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吉原直樹会長が語る アルテサロンHD非上場化の背景とこれからの美容師の在り方

 アルテ サロン ホールディングスは、「アッシュ(ASH)」130店舗を含めグループ全体で300店舗超のトレンドを加味したヘアサロンを展開する一方で、メンテナンスに特化した「チョキペタ(CHOKI PETA)」を展開し、休眠美容師の復帰する場所を作り働く環境を整えるなど、ヘアサロン業界をアップデートすべく挑戦を続けてきた。2004年にジャスダックに上場し、ヘアサロン業界の中でも数少ない上場企業として、同社の動向は常に注目を集めてきたが、今年6月、MBOによる非上場化に踏み切った。業務委託や、フリーランスといった美容師の働き方が多様化し、コロナ禍で改めて“美容室の価値”が問われる中で、非上場化に踏み切った背景や思いをキーマンである吉原直樹アルテ サロン ホールディングス会長に聞いた。

WWDJAPAN(以下、WWD):コロナ禍から業績が持ち直し、2021年12月期は過去最高益となりました。その中でのアルテ サロン ホールディングスの非上場化には驚きました。

吉原直樹アルテ サロン ホールディングス会長(以下、吉原):無理やり非上場化に踏み切ったわけではなく、ファンドを介さず自己資本によるMBOという形をとりました。この決断に対して、株主の方からのクレームはなく、「18年間楽しませてくれてありがとう」と言ってくれた方も。駄菓子屋の2階にある小さな美容室から、次第に店舗を増やし、2004年に上場しましたが、これからが新たな挑戦です。でも正直に言えば、“振り出しに戻した”というところでしょうか。ヘアサロン業界でもさまざまな働き方が広がる中で、プロフェッショナルが、プロフェッショナルな給料を得ることができないと生き残れません。上場していると投資をしていただいている方にお返しをしなければいけませんし、そのために会社が利益を出さなければならないとなってしまうと、還元されるべき利益の行き場が違うのではないかと。お客さまのために働いて、自分たちが豊かになっていける現場づくりを。今一度、働きがいのある、自分の価値を高める働き方をしようという提言をして、実行していくためにも、非上場という道を選んだのです。

WWD:社会的に働き方改革がさけばれる中で、ヘアサロン業界でも低賃金や長時間労働などが議題に上がることも増えました。2000年代からコロナ禍を経て、ヘアサロン業界はどのような変遷を辿ってきたのでしょうか。

吉原:日本は1945年に終戦を迎え、あらゆる産業が労働集約型の仕事として広がっていきました。特に美容師のような技術が重んじられる手仕事は、まさに労働集約型と言えます。それゆえに美容師は弟子入り型・徒弟制で、戦後美容学校がきちんと整備されるまでは師匠(オーナー)のもとで技術を磨くのが当たり前でした。日本は高度経済成長を経て、1989年にバブル経済が絶頂期を迎え、その後崩壊。08年にはリーマンショックが起こりました。こういった景気の波によって、人々の働き方も変化していますよね。次第にあらゆる産業において企業が従業員を雇用し、労働条件や福利厚生を整えるフェーズに入ります。2000年代に入ってからは、それが当たり前となり、雇用主の責任が問われるようになりました。

WWD:そのような社会の変化にヘアサロンは対応できているでしょうか。

吉原:長らくデフレが続き、“失われた時代”ともいわれる中で、美容料金はいっこうに上がりません。ゆえに美容師の賃金もなかなか上がっていないのが現状です。ここ数年、世間では働き方改革が叫ばれ、従業員型ではなく、フリーランスや業務委託という新しい働き方が広がっています。企業に雇用されることへの価値が問われていると思っています。

WWD:業務委託型サロンや、フリーランス美容師が急速に増えています。従業員として働くことと、フリーランス美容師として働くことの大きな違いはどういったところでしょうか。

吉原:やはり、厚生年金や健康保険といった保証面は大きく違います。今の自由と条件をとるのか、先を見据えて安定を選ぶかだと思います。ただ美容業界での一番の問題点は、トレーニングすることが減ることだと考えています。フリーランスでは、社員として働いている時に比べて半分以下になるのではないでしょうか。サロンに所属しているとお互いの弱点や、スキルの進捗度が分かります。トレーニングを続ければ力のある美容師になれましたが、学ぶ機会が失われ、コロナ禍では特に動画で学習するという流れがあります。これは今まで、弟子入り型や従業員型でトレーニングを積み重ねてきたものが、自主練習になるというようなもの。当グループでも取り入れてはいますが、動画での技術修得度は30%程度ではないでしょうか。個人の努力によって補える部分もあるでしょうが、決して100%にはなりません。そこを補えるのがリアルであり、われわれの強さはそこだと考えています。

美容師=プロフェッショナル
プロが稼げる世界をつくる

WWD:フリーランスという働き方や動画による技術教育では、美容師としての技術力が落ちてしまうということでしょうか。

吉原:これまで日本の理美容師は、世界1の技術と言われてきました。各国から日本に技術を学びに来る美容師がいましたが、今では動画でどこにいても学ぶことができます。また、カット料金の上がっていない日本にはあまり目が向けられません。あらゆる面で評価が落ちつつある中で、技術までも落ちてしまうと、さらに拍車をかけてしまうのではないでしょうか。新しい働き方が出てくるのは、時代の流れでもあるので否定はしません。けれども、このままで本当にいいのでしょうか。日本の美容師の技術力が落ちていくのを目の当たりにすることになってしまうのではないでしょうか。社会や働き方の変化を経て、当社でも社会保険や福利厚生を整えています。その上でやはり、プロフェッショナルが稼げる世界にしていきたいんです。そのためには高付加価値を提供しなければなりません。これまでの顧客単価の倍ぐらいにしていくつもりです。

WWD:そのためにどのような取り組みをしていきますか。

吉原:スタイリストになれば年収600万〜、店長であれば1000万円が目指せるように、育成を効率化する必要があります。現状200人を採用するうち、技術者になるのは半分もいません。そのコストを会社は負担しているわけで、それであれば100人を採用して70人を育てるというように打率を上げていく必要があります。今までかかっていた育成コストを美容師の給料に当てられるように転換していきます。われわれは幸いにも首都圏でのみ展開しているので、教育に関しては手が届きます。ロイヤルカスタマーに向けた技術を身につけ、そういうサロンであり続ける努力をしていかなければなりません。それによって、高賃金を支払うことができ、離職率も減るでしょう。離職率1桁台が理想で、30代以降の退職者はほぼ出ずに、働き続けてもらえたら理想ですね。

付加価値を提供するのがプロの仕事

WWD:ロイヤルカスタマーに向けた技術力とは。

吉原:僕は今メンズサロンに注目しています。ファッション性を求める若年層はダブルカラーやブリーチ、パーマといった新しい技術を求め、バーバーには高単価であっても一流企業の経営者層が癒しとサービスを求めて通い詰めています。カット料金が3000〜4000円であっても付加価値を提供することで男性の顧客単価が7000〜8000円になり、レディースで1万2000円が目指せると平均顧客単価は1万円まで上がります。そういうサロンを目指すには、やはりプロフェッショナルが必要です。これまでの美容師は技術=テクニックでしたが、これからは薬剤の知識や実践経験がますます必要です。進化する薬剤によって誰が使ってもミスなく施術ができましたが、それでは付加価値は上がりません。テクニックや薬剤によって他者との差を産まなければ付加価値は上がらないのです。それには、教育が必要です。今流行っていて、一般的な認知が高まっている、「髪質改善」や「酸性パーマ」は知識と経験値が必要なメニューです。これを追い風にしないといけません。

WWD:そのためにも組織の中で腕を磨くということを改めて考える必要があるのかもしれません。

吉原:プロフェッショナルな仕事ができなければ、お客さまの固定化には繋がりません。

 美容師は職人であり、最初に選んだ道によって大きく将来が変わります。一度、低価格がウリの業態や、フリーランスになると、戻りたくても元々いた場所にはなかなか戻れないのが職人の世界です。でも、実はこの慣例を破ってきたのが僕。駄菓子屋の2階の小さな美容室から、30年かけて積み重ねてここまできました。そんな僕が若いスタッフに伝えたいのは、「この業界では易きに流れてはならない」ということ。そのためにもお客さまのために働いて自分たちが豊かになっていける会社づくりをしていきます。