を送ってきたのか。その人が生きている社会は、どんな歴史を持っているのかを、どれくらい深く掘り下げるかで人物の動きに深みが出てくる。高畑さんは登場人物を通じて人間の営みや歴史を見つめてきた。作品の裏側のすごみが高畑ワールドの真髄だと思うんですよ。だから今回の展覧会では、高畑さんが一つの作品を製作する際に、どこまで掘り下げているのかを垣間見られたらいいなと思っています」。

ちなみに今回、岩井は展覧会用のプレイリストを制作。その曲は会場で聴くことができるが、高畑は音楽に造詣が深かった。ピアノを弾くことができたし、「風の谷のナウシカ」をプロデュースした際には、久石讓という宮﨑の音楽的なパートナーを見出した。岩井も音楽を愛し、作品に音楽的な要素を取り入れてきたが、音楽的な感性は2人に共通するところでもある。

「音楽的な構成ってあるじゃないですか。例えばクラシックの曲の4小節、8小節、16小節。4つ割りにしていくと、起承転結の羅列になってるんですよ。あえて、そういう構成に縛られて映画を作ることがあるんですけど、もしかしたら高畑さんも作品を作る時に音楽的なインスピレーションがあったのかもしれませんね」。

またアニメ作品を撮る予定はないのですか、と訊(たず)ねると、岩井は「アニメと実写は向き合い方が全然違うんですよ」と答えて、こう続けた。

「時間が許せばアニメの方がやりたいんです。実写だと1秒ってあっという間に過ぎ去ってしまうけど、アニメはその1秒を丁寧に描く。アニメを作る方が面白いな、と思いますね」。

若かりし頃に説教をされながらも、後に高畑に才能を認められた岩井。今回の展覧会から刺激を受けて、その才能が再びアニメの世界で発揮される日が来るのを期待したい。

PHOTOS:TAKUROH TOYAMA

「高畑勲展—日本のアニメーションを作った男。」

◾️「高畑勲展—日本のアニメーションを作った男。」
会期:2025年6月27日~9月15日
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー
住所:東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
時間:10:00〜20:00(最終入館 19:30)※6月27~ 7月18日の火曜・日曜は10:00〜17:00(最終入館 16:30)
料金:一般2000円、専門・大学・高校生 1700円、4歳〜中学生1400円
https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/isaotakahata-ex/

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