PROFILE: 鈴木完尚/ジャパンブルー取締役COO

“ジャパンデニム”ブームが続いている。国産デニムの主要産地、岡山県・児島を拠点とするジャパンブルーの2026年2月期の売上高は、前年比40.6%増の82億円に達した。基幹ブランドである「モモタロウジーンズ(MOMOTARO JEANS)」は、インバウンド(訪日客)の売り上げ比率が6割を超え、世界からの支持を拡大している。今年6月には、パリ・メンズ・ファッションウイークに合わせてポップアップを開催。6日間で売上高は1000万円を超え、想定以上の手応えがあったという。
同社は「日本発のグローバルデニムメゾンへの進化」を掲げ、次なる成長フェーズへと踏み出した。鈴木完尚ジャパンブルー取締役COOに、好調の背景と今後の戦略を聞いた。
マニア層から支持を基盤に成長してきた市場
WWD:そもそもなぜ“ジャパンデニム”は人気なのか?
鈴木完尚ジャパンブルー取締役COO (以下、鈴木):日本のデニムが世界的に評価されるようになった背景には、ビンテージジーンズの再現性がある。デニム発祥の地である米国をはじめ、世界ではモノ作りの近代化や高度化が進んだ一方、日本には旧式力織機などの昔ながらの生産設備や技術が残った。2000年前後にジャパンデニムが世界的なブームになった際も、過去の米国製の名品を高いレベルで再現できることが、その評価を押し上げたのだと思う。
その価値を支えていたのは、アメカジを好む、いわゆるデニムマニア層だった。2000年以降、ジャパンデニムは市場を大きく広げたというより、一部の熱心なファンに支えられてきた市場だったと思う。
"再現性"から"クラフト"へ
WWD:基幹ブランドである「モモタロウジーンズ」は2024年にリブランディングした。経緯は?
鈴木:「モモタロウジーンズ」は2006年の立ち上げ以降、コロナ禍で厳しい時期はあったものの、着実に売り上げを伸ばしてきた。業績だけを見れば、無理にリブランディングする必要はなかったかもしれない。ただ、当時のジャパンデニム市場がそうであったように、「モモタロウジーンズ」も主に日本のデニムマニアに支えられて成長してきた。その限られた市場だけでは、衰退が危惧される地域産業全体の活性化にはつなげられないという懸念があった。
産業が衰退すれば、いずれは当社の事業も立ち行かなくなる。であれば、産地の衰退に歯止めをかけられるほどまで事業規模を拡大する必要があると考えた。そのためには、リスクを取ってでも新しい層に価値を届け、世界中からお客さまを呼び込み、成長のスピードを上げなければならなかった。
もちろん、規模の小さい後発企業である当社だけで産地を守ることはできない。だからこそ、まずは当社が新たな方法を模索し、道筋を示したい。それによって他社も巻き込み、日本のデニムを世界に届ける動きが広がれば、産地をもう一度発展させられる可能性があると考えた。
WWD:リブランディングを経て、「モモタロウジーンズ」は新たな顧客層にも支持を広げている。その要因をどう分析する?
鈴木:一つ言えるとすれば、われわれは従来のジーンズブランドとは異なる価値の伝え方をした。これまでは、過去の名品をどれだけ忠実に再現したかを価値として訴求するのが、ジーンズブランドの基本だった。一方、当社は日本の職人が生み出す「クラフト」としてジーンズを提案している。
旧式力織機で時間をかけて生地を織り、多くの工程を踏みながら作っている。そのファクトに光を当てたわけだ。本物の“ジャパンデニム”が欲しいという入り口は変わらないし、現在のお客さまが、どんな文脈で当社を選んでくださっているのかは、正直分からない。でも以前の“ジャパンデニム”とは違う、新しいストーリーに共感いただいたことが、今の数字につながっているのかもしれない。
目指すはカメラの「ライカ」
WWD:「モモタロウジーンズ」の目指すブランド像は?
鈴木:一つのお手本がカメラの「ライカ」だ。ファッションでは、顧客のペルソナを設定し、その人に向けて商品を作る考え方が一般的だが、「ライカ」は本当にさまざまな人が使う。それでも「ライカ」は「ライカ」。プロダクトそのものが一つの人格として確立している。使う人に合わせてブランドの意味を変えるのではなく、そのブランドらしい進化を続けている。そうした存在を「モモタロウジーンズ」でも目指したい。
職人を頂点に置く「デニムメゾン」
WWD:標語としている「日本発のグローバルデニムメゾン」という言葉には、どんな思想を込めたのか。
鈴木:私が参画する以前の話だが、2022年に刈田・アンド・カンパニーが経営に参画した当初、社員全員と会社の強みや思想について議論を重ねたそうだ。そこから生まれたのが、この言葉。当社は糸の選定から生地作り、裁断、縫製、販売までを一貫して手掛けている。こうした体制で高品質なデニムを世界に届ける企業は、世界的に見ても多くない。グローバルに通用する一貫したモノ作りの体制を持つ企業であることを世界に向けて発信するには、「メゾン」という言葉がふさわしいと考えた。
社内では22年9月に組織再編を行い、モノ作りを担う「アトリエ部門」を組織の上位に置いた。当時、社員からは地域やモノ作りを守りたいという思いは多く聞かれた一方で、目の前で働いている職人の仕事を、価値として十分に捉えられていたかというと、必ずしもそうではなかった。しかし、新しい目で見れば、そこにこそ価値の源泉がある。組織を改編することで、モノ作りから生まれる付加価値があり、その下にブランド事業が連なるという考え方を社員に徹底した。
WWD:次期成長ビジョンでは、「アパレル企業の枠を超えた地域価値創造型企業」を目指すとしている。
鈴木:グローバルに評価されるメゾンであると同時に、その拠点である児島地域も世界に評価される存在にしていきたい。児島を含む三備地域(岡山県から広島県東部)の文化と歴史は、唯一無二の価値があるからだ。
児島は、裁断や加工、刺しゅうなど特定の工程を担う小規模事業者が集まり、一つの産地を形成してきた。それぞれが独立した企業であり、単一の大資本の傘下で動いているわけではない。各社が固有の技術を持ち、その会社にしかできない仕事も多い。そうした事業者がさらに活気づけば、地域全体の付加価値も高まるはずだ。
当社も児島に小規模ながらテキスタイルと製品の生産拠点を持つが、今の規模では産地に対する意思表明として十分ではないと考えている。そこで本社周辺に再投資し、生産能力を現在の数倍に拡張する計画を進めている。
ただ、目的は生産量を増やすことだけではない。現在の職人の労働環境は、決して十分とは言えない。モノ作りの現場を、過酷な重労働の場ではなく、新しい付加価値を生み出す誇りある仕事の場として捉え直したい。外から見ても、職人自身にとっても誇れる環境を整えなければ、次の担い手は育たない。当社が先行して新しい施設を整備し、この地域の職人育成に少しでも貢献したいと考えている。新施設には取引先やデザイナーの来訪も想定している。デニムが人の手の連続によって作られていることを可視化し、当社の哲学を伝える場にもなるはずだ。
WWD:では10年後、児島をどのような場所にしたいか。
鈴木:国内外のデザイナーやクリエイターをはじめ多くの人が集まる「デニムの聖地」として豊かになってほしい。目指す方向性は違っても、デニムで新しいものを生み出したいと思う人が集まる場所、「あそこに行けば面白いことがある」と世界中の人が思うような場所にしたい。
個人的な話だが、児島に行くと東京で仕事をしている時とは異なる感覚を覚える。仕事をしながら瀬戸内海の島々が見え、そのそばで職人が手を動かしている。都市部とは違う時間が流れていて、単なる合理性だけでは生まれない価値があると実感する。
当社には、今年80歳になる機械メンテナンスの職人がいる。半分は農家で、今も米を作っていて、驚くほど元気だ。少しへそを曲げると怖い人でもあるが、仕事に対する姿勢は本当にまっすぐだ。
本人に職人としての誇りは何かと聞くと、「生地に傷を出さないことだ」と言う。なぜそこまでこだわるのかと聞けば、「傷物が出たら売り上げが減っちまう。それじゃあ飯が食えなくなるだろ」と返ってくる。カッコつけたことを言うわけではない。ただ、少しの傷にも目をつぶらず、正しい仕事をしなければ続かないという感覚が体に染み付いている。そうした日本の職人のまっすぐな美意識が、日本のクラフトであり、豊かさの所以なのだと思う。