PROFILE: シズ・オオクサ/「アポセカリー」創業者兼CEO

今米国で存在感を高めているのが、日本のウエルネス文化に着想を得た米サプリメントブランド「アポセカリー(APOTHEKARY)」だ。2020年の創業以来、漢方や植物療法を用いたハーブドロップを主軸に、東洋医学と現代科学を融合したモダンなウエルネスブランドとして支持を広げている。
昨今D2Cの次なる成長モデルが課題とされる中、同ブランドは自社ECを起点にアルタビューティ(ULTA BEAUTY)やホールフーズ(WHOLE FOODS)など全米の主要小売店、TikTok Shop、Amazonへと販路を拡大。26年6月には1600万ドルを調達し、製品イノベーション、チャネルの多様化、AIテクノロジーへの投資を進めながら盤石な事業モデルを構築している。日本にルーツを持つというシズ・オオクサ(Shizu Okusa)創業者に、目覚ましい成長の背景と今後のビジョン、そして日本展開の可能性を聞いた。
――「アポセカリー」は米国発でありながら、漢方や日本古来の知恵をコンセプトとしている。
シズ・オオクサ創業者(以下、オオクサ):私はカナダのバンクーバーで生まれ育ったが、両親は日本人だ。父はカナダで禅庭園や剣道を教え、母は自然を愛していた。子供の頃からハーブや野菜に囲まれて育ち、風邪を引けば自分たちの農場から採れた高麗人参や霊芝、キノコなどを煎じて飲むことを習慣としていた。自然や漢方の力、日本文化とともに育った原体験がブランドの土台になっている。
――19歳でゴールドマン・サックス(GOLDMAN SACHS)に入社し、ニューヨークで投資アナリストとしてキャリアをスタート。その後コールドプレスジュースブランドの「ジュリンク(JRINK)」(19年に売却)や、「アポセカリー」を創業した経緯は?
オオクサ:金融業界では多くを学んだが、激務によるストレスで燃え尽きを経験した。「“レジュメを飾るためのキャリア”でなく、“自身のルーツや情熱に根差した生涯の仕事”は何か?」を考えるようになり、退職後に自己資金で「ジュリンク」を始めた。
事業の拡大とともに、自分の原点である東洋医学、漢方、アーユルヴェーダ、中医学をより深く研究するようになり、その過程でアメリカのヘルスケアには“未然に防ぐ”という予防的な視点が欠けているということにも気付いた。日本というルーツ、漢方への探究、金融で培った知見、そして自分と繋がり直すまでのジャーニー。それら全てを1つのブランドとして表現したのが「アポセカリー」だ。
――ティンクチャーという商材と、漢方の魅力を米国市場にどう落とし込んでいる?
オオクサ:ティンクチャー(チンキ剤)とは植物やハーブのエキスを凝縮した液体サプリメントのことで、錠剤や粉末、グミタイプよりも体内に吸収されやすく、添加物や糖分の含有量も抑えられるという特徴がある。それまではどこか“昔ながらの薬”を連想させるものだったが、ボトルデザインや世界観を洗練させ、日常的に使いたくなるセルフケアアイテムとして再定義した。
また消費者が自分ごととして受け取れるよう、代謝サポートを意味する“ブルー バーンBlue Burn”やくつろぐという意味の“ワイン ダウン(Wine Down)”など、成分名などではなく目的や生活のシーンをイメージしやすい商品名をつけた。伝統的なハーバリズムの知恵を、現代人のライフスタイルや健康悩みに合わせて再解釈して提案している。
継続的に選ばれるための
リブランディングと流通戦略
――D2Cモデルから近年マスマーケットに参入し、急速に販路を拡大している。
オオクサ:小売市場進出への道のりは簡単ではなかった。競争の激しい店頭で選ばれるブランドとして独自性を明確にするため、私たちは23年に全面的なリブランディングを実施した。より幅広い層に届き、リピートされ、そしてスケール可能なブランドへと進化する必要があったからだ。主力製品は当初のパウダー形状から飲みやすいティンクチャーに集約し、ロゴやパッケージデザイン、ECの購入体験も刷新。またブランドメッセージでは日本の伝統と現代ウエルネスの融合を前面に出すなど、ブランディングにおいて大きく方向転換した。
――その成果もあり、現在はアルタビューティやホールフーズ、スプラウト(SPROUTS)、ビタミン・ショップ(VITAMIN SHOPPE)などで展開。総出店数は約2000店舗にもおよぶ。
オオクサ:私たちの強みは、食・美容・ヘルスケアのカテゴリーを横断して商品を展開できること。例えば、ホールフーズやスプラウトのような自然派スーパーマーケットでは日々の食習慣として、アルタなどの美容専門店ではセルフケアとして、ビタミン・ショップなどのヘルスケア専門店や薬局では健康管理の一環として、顧客層ごとに異なる訴求ができるため、販路を広げやすい。
ただ、セルイン(小売店舗への参入)はスタートラインにすぎない。本当に重要なのはいかにセルスルー(実売)を伸ばせるか。また継続して選ばれ続けるブランドになるにはリテールだけでなく、SNSやECも含めた各チャネルが補完し合い、良い口コミが生まれるような循環を生み出すことが大切だ。
――米国では、TikTok Shopがブランド成長をけん引する重要な販売チャネルとして注目されているが。
オオクサ:TikTok Shopのボリュームは大きく、本格参入から1カ月で月間100万ドルを超える売り上げを生み出した。今の消費者は完璧に作り込まれた世界観よりも、「寝起き」「すっぴん」といった等身大でリアルなTikTok動画を好む。私たちも過度に作り込むのではなく、自然体でリアルなコミュニケーションを大切にしている。
5月には記録的な売り上げを達成したブランドを表彰するTikTok Shopのライジング・スター・アワード(Rising Star Award)も受賞した。当初は参入に慎重だったが、現在は認知から購買までをカバーできる重要なプラットフォームの一つとして、コンテンツ制作やフォロワー獲得を担う専任チームも設けている。
一方で、ウォルマートやコストコではTikTokのようなリアルなコミュニケーションが響くが、アルタでは洗練されたブランディングが求められることも事実。大切なのは、ブランドの軸はブラさず、それぞれの場所にいる顧客に届く“声”を持つこと。
ウェルビーイングと経営に共通する
「持続可能性」
――26年は売り上げ4000万ドルを見込んでいる。ここ数年で前年比30〜40%増と、その急成長を支える経営哲学は?
オオクサ:ウェルビーイングも経営も本質的には同じというのが私の考え。健康診断で数値を見ながら体の状態を把握するように、経営も財務指標を直視することで事業の健康状態を把握できる。D2Cからスケールするには、広告費に依存するのではなく高い利益率を維持する仕組みが必須だった。特に、利益率やキャッシュフロー、貢献利益(コントリビューションマージン)といった向き合いづらい数字ほど事業の健全性を示す重要な指標として注視している。
目指しているのは短期的な売り上げの拡大だけでなく、健全に利益を生み、長く成長し続けられるブランドを築くこと。それには持続可能な財務体質が土台となる。
――6月にシリーズAラウンドで1600万ドルを調達した。これらの資金はどのように活かす?
オオクサ:資金調達が完了した今、私たちが考えているのは「どうすればより高みへと成長できるか」ということだ。それには自社ECだけでは実現不可能で、リテール、TikTok Shop、Amazon、SNS、PRなど複数のチャネルを連動させ、ユーザーとの接点を増やし、成長のフライホイール(好循環)を回していかなければならない。
24年に続き、資生堂アメリカズの投資会社リフトベンチャーズからも出資を受けた。R&D、マーケティング、HR、成長戦略に至る資生堂が持つ幅広いリソースや人的資本にアクセスできることは、資金そのもの以上に大きな価値がある。今後こうしたパートナーシップも生かしながら、さらなる拡大に向けた事業基盤作りを進めていく。
東洋の知恵を発信する
包括的プラットフォームへ
――テクノロジーにも投資し、8月にはAIパーソナライズツール “NORIKO(ノリコ)”をローンチした。
オオクサ:中医学では舌は体内の状態を映す鏡だと考えられているが、小さい頃私が体調を崩すと母もよく「舌を見せて」と言った。そんな母の名前から名付けた“NORIKO”は、伝統的な中医学の舌診と最新のAIテクノロジーを組み合わせている。“スマートフォンで舌の写真を撮るだけで、舌の色や状態、水分バランスを分析し、一人ひとりに合った製品を提案してくれる。
アメリカではまだまだ東洋医学やハーブ療法についての教育やアクセス、体験できる環境は十分でない。その入り口の一つになればという思いで、“NORIKO”は誰でも無料で利用できるようにした。
――昨年開催した “ジャーニー・イースト(JOURNEY EAST)”では、まさに“体験”を提供した。
オオクサ:将来的には「アポセカリー」を、製品販売の域を超えた、東洋文化や知恵により本来の自分と繋がり直すきっかけとなるプラットフォームへと育てていきたい。“ジャーニー・イースト”はその取り組みの一つで、エディターや顧客を京都に招き、森林浴や坐禅、茶道など、日本の伝統文化やウエルネスを体験してもらった。今後も継続的に開催していく。
また年内には、“IKIGAI(生きがい)” をテーマにした長編ドキュメンタリーも公開する。今世界が日本の食や暮らし、美意識、ウェルビーイングへの考え方に注目しているのは、現代人が求める人生の目的や心身を整えるためのヒントがそこにあるからだと思う。漢方だけでなく、日本に受け継がれてきた素晴らしい叡智をアメリカ、そして世界に広げていきたいと考えている。
――日本市場での展開の可能性もある?
オオクサ:間違いなく私の計画の中にある。ただ、今はまだアメリカ市場に集中するフェーズ。今年から来年にかけて大手小売への展開が控えているし、実店舗の出店やペット製品の開発も計画中だ。一方で日本進出に向けた種蒔きはすでに始めている。最適なタイミングでぜひ日本にも「アポセカリー」を届けたい。