ファッション
連載 小島健輔リポート

アパレルの過剰供給は終わる 「ポスト・アポカリプス世界」のアーカイブMD【小島健輔リポート】

 ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。新型コロナウイルスの感染被害の少ない地方では小売店の営業再開の動きが見られるようになった。だが、コロナショックは人々の価値観の根底から揺さぶり、これまでのような消費環境には戻らないかもしれない。

 コロナ・パンデミックは現代文明を緊急停止させて大恐慌以来という混乱を引き起こしているが、収束しても消費もライフスタイルも経済ももとには戻らないだろう。ならばポスト・アポカリプス世界の遺民文明・遺民消費へ、ファッション業界は根底から発想を切り替える必要がある。

ポスト・アポカリプスの世界

 「アポカリプス」とは壊滅的な災害や戦争によって文明が崩壊することを指し、「ポスト・アポカリプス」とは黙示録(アポカリプス)後の世界を意味する。古くは「タイム・マシン」や「メトロポリス」、「ブレードランナー」や「マッドマックス」、近くは「風の谷のナウシカ」や「少女終末旅行」などSFやアニメで散々描かれてきた世界だが、まさか現実になるとは誰もが思いもしなかっただろう。

 そんなポスト・アポカリプス世界に共通するのが、文明の遺産を修理して再生したり部品をつなぎ合わせて細々と生きていく遺民の姿だ。宮崎駿の描く世界はビクトリア朝スチームパンクが色濃いし、ウィリアム・ギブソン(William Ford Gibson)の名作「ニューロマンサー」に発するサイバーパンクは「ブレードランナー」や「マトリックス」などデジタル文明崩壊後の世界を描いている。はやりの異世界転生ものアニメ、コミックやネトゲも大概がスチームパンクだし、コスプレの多くやゴスロリもその産物だ。
それはSFの世界だけではない。1959年の社会主義革命以降のキューバでは50年代米国文明の遺物を修理して使い続けているし、経済が破綻した中南米のいくつかの社会主義国もキューバ化しつつある。

 私は文明論を語ろうとしているのではない。われらファッションビジネスがポスト・コロナ世界でたどるであろうエシカルなリメーク・リサイクルMDとアーカイブMDを語ろうとしているのだ。

クリエイションはすでにポスト・アポカリプスに染まっている

 毎シーズン、華やかに繰り広げられてきた世界のコレクションシーンだが、著名なエディターやジャーナリストは「××年代の○○スタイルをほうふつさせる」「××エイジの○○デザイナー作品へのオマージュ」などと解説することが少なくない。トレンド分析の専門家たちは「60年代スウィンギング・ロンドン」とか「90年代NYストリート」とか、過去のデザインやスタイリングと照らし合わせて次シーズンを占うのが常套手段だから、クリエイションはすでにポスト・アポカリプスとなって久しいのだろう。

 「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」など著名クリエイターではアーカイブが新作と並んで評価され、自らコレクションでリメイクすることもあるし、アーカイブをサルベージして販売することもある。「ブルーレーベル(BLUE LABEL)」など今や幻となった三陽商会のバーバリー派生ブランドなどアーカイブ商品として根強い人気を保っているし、「スターブリンク(STARBLINC)」なんてキュートな60年代レトロフューチャーをコンセプトとするブランドもあるぐらいだ。

 コレクションシーンは90年代初期、ストリートシーンも2008年までで新たなクリエイションはほぼ途絶え、以降は過去の作品をフィットを変えてリメークしたり分解・再構築して新作としている感があるから、バブル崩壊とリーマンショックを経て現代ファッション文明は創造力を失ったのかもしれない。ならば、世界のファッション産業とクリエイターが壊滅的な打撃を受けたコロナ・パンデミックが契機となってポスト・アポカリプスの世界に転じたとしてもなんの不思議もあるまい。

過去や外界との編集や合作が問われる

 クリエイションがポスト・アポカリプスの世界に転じたとしたら、新作の過去のソースへの依存が一段と強まるばかりか、過去の作品のデッドストックやユーズドが新作と同列に評価・選択されるのが当り前になる。

 時間というゆりかごで熟成されたデッドストックやユーズドと比較されれば、コスト優先の量産スペックで作られ薄味で割高になった近年の商品は分が悪い。非効率な流通で値引きと売れ残りのロスがたっぷり上乗せされた新作の価格は、かつての売価から大幅に値引かれたデッドストックやユーズドに太刀打ちできない。となれば、ブランドメーカーは新作の開発・生産を抑えてデッドストックやリメーク、ひいてはユーズドをMDに組み込むだろうし、小売店も新品と旧品(デッドストック)、古品(ユーズド)をミックスする品ぞろえに移行するだろう。

 「コム デ ギャルソン」は“アーカイヴ・コラボ・シンプル”を謳う「CDG」やドーバーストリートマーケット(DOVER STREET MARKET)でのさまざまな試みでポスト・アポカリプスを先取りしてきたし、自社のデッドストックをコーディネイト編集してセット販売するバロックジャパンのECサイト「アウネ(AUNE)」など、アーカイブMDは身近なブランドにも広がりつつある。

 ビンテージ商品はブランデーなど時間をかけて熟成するスピリッツの世界では当たり前だから、ファッションの世界でも熟成した頂点のブランドからビンテージ・リメークやプレミアム・アーカイブ、アプルーバル・ユーズドが広がっていく。そこで求められるのは、品ぞろえからスタイリング提案まで時空を超えた感性と編集力、品質管理力であることはいうまでもない。ポスト・コロナ世界で店舗販売がECに勝ろうとするなら、C&Cと並んで新旧・新古の編集ミックスが突破口となるのではないか。

 その一方で、化粧品や医薬品、ITやロボティクスなど、異分野との合作もこれまでになく広がっていくだろう。往時のようにファッション側が感性でアドバンテージを取るのではなく、異分野側のテクノロジーやプラットフォームに乗ることが多くなるのではないか。防染性能が疑わしいファッションマスクがブームとなるなど(ウイルス防止のPFE規格まではともかくVFE規格は満たさないと実用性がない)、いまだ異分野のテクノロジーやノウハウを軽んじる風潮が残るファッション業界だが、このままでよいはずがない。

 ファッションメーカーが異分野メーカーや消費者より高感度だという錯覚は、ポスト・アポカリプス世界では思い込みでしかないし、付加価値を乗せる根拠ともならない。文明の遺産を繕う遺民として、目線を同じくして手を携えるべきだろう。

※C&C(クリック&コレクト):EC商品を店舗で渡したり店舗から近隣に宅配したり、店舗に取り置いてお試しや返品の利便を提供するOMO(オンラインとオフライン一体の)態勢

アパレルの過剰供給もついに終わる

 この秋冬期では持ち越しの春物やデッドストックとの継ぎ足しMDが広がるから新商品の供給は大きく絞られ、慢性化していたアパレルの過剰供給もついに終焉する。

 深手を負ったアパレル業界には秋冬商品を仕込む資金的余裕がなく、失業は免れても大なり小なり所得が減少した消費者も不要不急のおしゃれにお金を回す余裕はないし、はた目を意識しておしゃれする意欲が短期に回復するとはとうてい思えない。おそらくは購入ブランドを一格も二格も落とし、新作にこだわらず値下げされた持ち越し品で間に合わせ、コロナ休業による在庫の大量放出でブランドのバラエティーが豊富になったオフプライス品やユーズド品をあさる人も一段と増えるだろう。

 それはこの秋冬に限らず、以降も旧品をリメークしたりデッドストックを品ぞろえに組み込むアーカイブMDや、ユーズドを組み込むリサイクルMDが一般のアパレル店舗に定着する一方、オフプライス流通が急速にメジャー化し、新商品の供給は30年前の12億点(19年は28.5億点だった)まで数年で戻るに違いない。一時的にはECがはけ口となっても、新商品需要の萎縮を食い止められるわけではない。

 過剰供給が成り立たせてきた生産〜流通段階の膨大な仮需も消え、在庫も店舗も会社も雇用も半分以上が泡と消えていく。もはや無理な夢を追うのは諦め、覚悟を決めて身を縮め、オフバランスで存続を図るべきだろう。

小島健輔(こじま・けんすけ):慶應義塾大学卒。大手婦人服専門店チェーンに勤務した後、小島ファッションマーケティングを設立。マーケティング&マーチャンダイジングからサプライチェーン&ロジスティクスまで店舗とネットを一体にC&Cやウェブルーミングストアを提唱。近著は店舗販売とECの明日を検証した「店は生き残れるか」(商業界)

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