ファッション

クラシック音楽愛あふれるニッチ香水ブランド「ラニュイ」 演奏会など“五感”に訴える販促に注目

 コロナ禍によるライフスタイルの変化で、暮らしをより豊かに、快適にするための消費に注目が集まっている。そうした潮流を象徴するアイテムが香水だ。元々日本は欧米に比べて香水の市場規模が非常に小さいと言われてきたが、ここ1〜2年で徐々に伸長。分かりやすいブランド香水だけでなく、“ニッチフレグランス”と呼ばれる、小さな規模で作られた個性的な香水を楽しむ人も増えてきた。2021年秋に販売を開始し、クラシック音楽とのつながりを打ち出す「ラニュイ(LA NUIT)」もそうしたニッチフレグランスの1つ。クラシック音楽への愛と自身のキャリアで培ってきた編集の知見を掛け合わせて「ラニュイ」を自費で立ち上げ、“コンダクター(指揮者)”を名乗る編集者の海老原光宏に聞いた。

WWD:そもそも、編集者がなぜ香水ブランドを立ち上げたのか。

海老原光宏「ラニュイ」コンダクター(以下、海老原):僕は趣味がピアノ演奏で、クラシック音楽は人類の優れた遺産だと思っている。しかし、クラシック音楽で飯が食えている人はそんなに多くない。もっと多くの人にクラシック音楽のすばらしさを知ってほしいが、現状の音楽業界のようにクラシック音楽をクラシック音楽好きに向けて訴求していては、市場は広がらない。そこで、クラシック音楽をライフスタイルアイテムと組み合わせて打ち出せば裾野が広がるんじゃないかと考えた。僕はクラシック音楽のイメージを変えていきたい。(残念ながら今はそうではないが)クラシック音楽を聴いたり、コンサートに行ったりすることがクールなことだとしていきたい。そういったことを考える中で、クラシック音楽と香水という組み合わせは相性がいいんじゃないかと思うようになった。

WWD:具体的に「ラニュイ」ではどんな商品を作っているのか。

海老原:第1弾商品として昨年9月に発売したのは、ラヴェルのピアノ組曲「夜のガスパール」を構成する3曲をイメージしたオードトワレだ。香りのディレクションは、高級ホテルやレストランなどの香りを手がける和泉侃(いずみ・かん)氏に担当してもらった。初回限定版は3本(各10ミリリットル)セット(1万8700円)で、「夜のガスパール」の楽譜や著名ピアニストへのインタビュー、音楽家・文筆家の菊地成孔氏によるエッセイなどから成るブックレットも付けている。

WWD:狙った通り、クラシック音楽好き以外の層に届いているのか。

海老原:主販路は自社のECだが、セレクトショップなどに卸販売することで、おしゃれな人たちがクラシック音楽の魅力を知るきっかけになればと思っている。実際、名古屋の有力メンズセレクト店「グーフォ(GUFO)」にはこちらからアプローチして販売してもらっているし、他地域のセレクトショップなどからも少しずつ問い合わせをもらっている。同時に、クラシック音楽好きの間で認知を高めることももちろん大切だと思っていて、(インフルエンサーへのギフティングではなく)人気ピアニストへのギフティングも行っている。そのピアニストのファンが買ってくれるケースも少なくない。

第2弾商品はスクリャービンの楽曲から

WWD:2月18〜20日には京都でイベントを行うなど、ポップアップ企画にも力を入れている。

海老原:クラシック音楽は聴覚を刺激し、香水は嗅覚を刺激するもの。ブランドの認知拡大のために、人間の五感全てに訴えかけるような企画ができないかと考えている。2月の京都のイベントは、二条城そばのホテルMOGANAで香水を販売すると共に、写真家の野村佐紀子さんに「夜のガスパール」の楽曲をイメージして撮影してもらった写真を展示した。ホテル内のバーでオリジナルレシピのカクテルも提供した。また、ホテル近くのカフェで開かれた、ピアニスト長富彩さんの演奏会とも連動した。偶然、長富さんも21年の夏に「夜のガスパール」のアルバムを出しており、そこから縁がつながった形だ。ECが主販路のため、実際に商品を手に取って確かめてもらえるイベントは、一般的なD2Cブランドと同様に重要だ。京都でのイベント以外にも、21年10月にはギンザ シックスで行われたニッチフレグランスを集めた催事や、22年3月には同じくギンザ シックス内の「銀座 蔦屋書店」のイベントなどに参加している。また、常時商品を手に取れる場所として、棚ごとに異なるオーナーが好きな書籍や雑貨を打ち出す神保町の書店「パサージュ」とも契約している。一般的に神保町は書店の街というイメージが強いだろうが、実はクラシック音楽の名店がある街でもある。

WWD:今後、事業をどのように育てていくのか。

海老原:ここまでの話でクラシック音楽普及のための慈善事業のように感じたかもしれないが、もちろんやるからには黒字にしたい。また、本業である編集業にもいい刺激になっている。僕にとって紙面やウェブ記事を作るような編集業は2次元で、実際に商品を作る「ラニュイ」のビジネスはそこからさらに次元が増えるような感覚で面白い。今後の課題は卸先を増やすこと。第1弾商品はラヴェルの「夜のガスパール」だったが、今年は第2弾商品としてスクリャービンの楽曲に着想を得た香水を構想している。「夜のガスパール」もそうだが、正直、世間でよく知られている曲や作曲家ではない。でも、知られていないだけでこんな名曲があるんだということを伝えていきたい。

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