ファッション

ファッションデザイナー高谷健太と巡る“ときめき、ニッポン。” 第2回「機織り町 富士吉田」前編

 1993年、旧ソ連崩壊から間もないロシア・モスクワの“赤の広場”で、山本寛斎は“カンサイ スーパーショー ハロー!ロシア(KANSAI SUPER SHOW HELLO!! RUSSIA)”を開催した。会場には12万の観客が集まり、民族の壁を超え、ファッションを通してともに熱狂した。巨大なランウエイには、日本の無形民族文化財“吉田の火祭り”(山梨県富士吉田市)に用いる巨大なたいまつを焚き、富士吉田が誇る先染織物にロシア聖教のイコン画を刺しゅうした作品などを発表した。

 寛斎はその後も約30年にわたり、ファッションを軸に市民参加型の国際交流イベントを開催した。2015年には、ファッションを軸に元気を届けることを目指した“日本元気プロジェクト”を始動させ、延べ370万人以上を動員してきた。

 僕らは寛斎亡き後も、その意志を受け継いでいる。今年8月には、“ハロー!ロシア”での縁がつながり、富士吉田で“日本元気プロジェクト2021 世界遺産ランウェイ in 富士山”を開催した。コロナの影響でリアルショーは叶わなかったが、日本美の象徴である富士山を舞台にランウエイの映像を配信した。ショーに向けて何度も富士吉田に足を運ぶ中で、夢を持った若い世代、熟練の職人さんとも出会った。

 ここでは、1000年の歴史を持つといわれる機(はた)織りのまち富士吉田を舞台に、同産業に携わる人々を前後編に分けて紹介する。最初は、ゲストハウス「サルヤ ホステル(SARUYA HOSTEL)」を営む八木毅さん。8年前に友人と富士吉田に移住し、デザイナーとして活動。15年に同ホステルをオープンした。町おこしにも携わっており、12月10日から開催するテキスタイルを活用した機屋展示・アート展のハイブリッド展“フジ テキスタイル ウィーク 2021(FUJI TEXTILE WEEK 2021)”の実行委員長も務める。

「この町の風景を残したい」

高谷: 富士吉田では、9月にアートディレクターの千原徹也さんが空き店舗をリノベーションした“喫茶檸檬”がオープンするなど、感度の高い人から注目が集まりつつあります。八木さんはなぜ富士吉田に移住したのですか?

八木毅SARUYA HOSTEL/DOSO代表(以下、八木):フランスの美術大学でアートを学んだ後、しばらく東京でデザイナーをしていたんですが、アウトプットする最適な場所をずっと探していました。09年くらいから、中央集権から地方分散型の考えに世の中がシフトし始めていたうえ、震災もあって「地方で暮らしたい」と思いながらそのきっかけを待っていました。そんな時、友人が「富士吉田で一緒に地域活性につながることをやらないか」と声を掛けてくれて、面白そうだなと思って移住を決めました。

高谷:移住して気付いたことや、富士吉田の魅力は?

八木:富士山と、昭和レトロというか、一般的にはきれいじゃないかもしれないけど、混沌とした昔の景色が垣間見える雰囲気が最大の魅力です。最初に富士吉田に来た時に、町の雰囲気をこのまま保存したいと思いました。

高谷:ちょっと鄙(ひな)びた感じが素敵ですよね。「鄙」って「雅」と対極の美意識だと思います。

八木:移住したころは、この近くにレコード屋さんや果物屋さんがあったんです。でも今は使われなくなって空き家になったり、建物自体が取り壊されたりしてしまった。この風景をどうやって維持できるか試行錯誤していて、今はアート展などのイベントを絡めながら、空き家のリノベーションやギャラリー利用などを行っています。

高谷:観光誘客によって町が活性化することも大事ですが、富士吉田を好きになって、移住して、新しいお店が生まれる。そんなふうに地域に根付く人を増やす方が未来がありますね。

八木:そう思います。チャレンジングな人が仲間になってくれたら、富士吉田はもっと面白くなる。ど真ん中に富士山がある商店街は、日本でもここだけですから(笑)。

高谷:今年の夏には、この商店街でランウエイショーをやりました。何度来ても本当にすごい景色です。

八木:僕の夢は、この商店街を歩行者天国にすること。世界中から観光客をはじめ、人が集まり、地元の人々も誇れる商店街にしたいんです。今は、車はたくさん通るけど、人はほとんどいない。でも、ポテンシャルはめちゃめちゃ高いと思います。富士吉田は元々、富士信仰とともに栄えた町。その後、観光という概念が生まれ、道ができ、商店が並び、町が形成されました。昔の人々がこの場所とどう向き合ってきたかをもう一度見直せば、とんでもない通りに化けると思う。僕一人の力ではできないので、一緒に声をあげてくれる仲間を集めています。

“フジ テキスタイル ウィーク”で
「機屋さんの力になりたい」

高谷:“フジ テキスタイル ウィーク 2021”を始めたきっかけは?

八木:コロナの影響で、どの機屋さんも東京の展示会に参加できていないことを知りました。それ以前から、展示会に出展しても、名刺交換だけでなかなかビジネスにつながらないという課題もあったみたいでした。だったら、自分たちで“産地の祭典”をやろうと、“フジ テキスタイル ウィーク”を考案しました。

高谷:10月に開催された“ハタオリマチフェスティバル”には、1万人の来場者があったそうですね。人口5万に満たない町に、それだけ集客ができるってすごいです。ただ、10月の“ハタフェス”と、12月の“フジ テキスタイル ウィーク”とは、お忙しいですね(笑)。いずれは一緒になる可能性もあるのでしょうか?

八木:それぞれの目的に合わせて、“ハタフェス”は2日間に、“テキスタイルウィーク”のアート展示は1カ月間に期間を設定していますが、最終的には両方の特性を活かす形にしたいです。平日はビジネス目的も兼ねたクリエイションの展覧会を行い、週末は“ハタフェス”のように一般客でにぎわう、みたいな。“テキスタイルウィーク”は今回が初めてで、実験的な意味合いも強いので、今後少しずつ内容を充実させたいです。“ハタフェス”は、市役所の方が旗振り役となり、実行委員会を作って運営しました。

高谷:展示はもちろん、トークイベントやワークショップなど、色んなフリンジイベントがあったらワクワクしますね。

八木:幅は広い方がいいと思っています。アートやファッション好きの人に集まってほしいので、ハイブランドの展示があってもいい。急にハイカルチャーなものが入ってくると、不協和音というか、自分たちが築いてきたものが壊れちゃうみたいに感じる人もいるかもしれないけど。

高谷:富士吉田でハイカルチャーなものを作っているから、親和性はありますからね。そういう情報も住民に発信して、地域の誇りになればいいですね。

東京から1時間半
地の利と歴史、技術を生かして

高谷:富士吉田は東京から車で1時間半。地方とはいえ、地の利があります。

八木:たった1時間半でこの環境の変わりようですからね(笑)。富士吉田には独特の“ボロさ”“ゆるさ”があって、それがとてもいい味を出している。そこに新しいものが入ってきて、新たな価値観が生まれるとすごく面白いはずです。これまでひたすら進んできましたが、市役所をはじめ、たくさんの地元の人が背中を押してくれた。まだまだ可能性を感じます。

高谷:町の土台には平安時代から続く機織りの歴史と、世界に誇る技術がある。夢はどんどん広がりますね。

八木:夢しかないです。“ハタフェス”や“テキスタイルウィーク”のほかにも、西裏地区(編集部注:昭和レトロなムードが色濃く残る繁華街で、映画のロケ地としても使用される)の活性化など、いろんなプロジェクトが始まっています。地元の人の顔が見えて、ビジョンを伝えているから、彼・彼女たちの理解と共感を生める。そうして蒔いた種が、徐々に芽を出し始めています。東京にいたら、きっとこんなことはできなかったでしょう。富士吉田は、若い人が夢を掴み、夢を広げられる町です。


 八木さんとの出会いには、素直に心が熱くなり、とても清々しい気持ちになった。富士吉田には、エネルギーを持った方がたくさんいる。きっと八木さんも、この街に住む人々のエネルギーに導かれてやってきたはずだ。

 一生懸命な人の周りには、その引力に吸い寄せられるようにして、たくさんの人が集まってくる。人だけではなく、行政や企業、学校、団体も味方になってくれる。師である山本寛斎がそうだったように、夢を持った人間のパワーは無尽蔵であるということを、富士吉田が実証していた。

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