ファッション

ファッションデザイナー高谷健太と巡る“ときめき、ニッポン。” 第1回「姫路レザー」

 僕は、2020年に他界したデザイナー・プロデューサーの山本寛斎のもとで、約25年にわたって仕事をともにした。ファッションのデザインはもちろん、国際博覧会をはじめとしたイベントの企画演出、地方創生事業など、国内外でさまざまなプロジェクトを手掛ける中で、大都市から秘境の地まで、色々なところへ足を運んだ。寛斎と過ごした宝のような日々は、モードの文脈におさまらない、古今東西の名品、匠の技、名も知れぬ人々の素晴らしい手仕事と、ものづくりに携わる熱い方々との出会いの日々でもあった。そして、その地ならではの歴史や風土に根付いた文化と、人々の営みに触れる中で、たくさんの“ときめき”があった。

 昨年からのパンデミックによって、大都市一極集中の社会に少しずつ変化が表れている。人々の価値観や生活様式が見直され、最近では“地方の暮らし”にスポットライトを当てた取り組みを目にするようになった。都市と地方の在り方は、今後さらに変容していくだろう。

 地方には、全国的にほとんど知られておらず、その地に暮らす人々ですら気付いていない魅力がたくさんある。僕は、寛斎と僕が魅了された日本各地の素晴らしい伝統や文化を、地元の方々にもっと誇りに思ってもらいたいし、少しでも多くの方に知ってほしい。そして、さまざまな価値観がアップデートされ、以前にまして“多様性”が模索される今だからこそ、この連載を通して、僕が地方で出会った様々な「ときめき」をお伝えできたらと切に願っている。

第1回:ときめく姫路レザー

  僕は、姫路についてお城とけんか祭りと高田賢三さんの出身地であることくらいしか知らなかった。それから姫路の革産業と深く関わり、産地にも赴くようになったきっかけは、10年ほど前に寛斎と「たばこと塩の博物館」(当時は渋谷の公園通りにあったが、現在は墨田区横川へ移転)を訪問したことだった。そこで、江戸時代の金唐革(きんからかわ)を使用した装飾性の高い“たばこ入れ”を拝見し、その後日本の皮革産業について研究を重ねる過程で、姫路と革の歴史について知ることとなった。

1000年の歴史を持つ皮革産地

 諸説あるが、姫路を中心とする播磨(はりま)地域の皮革産業は、平安時代の文献にも記述が残っており、1000年以上の歴史を持つと言われている。今では日本最高クラスの品質と生産量を誇り、90を超えるタンナー(なめし業者)をはじめ、200以上の工場が集積している。市内を流れる市川は水流も穏やかで河原も広く、また温暖で雨の少ない瀬戸内海特有の気候に恵まれていたことや、大阪や京都など、政治や経済の中心地から近かったことも、その発展に寄与した。ちなみに、酒米品種の最高峰とも名高い“山田錦”もこの地域で作られており、姫路城下には美味しい日本酒を作るたくさんの酒蔵がある。05年に山本寛斎がプロデュースした「愛・地球博」のオープニングイベントでは、姫路を代表するお祭りである“灘のけんか祭り”を演出に起用した。さまざまな縁があり、何度か姫路に足を運ぶ中で、タンナーの方々ととても親しくなった。上京の折には弊社にも立ち寄ってもらい、みなさんから夢や熱い思い、時には愚痴も(笑)聞きながら、良い関係を長年築いてきた。

 19年には、日本最大級の皮革の展示会である東京レザーフェアの50周年を祝うプロジェクトで協業した。姫路をはじめ、全国各地から集めたレザーを使用した革半纏に、浅草の小学生たちに自由に絵を描いてもらい、それを羽織って都内の高校生たちがダンスを披露した。子どもたちが絵付けした革半纏は、イタリアで開催される世界最大級の革の展示会リニアペレ(LINEA PELLE)に展示された。同年に大英博物館で開催された別のプロジェクトでも姫路産の革(以降、姫路レザー)を紹介する機会があり、それらの衣装もその後1カ月ほどJR姫路駅に展示された。

 先日、2年ぶりに姫路を訪れた。目的は「姫路で鞣した革に、金沢の金箔を施したい」という相談だった。タンナーの方々と、ああでもない、こうでもないと話を進める中で、改めて姫路レザーにかける職人の思いに触れ、この連載の初回にぴったりの“ときめき”を感じたのだった。

姫路レザーを活かした自社ブランド展開と
世界へのアプローチ

 昨今、多くの産地がOEMだけに留まらず、自社の製品づくりに力を入れている。姫路のタンナーさんに話を聞くと、「市場が縮小している中でタンナー各社が技術力を競い合い、仕事の奪い合いを続けていても全体的に疲弊していくだけだ」と強い危機感を持っていた。とはいえ決して悲観的ではなく、新たな素材開発や加工技術を磨き、それぞれが独自の活路を見出していた。

 例えば「新喜皮革」は40年以上前、先代の好奇心をきっかけに、飽くなき研究と技術の研鑽を重ね、日本で唯一コードバンを原皮の仕入れから一貫生産している。今年9月にトップに就任した新田芳希社長は、新たにファクトリーブランド「ジ・ウォームスクラフツ マニュファクチャー(THE WARMTHCRAFTS-MANUFACTURE)」を立ち上げ、製品販売を行っている。また、趣味の釣りをきっかけに、「琵琶湖のブラックバス」や「近大マグロ」の皮をなめして商品化するという、新たな挑戦も始めていた。

 若い世代のタンナーの皆さんにも話を聞くと「世界に売りに行きたい!」と、目を輝かせながら答えてくれた。コロナの影響で展示会が軒並み中止となってしまったことも影響しているが、そもそも日本でなめされた革は、縫製を海外で行うことはあっても、最終的に日本で販売されることが多いという。「日本の高い技術力はもとより、炭染、藍染、柿渋染といった日本らしい加工を施し、独自の付加価値を持ったメイド・イン・ジャパンの革を生産する――そんな思いを、姫路のタンナーで一丸となって発信したい」。若い世代だからこそ、タンナー同士の“横のつながり”を深め、今までとは異なる“世界へのアプローチ”を模索している。

姫路の革産業の歴史と文化を
後世に遺していく

 皮革の歴史を研究している林久良先生に話を聞くと、「姫路の革は、室町時代は武具に用いられ、安土桃山時代の織田信長や、江戸時代に日本を訪れた医師シーボルトも称賛する」と、高い評価を得てきたそうだ。そして、寛斎と僕が革に魅了されるきっかけとなった姫路の“金唐革”は、1873年のウィーン万博や1900年のパリ万博でも発表され、日本が世界に誇る工芸品だったという。姫路の革の収集や研究を始められたきっかけを聞くと、「姫路の革産業とは何なのかを改めて見直し、その歴史と文化を後世に遺していきたい」と話してくれた。姫路レザーは、まさに日本の皮革産業の原点であり、日本文化に大いに貢献してきたのだと、熱く語っていた。

 SDGsや動物愛護の観点から、昨今の皮革産業を取り巻く環境は複雑だ。しかし、姫路をはじめとした日本の皮革業者が扱う革は食肉用動物の副産物であり、循環型の資源である。日本の皮革産業は「SDGs」という言葉が生まれるずっと前から、日本人が大切にしてきた“自然への感謝や畏敬の念”といった価値観が反映されており、近年では生産工程においても環境に配慮した取り組みが始まっている。

真のインターナショナルとは、
自分たちのアイデンティティを深く知ること

 皮革産業のみならず、生産・問屋・小売りも含め、アパレル産業を取り巻く環境は非常に厳しい。そんな渦中にあっても、姫路滞在中に出会った職人さんは、老いも若きも皆きらきらと輝いていた。

 「世界中の人々に、ニッポンでも素晴らしい革がつくれることを知ってほしい」という彼らの想いに触れ、かつて寛斎が「真のインターナショナルとは、自分たちのアイデンティティを深く知ること」と言っていたことを思い出した。これは僕にとって、世界に向けてクリエーションをする上で最も大切なことだと思っている。だからこそ、この地の産業を担っていく若い世代には、長い歴史を持つ“姫路レザー”について、より一層深く掘り下げてもらい、そのアイデンティティを武器に海外で勝負してほしいと強く願う。若い世代の彼らが、姫路レザーを世界で発表することはさほど難しいことではない。しかし彼らが目指しているのは、多様な価値観を持つ姫路のタンナーが一丸となって世界で戦っていくことなのだ。

 ほかにも、長年ともに走ってきたメーカーや、問屋との関係も大切だ。僕が出会った若い世代の人たちは、近い将来のために、骨の折れるような土台づくりをしていた。この地で先人たちの鞣しの技術が今日まで発展しながら伝承され、古代と現在が「革」によって脈々と繋がっていること、これは世界にとっても貴重な技術遺産であり、日本人にとっての宝といえる。そういった文化や伝統を、ニッポン人の一人として誇りに思う。

 姫路レザーをはじめ、日本全国の革の魅力と、熟練のものづくりが感じられる日本最大規模の革の展示会「第102回 東京レザーフェア」は、12月1~2日に東京・浅草で開催される。半世紀以上にわたって開催されてきたこの展示会は、コロナの影響により今年は2年ぶりの開催だ。この機会に、ぜひ足を運んでほしい。

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