ファッション

パリコレモデルからラッパーに転身したジュニア・チョイ 「人生は恐れずにトライすること」

ジュニア・チョイ/ラッパー、シンガー

PROFILE:1999年生まれ、イングランド・サウスロンドン育ち。大学在学中にモデルとしての活動をはじめると、すぐにパリコレデビュー。その後、2019年からアーティストとしてのキャリアをスタートし、21年にリリースした「TO THE MOON」で世界的アーティストの仲間入りを果たした

 インターネットとSNSの発達により、2010年頃から音声ファイル共有サービス「サウンドクラウド(SoundCloud)」で楽曲を発表し、メインストリームへの切符を手にするアーティストやラッパーが現れ始めた。この流れは現在、他のSNSよりもフォロワー数に左右されず、不特定多数へランダムにリーチしやすいTikTok(ティックトック)が主流となり、その特性からメジャーデビューへの扉はより開けたと言える。この恩恵を受けた1人が、イングランドを拠点にするラッパーでシンガーのジュニア・チョイ(Jnr Choi)だ。

 現在23歳の彼は、アフリカ大陸最小の国であるガンビアにルーツを持ち、193cmの身長を生かしてパリコレも歩くモデルだったが、2019年にひょんなことからアーティストとしての道を歩み始める。そして、21年11月にブライトン出身のシンガー、サム・トンプキンズ(Sam Tompkins)がカバーした、ブルーノ・マーズ(Bruno Mars)の人気曲「Talking To The Moon」を大胆にサンプリングした「TO THE MOON」をリリースすると、TikTok経由で瞬く間に世界に拡散。アメリカにおけるTikTok内の人気楽曲ランキングと全米音楽チャート「ビルボード(Billboard)」のラップ部門で1位を獲得した。著作権の問題で一時的に配信が停止されていた時期もあったが、「スポティファイ(Spotify)」では1年足らずで2億回以上の再生数を記録することとなったのだ。

 そんなチョイが初来日したタイミングで、インタビューを敢行。まだ肌寒い時期だったが、「早く着て街を歩きたかった」という希望で、購入したばかりの「ア ベイシング エイプ®(A BATHING APE®以下、ベイプ)」のTシャツ姿に。東京の街を練り歩きつつ、生い立ちからアーティストに転身した経緯、そして「TO THE MOON」のヒットの裏側までを語ってもらった。

ーーまずは、ガンビアで生まれ育った幼い頃の話を聞かせてください。

ジュニア・チョイ(以下、チョイ):えっと、どこかのメディアが勘違いしてガンビア出身って書いたのが原因なんだけど、俺の英語を聞いて分かる通りサウスロンドン生まれ、サウスロンドン育ちなんだ。ただ、両親はガンビア出身のガンビア人だから、毎年連れられて帰っていたよ。数週間前も滞在していて、ロンドンからガンビアは直行で5時間くらいだけど、ナイジェリアとかを経由すると8時間くらいかかっちゃうかな。家族に音楽業界に身を置く1人もいなくて、俺が最初さ。

ーーそうだったんですね!失礼しました。サウスロンドンというと、アフリカ系やカリブ系の移民の方々が多く住むエリアがありますよね。

チョイ:そうそう。ナイジェリアを中心としたアフリカンと、ジャマイカを中心としたカリビアンが多いけど、実はガンビアだけでいうとハックニーだったりノースかイーストの方が多いんだ(注:ナイジェリアとジャマイカは、どちらもイングランドの植民地だった)。

ーー幼い頃からサウスロンドンの音楽に触れて育ったことが、アーティストを志すきっかけになったのでしょうか?

チョイ:いや、小さい頃からヒップホップを聴いていたわけではなく、ラッパーになりたいわけでもなかった。2019年のある日、女の子とフェイスタイムをしていたら「ラッパーっぽい顔をしているよね」と言われたから音楽に触れ始めたんだ(笑)。「まぁ、ラップしてみるか」くらいの軽い心持ちで始めたよ。

ーーそれでは、幼い頃の夢は?

チョイ:一般的に、“大人になったら何になりたいか”を具体的に考え始めるのは16~18歳くらいだと思うんだけど、俺はその歳になっても何も考えていなくて、ただ単に学校の勉強をしていた。当時は、メディアの仕事に興味があったからジャーナリズムを学んでいて、同時にセラピストになるのも悪くないと思っていたから、心理学も専攻していたんだ。ただ、18歳の時に「トップマン(TOPMAN)」でアルバイトをしていたらモデルにスカウトされて、それからモデル業を始めたら仕事になっていった感じさ。

ーーラップと同じく、モデルになることも目指していなかったということですか?

チョイ:そうだね。もともとファッションは大好きで、タンブラー(Tumblr、ブログ型SNS)で主に「リック・オウエンス(RICK OWENS)」のアヴァンギャルドな画像を集めるのが趣味だったし、大学に通っている時は周りと全然違うファッションスタイルを楽しんでいたのもあって、みんなから「モデルをやればいいのに」って言われることは多かったよ。全く乗り気じゃなかったんだけど、友達の1人がモデルになることが夢で、いろいろな事務所のオーディションを受けるときになぜか一緒に付いて行くようになってね。そうしたら、ロンドンにある全ての事務所から「No」と言われて、心に火が付いたんだ(笑)。このことがあってから、それぞれの事務所がどんなモデルを求めているのかリサーチしたり、肌の調子を整えたり、研究を重ねているうちに運良く「トップマン」でスカウトされたのさ。ラッパーになったのはちょっと不純な動機だけど、人生はなんでも恐れずにトライすることが重要だよ。

ーーファッションが好きだと自覚したのはいつ頃ですか?

チョイ:14~15歳くらいかな?それくらいの歳になるまでは、“人と違う姿でいること”に心の迷いがあったんだけど、“人と違うことの良さ”に気付けてからは、自分の感情を表現する手段としてファッションとヘアスタイリングを好きになったね。あと、タンブラーが世界を広げてくれたよ。自分のファッションスタイルを投稿するようになったら、数万人が俺の動向を見てくれるようになったんだ。タンブラーは、見ているだけでインスピレーションが沸くし、気付きを得られる素晴らしいSNSだね。それから、モデル業を始めたことでさらに視野が広がった。正直、最初は聞いたことがないようなブランドのオーディションは気乗りしなかったけど、実際に洋服を着てみると感動したこともあったしね。今は、昔の自分が着たかった1000ドルもするデニムを買えるようになって、人生を一周した感があるよ。

ーーランウエイを歩いたショーで思い出に残っているブランドはありますか?

チョイ:数え出したらキリがないけど、「カサブランカ(CASABLANCA)」「ケンゾー(KENZO)」「ジバンシィ(GIVENCHY)」「イッセイ ミヤケ メン(ISSEY MIYAKE MEN)」「ランバン(LANVIN)」「マルセロ・ブロン カウンティ・オブ・ミラン(MARCELO BURLON COUNTY OF MILAN)」「ディースクエアード(DSQUARED2)」とかだね。ブランドの過去のルックを遡ったら俺がいるよ(笑)。

ーー先ほど、女の子とのフェイスタイムがラッパーになるきっかけだと聞きましたが、それからどのように動いたか教えてください。

チョイ:タイミングがすごくよかったんだ。フェイスタイムしているときに親友の若手ラッパーが家に来ていて、ビートに合わせてラップをしていたんだ。その場で彼からビートをもらい、1週間くらいで「MOVES」って楽曲を制作してユーチューブ(YouTube)に投稿したら、最初の2日間で7万回ぐらい再生された。人生で何かしらの作品を作るのはこれが初めてで、すごく面白かったし反応も良かったから今も続けているんだ。もちろん、女の子には「ラップしたよ」ってフェイスタイムを掛け直したよね。

 「MOVES」があまりにもうまくいったから、2曲目もすぐに作るとそれも反応がよくて、2曲目をリリースした10日後には初めてステージに立っていたんだ。若手ラッパーとも言えないような俺がちょっと前に出した楽曲を、オーディエンスがシンガロングして盛り上がってくれているのを見て、「もっとちゃんと打ち込めば成功できる」と確信し、音楽業界と自分自身についてリサーチをすることにしたんだ。俺はどんなアーティストになりたいのか、UKで活躍するラッパーの1人になるのか、それとも世界で活躍するラッパーになるのかってね。結局、俺はどんなビートでもラップできる変幻自在なラッパーになりたくて、エンジニアリングもレコーディングも学んで、計画を立てることにしたんだ。1秒でも時間を無駄にしたくないし、勉強が好きな性格なんだよね。

ーー楽曲を制作するにあたり、影響を受けたアーティストはいますか?

チョイ:1番最初はパーティネクストドア(PARTYNEXTDOOR)とザ・ウィークエンド(The Weeknd)、トリー・レーンズ(Tory Lanez )、セイント ジョン(SAINt JHN)、トラヴィス・スコット(Travis Scott)が核かな。

ーーUKではなく、北米のアーティストが多いんですね。

チョイ:彼らの音楽そのものに影響を受けたというよりは、人間としてのあり方やストーリーの伝え方、一般的な歌手ではない存在に惹かれたんだ。例えば、多くのアーティストは楽曲制作に重きを置いているけど、トラヴィスはラッパーというよりもアーティストとして自身をブランディングしていて、楽曲制作からその先まで考えているよね。そんなところにインスピレーションを受けているし、俺自身もそれを意識して曲作りしているよ。

ーーあなたにインタビューするうえで、TikTok経由で世界的にヒットした楽曲「TO THE MOON」は欠かせません。誕生経緯を教えてもらえますか?

チョイ:リリックはパンデミック中に書いたんだけど、当時は1日3曲くらい書いていたかな。俺は季節ごとに曲作りをしていて、その頃は秋冬のテンションでトラヴィスやプレイボーイ・カルティ(Playboi Carti)のようなダークテイストの曲を作ろうと思い付いた。それでUKドリルをまだ作ったことがなかったから、UKのマーケットを意識して手を動かしたら15分でできてしまったんだ。あまりにもあっという間に完成したし、デビューアルバム「SS21」(2021年リリース)の制作途中だったから、とりあえずタイトルも付けずに放置していた。それで、「SS21」をリリースして落ち着いたタイミングで友人のDJにデモ音源を渡したら、数日後に「すごいことになっている。自分の目で確かめた方がいい」って連絡が来てね。なんのことかと思ってクラブに行ったら、「TO THE MOON」を流した瞬間にフロアがめちゃくちゃ盛り上がっていて、みんながスマホを掲げて「シャザム(Shazam、楽曲検索アプリ)」を開いていたんだ(笑)。その光景を目の当たりにして、今すぐにリリースした方がいいと感じたよ。思っていた通り、世界中に広がってくれてうれしいね。

ーーその後、「TICK TOCK」という楽曲をリリースしていますが、やはり「TO THE MOON」の影響でしょうか?

チョイ:いや、“ティックトック”というカリブ地域の腰を動かすダンスから名付けた。でも、潜在意識的には影響を受けているかもしれないね。

ーー最後に、初来日だそうですが東京はどうですか?

チョイ:日本というか、アジアに訪れることが初めてなんだ。今までカナダのトロントが世界で一番好きな街だったんだけど、今回の滞在で東京に代わったよ。街にゴミがなくてきれいだし、すれ違う人のファッションセンスはイケているし、食べ物はおいしいし、日本で生きること自体がクールに思えるね。

ーーインスタグラムを拝見する限り、相当な量の洋服を購入したようですね。

チョイ:今着ている「ベイプ®」のTシャツとパンツ、スエットのセットアップを3種類、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のスニーカー、表参道の「カサノヴァ ビンテージ(CASANOVA VINTAGE)」で買った「ディオール(DIOR)」のシャツ、「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」のレザーベストとかだね。滞在中は毎日がショッピングさ。「ベイプ®」には、もう一度行こうと思っているよ(笑)。

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