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「M-1グランプリ2025」が迎えた転換点 「漫才万歳」の先に見えたもの

「ゼロ年代お笑いクロニクル おもしろさの価値、その後。」や「2020年代お笑いプロローグ 優しい笑いと傷つけるものの正体」「漫才論争 不寛容な社会と思想なき言及」などの同人誌を発行する会社員兼評論作家の手条萌(てじょう・もえ)が「M-1グランプリ2025」をどう見たのか、寄稿してもらった。

「漫才万歳」という漫才への称賛とともに、「M-1グランプリ2025」はシーズンを迎えた。

今大会の和風コンセプトは、過去大会と異なる雰囲気を演出し、逆説的に新しい時代の到来を感じさせた。実際、2015年以降の開催は今大会で11回目となり、休止前の開催回数(2001〜10年の10回)を超えた。歴史上、「M-1」が連続して11回以上開催される初めてのゾーンへ突入したと思うと感慨深い。今大会は過去最高のエントリー数を記録し、決勝、準決勝に新顔も多く選出され、例年以上にフレッシュな盛り上がりを見せた。

新顔選出の増加の理由の一つには、強豪の不在が挙げられる。過去大会でスターとなったバッテリィズやさや香、敗者復活での勝ち上がりを見せたマユリカ、敗者復活戦で強烈なインパクトを残し続けたニッポンの社長など、名だたる強豪が今年は軒並みエントリーしなかった。すでにブレイクを果たしている場合、「M-1」への参加が必ずしもプラスになるわけではないからだ。しかしさらに注目すべきは、賞レースの多様化である。「キングオブコント」、「R-1グランプリ」、「THE W」、「THE SECOND」に加え、2025年からはコントと漫才の二刀流で競う「ダブルインパクト」も新設され、芸人がネタを審査される機会は格段に増えた。ここに関西の賞レースも加われば、1年中何かしらの大会が開催されている状況になる。その中のどこかで評価されたり、あるいはチャンピオンになったりすれば、分かりやすいブレイクを果たさずとも、「M-1」とは別の根拠で輝くことができる。

かつて「世は大漫才時代」というフレーズを掲げていた「M-1」であるが、現在の賞レース事情を見ていると、必ずしも漫才でなくても自身のお笑いの信条を表現できる下地が整ったように思える。しかしながら、いくら賞レースが多様化しているとはいえ、現代日本でもっとも権威があり、そして規模の大きい賞レースが「M-1」であることはまぎれもない事実だろう。だからこそ、新時代の到来を感じる今、「M-1」自身が漫才を称賛した。「漫才万歳」とは、「M-1」を主戦場とするコンビにとって祈りのように響いた。

今大会の特徴は、こうして新しい風を感じながらも、ディフェンス側も熱い注目を浴びていたことだろう。5年連続決勝進出の真空ジェシカや、3年連続のヤーレンズ、返り咲きのヨネダ2000など、常連の決勝進出により役者がそろった感があったし、PVにはORANGE RANGEの「ミチシルベ~a road home~」が選曲され、「大人であること」、すなわち「新顔ではないこと」を肯定するような演出も見受けられた。

そもそもどう考えても、真空ジェシカの5年連続ファイナリストは異次元の領域である。新「M-1」において、だいたい3回ファイナルに進出して優勝しない場合は、次の年からはもう選出されないという不文律があったが、真空ジェシカはその限りではない。まさに令和の笑い飯というべき連続選出も「大人側」として、新顔との分かりやすい対立構造を担わされたからだろう。

ここでややこしいのは「新顔ではあるが『大人』」という存在だ。40代の渡辺銀次率いるドンデコルテ、初の準決勝進出にして最年長の赤ちゃんを擁するネコニスズなど、かつての錦鯉のように単純なおじさんとは言い切れない、すなわち大人とも若者とも言えない絶妙な事情のある人々のことである。彼らにクローズアップし、ある意味で救済を与える懐の深い賞レースは、「M-1」のほかにはないだろう。

そして新顔と常連が入り乱れるのはプレイヤーだけではない。審査員もだ。今大会から、歴代チャンピオンであるフットボールアワー・後藤氏、ミルクボーイ駒場氏が新たに審査員に選出され、その審査傾向が期待された。また、ほぼ1週間前の12月13日に開催された「THE W」の新審査員であった霜降り明星・粗品氏と、審査傾向で現在進行形で衝突しているとされている笑い飯・哲夫氏の審査も大きく注目を集めており、かつてないほどに「審査員」という存在への熱視線が注がれていたタイミングであった。

敗者復活戦

今回から「EX THEATER ROPPONGI」での開催となり、過去の会場である屋外や三角広場と比較し、非常に環境が向上している印象を受けた。会場環境は安定しており、お笑いライブとして機能していた。その分かつてのお祭り感はなくなっているが、視聴者投票を廃止してからは正当性のある結果を優先すべきなので、お祭り感は不要、という敗者復活の意志を感じる。ある意味で「THE SECOND」的配慮や真面目さを彷彿とさせる。

今回の敗者復活戦で印象的だったのは、準決勝と同じネタをする組があまり多くなかったことである。かつては準決勝のネタを、敗退から2週間で叩きに叩いて、キレッキレの完成系にもっていくという戦術が採用されていた。もちろん国民投票時代は、捨てネタとまでは言わないが、突飛なことを行ってとにかく目立つという考えも広く浸透していた。さや香の「からあげ4」などが最たる例だろう。しかし現在のルールが制定されて以降、この敗者復活戦もメタに走ったり捨てネタをしたり、必要以上に露悪的な態度をとる組は少なくなったし、準決勝からネタを変えたりなど、慎重に動いているように思う。おそらく、現行ルールではブロックや出順の運がよく、かつネタをガチれば勝ち上がりも現実的であるからだろう。加えて、あまりここで逃げに走ると心象が良くないというか、ほとんどのお笑いファンが見ている敗者復活戦において斜に構えた態度をとったり、スキルの拙さを見せてしまうと、来年以降の内申点に大いに影響するからだ。もちろん内申点とは比喩にすぎない。しかし、配信やパブリックビューイングをされている準決勝も、テレビで生放送をされている敗者復活戦も、そのあとの本番も、全て同じ人たちが見ていて、そしてそれは来年以降も同様である、ということを忘れてはならない。だから極力、準決勝と敗者復活戦は違うネタをしたほうがいいし、ある程度は本気を出したほうがいい。敗者復活戦に漂う閉塞感は、内申点を稼ぐ場のように皆が振る舞うからとも言える。決して健全ではないが、そのぶん本格的におもしろいネタを見ることもできるし、勝ち上がるべき組を選定する精度は上がる。

ここでは、そんな熾烈な敗者復活戦の各ブロックで個人的に特に印象に残った組を振り返る。

Aブロック

Tver
https://tver.jp/episodes/epkkggognd

・イチゴ(Aブロック)
すでに普段のライブや予選から物議を醸していたが、ここに来てさらなるパワーを見せつけてきた。おそらく準決勝で敗退したのは「ゴールデンタイムの全国ネットで放映できない」と判断されたからだろう。際どいというかほとんどアウトな人格を憑依させ、取り返しのつかない破滅を疾走感たっぷりに演じる。往々にしてこういったネタは、ランジャタイやトムブラウンなどのように、おじさんであることが条件だと思い込んでいた国民の脳を完全破壊した。非常に若いのにあの領域に到達していることは、本格的な異常事態である。しかし木原氏のメンタルの強いツッコミで、悲壮感や痛々しさがなく、若さもあいまって爽やかにさえ見える。ぜひとも本選に送り込んで、提示してみたくなるコンビだ。

・ネコニスズ(Aブロック)
お笑いファン待望の赤ちゃんの登場。それぞれ前のコンビの印象が強いが、もう結成13年であることに驚かされた。舘野氏が「赤ちゃん」である説明を放棄せず丁寧に行うゆえに若干スロースターターなのと、ローなテンションがベースとなるネタではあるので、思ったより笑いが伸びないのがネック。しかし感情の機微などを上手く描いていて、赤ちゃんありきだったはずなのに、それはただの一つの要素である、と思えるほどにはネタがしっかりしている。来年以降の「赤ちゃん」の行方が気になるところである。

Bブロック

Tver
https://tver.jp/episodes/eppsdk4qhc

・ドーナツ・ピーナツ(Bブロック)
正直なところ準決勝の際には、劇場ではウケているのだろうが、賞レースとしてはかなり弱いネタの印象があったが洗練されていた。かなり調子がよかったように思える。雰囲気もネタの構成も北九州版のエバースという感じで、かつ、エバースより熱さが出せそうな余地もあるので、これからも非常に楽しみである。

・例えば炎(Bブロック)
こちらも準決勝よりも大幅に飛躍していたように見えた。THE W 2025にて粗品氏が、ヤメピと例えば炎のツッコミの類似性を指摘していたが、割と昨今では流行りの形式であるように思える。バランスを誤ると、とたんに露悪度が増して見えるのだが、今回の例えば炎は非常に絶妙なバランス感覚であった。かなり難しいことをやっていて、ぐんぐん伸びるスキルを感じさせられた。彼らもまた本選で見たいコンビである。

・カナメストーン(Bブロック)
準決勝を突破できなかったのが不思議なくらいの勢い。彼らを掬い上げることが、この敗者復活戦を開催した意味だろう。ネタ自体は割と怖さと気持ち悪さが特徴で、トムブラウン的な恐ろしさがある。零士氏の声の高さは、その恐ろしさを矮小化してくれる重要な武器だ。
ラストイヤーとは思えないほど、彼らの純粋でまっすぐな姿勢に心が洗われる。なんとかして頑張ってほしい。この感情に、どう名前をつけていいか分からない。感極まってしまった。

Cブロック

Tver
https://tver.jp/episodes/ep8yfe3fdy

・黒帯(Cブロック)
ラストイヤーで意地を見せられた。元松竹芸能なだけあって、競技漫才すぎないおもしろさがあり、他との差別化は十分だった。準決勝時と比較して、ブラックすぎないがスリリングではある、ちょうどいい塩梅のネタ選びで、技術の高さを感じさせられた。ブラックを全面に押し出したネタだったとしても、世が世ならニューヨーク的なポジションでファイナリストになれたことだろうし、上がっても不自然でなかった年は何回かあったと記憶している。しかしながら「THE SECOND」で非常に映えそうなので、今後の展開が楽しみである(実際に、金属バット・友保さんが手ぐすね引いて、「THE SECOND」で待っているらしい)。平場ではミキのご祝儀ネタもぶっこみ、爽やかに「M-1」に別れを告げ非常に好印象だった。

・ミキ(Cブロック)
寄席などで何度も拝見し、個人的に大好きになっているネタ。この大事な局面でこのネタを選ぶセンスが素晴らしい。準決勝では今一つもったいないネタ選びだったが、このネタならば文句なしだろう。そういうネタがあることも、それをここ一番で選べるということも幸せなことだ。PVでの昴生氏が口にした「『M-1』のために漫才するんじゃなくて、漫才のために『M-1』してほしい。それを切に願う」という言葉が支持を得ているが、これはまさしく過去のファイナリスト、すなわち「大人」であるミキのイズムだ。このイズムを明言しているミキが、準決勝時の審査のロジックでは落ちるというならば、この敗者復活で拾い上げて送り込むことは、審査ロジックへの疑問の提示となるだろう。それを提示することもまた、敗者復活を開催している意味である。おそらくカナメストーンを選出することが正しくはあるのだろうが、ミキを上げるとしたなら、その意味は深いものになったことだろう。

決勝戦 ファーストラウンド

決勝戦 ファーストラウンド前半戦 1~5組目

https://tver.jp/episodes/ephbofo40u

・ヤーレンズ
もはや縁起物となったトップバッターだが、今回は「必要以上に置きにいった点数」をつけられるという、トップバッターの悲哀を一気に請け負うことになってしまった。ファイナリスト経験のある組が、再度決勝進出する場合、予選選考において審査されるのは「過去に決勝進出した漫才とは別の手法に取り組んでいるかどうか」という面である。つまり、同じような漫才を何年続けても評価はされないのだが、ヤーレンズはしゃべくり漫才へ転向することでこの評価基準を攻略し華麗に決勝進出を決めたのだった。点数こそ後半のインフレに負けた感はあるが、この努力は審査員からはかなりの評価を得た。

・めぞん
吉野氏が人気チャンネル「板橋ハウス」でYouTuber、TikTokerとしてすでに知名度がある状態だが、「M-1」では3回戦が過去のベストであり、今回の決勝進出は驚異的なジャンプアップとなった。鑑賞側の感情を揺さぶる仕掛けを上手く展開していたが、もう少し遊びがほしかった。

・カナメストーン
さっそくのお出ましである。応援されるというのも才能であるというのは、カナメストーンを見ていると腑に落ちる。準決勝時のネタである「ダーツの旅」を選定した。なかなかのグロさではあるが、完全に突き抜けてはいるのでファンタジーとして強く機能している。トムブラウンやインポッシブルなどのように、ポップであるがグロいネタというのは、もはや今となっては一つのジャンルである。しかし毎年のことながら、敗者復活戦はファイナリストが作り上げている空気や、選出にあたっての一貫性から逸脱したところにいるので、端的に言うと浮きやすい。そしてなかなかハマらないまま去ることになるのだが、暫定ボックスに座ることができたということ、そしてカナメストーンにとって「決勝に進出した」という事実そのものが、これから先の彼らを強く明るく照らしていくことだろう。

・エバース
今年一年は優勝候補として扱われ、プレッシャーを感じる場面も多かっただろう。その構成力やキャラクターは芸人たちからの支持も高く、多くの人の期待を背負っていた。そういった背景もあり、パフォーマンスはベストではなかったかもしれないが、ここにきて点数が爆発した。評判通りのネタは審査員全員が90点後半という高得点を獲得し、この時点ファーストラウンド突破は内定したようなものだった。

・真空ジェシカ
準決勝では爆発箇所が多く、まとまりはないにしてもパッションで通過していた印象のある真空ジェシカ。5年連続ファイナリストは伊達ではなく、大きな壁として新顔に立ちはだかる役割が期待されていただろう。しかしながらネタの調整の問題なのかコンディションなのか、想像通りのパフォーマンスに至っていなかった印象だった。

決勝戦 ファーストラウンド後半戦 6~10組目

https://tver.jp/episodes/epsnlw6j22

・ヨネダ2000
「M-1」が出すサインとして「出戻り選出は相当期待されている」というものがある。過去のさや香やウエストランドなど、つまり過去の課題を解決できていると評価された組は、かなり優勝に近いところにいる、という不文律だ。その面で、ヨネダ2000は「M-1」サイドからかなり期待されていたことが分かる。しかし現行の審査員の割と正当性を求める視点からは逸脱しており、かまいたち・山内氏のようにそこに筋を見出す見方をしなければ、点数が付きにくい。個人的に私が世代交代を感じたのがこの場面だった。少し前くらいまでの「M-1」では好かれており、かつ「新しい笑い」と評されたノンバーバル系のネタがそこまで刺さらなくなっているということに、漫才というものは、常に進化し続け、その時代感覚に沿い続けなければならないのだと実感した。

・たくろう
過去の予選や他賞レースでも存在感を残しており、予選時のパブリックビューイングでも相当ウケていたので期待されていた組だろう。とはいえ、賞レースでは評価されない羅列ではあるということと、シチュエーションの全体が理解しにくいかという面で少々懸念があった。ところが蓋を開けてみるとそんなことは杞憂であり、信じられないほどに大爆発していた。それはまさしく夢のような光景だった。誰がこんな展開を予想できただろうか。容赦なく追い込まれたゆえに絞りだされるフレーズと、それが限りなく平場に見えるパフォーマンスは、確かに構成はシンプルだが分かりやすさとセンスのどちらも表現できており、今まさに求められていた笑いと合致した。こういった瞬間があるからこそ「M-1」の醍醐味だ。この瞬間のために漫才師たちは「M-1」への挑戦を続け、我々鑑賞者は鑑賞し続ける。

・ドンデコルテ
強いネタが2本あるという予選からの噂もあり、密かに評価が高かったドンデコルテ。狙ったところで笑わせるスキルと、期待通りに笑いたい観客がぴったりと合った結果、想像以上の飛躍を見せた。新顔ではあるがおじさん、しかも単純な従来型のおじさんとは言いづらい非常にややこしくこじらせたおじさんで、社会的弱者の側面にクローズアップするネタによって悲哀を言語化してしまい、余計におもしろさを増していた。彼らはある意味では「M-1グランプリ」が求める多様性の象徴であり、今大会の世代交代への批評的な存在だった。まぎれもなく主役だっただろう。

・豪快キャプテン
たくろうと同じく大阪のよしもと漫才劇場所属であり、関西では強い支持を得ている豪快キャプテン。山下ギャンブルゴリラ、通称ギャンゴリの熱気溢れる謎の論理展開と、飄々とした広島弁でギャンゴリを転がすべーやんによる漫才は非常に中毒性が高い。彼らの特徴は、彼らのネタを見れば見るほどおもしろさを感じやすいというものなので、初出場では期待よりも小粒な印象となってしまった。しかしこれは逆に希望でもある。今後の飛躍に期待している。

・ママタルト
昨年最下位という雪辱を果たすべく、満を持して登場したママタルト。よく考えると確かに、ポップでベタで明るいコント系の漫才をするコンビ、というのも今の「M-1」では貴重な存在なのかもしれない。どんどん表現や構成が戦略的、そして競技的になっていく昨今の漫才の中で、柔らかくてポップな漫才は人々に安心感をもたらしていた。

決勝戦 最終決戦

TVer
https://tver.jp/episodes/epnaqzhzql

・ドンデコルテ
ドンデコルテの2本目はファイナルラウンドにふさわしい華やかなネタだった。ものすごい速度で「M-1」の歴史を体感する出来事なのだが、おそらくこの手の「1本目の印象が観客に強く残っているうちに、多少論理が破綻していようが、大声で自分の主張や偏見を披露して拍手を誘発させるようなネタ」というのはファイナルステージでこそ映え、そして優勝ネタにふさわしいものである。しかしながら、その戦略やロジックももはや過去のものなのかもしれない。つまり今大会のいう「新時代の到来」というのは、従来の戦略は 全て無効になるということなのだろう。おそらく、2015年から24年まで開催された、俗にいう「新M-1」は終わったのだ。本来なら一区切りつけるべきところだが、興行的にも社会的にも休止は許されない。11回連続開催という状況において、これまでの常識や不文律が通用しなくなるのは、むしろ自然なことだろう。11回目の冬には、不思議なことが起こったのだった。

・エバース
エバースは2本目のネタとしては少々地味だった印象は否めない。1本目の構成と似ていることや、あまりに高い期待に押し負けてしまったように見えるが、これこそが優勝候補の悲哀であり、これこそがM-1であると強く感じた。だからこそ立ち向かう人々は尊く、応援は悲痛になっていく。そしてそれでいいのだと思う。信じるネタができたのであれば、周りがなんと言おうと気にすることもない。誰がなんと言おうがエバースのスキルは高く、そして未来は明るい。

・たくろう
ところでなぜ、我々はビバリーヒルズのノリが共通認識になっているのだろう。それはディラン&キャサリンのおかげだ。友近氏となだぎ武によるビバリーヒルズのキャラクターコントであるディラン&キャサリンであるが、特にディラン役に扮したなだぎ武は2007年に「R-1ぐらんぷり」で優勝まで果たしており、賞レースの歴史にその名を刻んでいる。長年のお笑いウォッチャー的には、過去のネタの鑑賞経験が活きてくるという壮大な体験ができたのも心地よかった。過去のレジェンドネタ、しかも別の賞レースを参照することが理解の補助線となることもある。もちろんたくろうのネタは補助線頼りではなく、シチュエーションや時間に追いつめられる緊張感の中で最適解を出そうとするズレた努力のおもしろさがあり、加えて、あまり馴染みのないアメリカンなシチュエーションの中で日本社会の慣例を持ち出すアンバランスさが爆笑を生んだ。1本目のネタで弱かったところが補強されており、かつお得な印象も抱かせる豪華さを与えていた。しかしもっとも重要なことは爆笑を生んだことだ。構成がどうだとかこれまでのロジックだとどうだとか、そういった評価軸を放棄して、誰もがただただ笑っていた。審査員までも。あの異空間に飛ばされたような爆笑の発生もまた、「M-1」の醍醐味であり、真剣に漫才に向き合ったプレーヤーと我々鑑賞者にも与えられたご褒美のような幸福な瞬間である。

毎年熾烈さを極め、どんどん笑えなくなっていく「M-1」の鑑賞を諦めようかと思った時もあった。しかしあの瞬間にまた出会えるのであれば、これからもこの異常な大会を見つめていたい。

おわりに

和風と一口に言ってもさまざまだ。京風も戦国風も江戸風も、津軽三味線も全部和風である。そういった意味で、特に何の和風なのかを言及せず、ざっくりとした和風がテーマにしていた今大会だが、その陰には映画「国宝」の影響もあったことだろう。決戦直後の生配信も「国宝級漫才師たちの大反省会」と銘打ち、ところどころに流行りに乗るある意味ミーハーな姿勢と、一方で漫才の権威付けを目論む意図も見え隠れする。余談ではあるが、2025年末放送予定の「オールザッツ漫才2025」も国宝オマージュのキービジュアルが公開されている。


さて、漫才は国宝になりうるのだろうか。2022年の東京博物館開館150周年記念事業「150年後の国宝展」で、吉本興業は「漫才」をテーマに出展したことがある。

https://magazine.fany.lol/81005/

漫才の歴史や文化を「ミライの宝物」として展示したのだが、これはつまり属人的な「人間国宝」的な意味ではなく、漫才そのものを国宝としたいという意図を感じる。これこそがまさに、弟子入りではなくNSCをメインストリームとした吉本ならではの思想であり、そして今大会の「漫才万歳」という、漫才そのものを讃えることにつながっている。もちろんニンと呼ばれる属人的な要素もパフォーマンスにおいては必要だが、もっとも重要なのは人々が繋いできた歴史そのものとしての漫才だ。どれだけすばらしい漫才も、それだけでは存在できない。劇場があり、観客がいて、そして初めて輝く。そして「M-1」は、これからも漫才が輝くための、漫才を讃えるための大会として存在しつづける。

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