ネット通販やライブコマース、スマホ決済、ゲームなど、次々と世界最先端のテクノロジーやサービスが生まれている中国。その最新コマース事情を、中国専門ジャーナリストの高口康太さんがファッション&ビューティと小売りの視点で分かりやすく解説します。今回のテーマは、「中国発のキノコ繊維レボリューション」。キノコの菌糸体(マイセリウム)を使った人工皮革の開発は米国のスタートアップ企業が先行してきましたが、中国でもスタートアップ企業が台頭し、24年にいきなり年間生産能力が100万㎡の工場を立ち上げたのです。3月に開催された全国人民代表大会(全人代)でも代表メンバーの一人が、キノコ栽培に使用する竹をレーヨン原料として活用する取り組みのさらなる強化を提議。これが大きな話題を呼び、「キノコ繊維」ブームに拍車をかけています。(この記事は「WWDJAPAN」2025年4月28日・5月5日合併号の転載です)
キノコの人工皮革
中国から新星あらわる
新たなサステナブル素材の需要が高まっている。再生可能な生物由来資源(バイオマス)を原料として作られるバイオベースの人工皮革は、動物性の革や石油由来の合成皮革に代わることが期待される。そうしたバイオベース人工皮革の一つに“マイセリウム(菌糸体)人工皮革”がある。これは、ポリエステルのマイクロファイバー不織布だった基布部分をキノコの根に当たる菌糸体で代替したもの。サステナビリティの波に乗り、2021年には米国のスタートアップ企業のマイコワークスのマイセリウム人工皮革を「エルメス」が採用し、話題を呼んだ。この成長市場に割って入ろうとしているのが中国だ。米国のスタートアップに、中国らしいケタ違いのスピードで追い上げ、すでに追い抜く様相を見せつつある。今回はそうした2社を紹介する。
シンメタバイオ(SynMetabio、貽如生物)は21年末に上海で設立されたスタートアップ企業である。創業者の蘇睿(スー・ルイ)CEOは上海科技大学在学中に合成生物学の世界大会iGEMで金賞を受賞した俊英で、大学での研究成果を元に起業した。シンメタバイオの武器は量産技術にある。従来のマイセリウム人工皮革はシートにキノコの胞子を植え付けて育てる方式のため、完成品もシート状となる。一枚皮から部材を切り出す、つまり本革と同じ使い方をするならば問題はないが、量産品に使われる人工皮革の代わりにはならない。ロール状にまとめられたテキスタイルを機械にセットし裁断する、という使い方ができないためだ。
蘇CEOは24年4月、ベンチャーキャピタル「ライナー・ベンチャー」のオウンドメディアの取材に応じ、バイオベース・レザーのロール状態での連続生産に世界で初めて成功したと語った。同社の製品を従来の人工皮革の生産ラインにそのままのせることも可能で、これまで高級品に限定されていたバイオベース・レザーの大衆化を狙っている。それだけに生産能力の拡張にも意欲的だ。24年に江蘇省常州市に年産100万㎡もの生産能力を持つ工場を建設した。現在は安定稼働を目指した準備段階とみられるが、すでに拡張も予定されており、最終的には年産1000万㎡の生産能力を目指す。欧米ライバル企業の数十倍以上という圧倒的な規模となる。
中国は「0→1」で新たなアイデアを生み出す発明よりも、「1→100」の量産と社会実装の局面に強みを持つとよく言われるが、シンメタバイオはまさにその典型だ。その技術力はロール状の素材生産や、頑健な微生物株の利用による滅菌工程の簡略化とコストダウンといった、サステナブル素材の工業的利用という目標に向けられている。
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