PROFILE: 鈴木紀行/ティートンブロス社長

日本発のアウトドアブランド「ティートンブロス(TETON BROS.)」が2025年秋冬、リブランディングを打ち出した。08年の創業から17年、冬山でも夏山でも“マウンテンライオン”のブランドロゴを見掛けることが増え、山好きの間では年々知名度を高めてきたが、そのロゴも刷新。定着してきたロゴを変えるというのは、なかなか勇気のいる決断だ。なぜリブランディングするのか、なぜ今なのかを、鈴木紀行ティートンブロス社長に聞いた。
WWD:リブランディングを決めた背景は。
鈴木紀行ティートンブロス社長(以下、鈴木):17年間ブランドを運営してきて、人に支えられてブランドが成長してきたことを実感しています。フィールドテストに参加してくれている山のガイドやパトロールなどの仲間たち、素材メーカー、縫製工場、卸先、お客さまなど、本当に多くの人に支えられている。でも、「『ティートンブロス』はどんなブランド?」と聞かれた時に、「ファウンダーである僕がスキーエリアである米国のジャクソンホールに行って……」といった、旧ロゴの“マウンテンライオン”に紐づく創業のストーリーを説明すると、それはもうブランドではなく僕個人の説明になってしまう。個人ではなくブランドとして独り立ちするために、リブランディングを決めました。コンセプトを変えるわけではなく、僕らは今までやってきたことを今後も続けていく。ブランドとして変わらないために、次のフェーズに行こうとロゴも変えました。
WWD:“ループロゴ”と呼ぶ、新ロゴにはどのような意図を込めたのか。
鈴木:“ループロゴ”にはさまざまな意味を込めています。素材開発に力を入れているブランドとして、経糸と横糸を織っていく様子や、継続的にフィールドテストを繰り返し、改善を続けるというわれわれの終わりのないモノ作りの姿勢、自然界の循環、雪面に描く(スキーやスノーボードの)シュプールや波の上の(サーフィンの)ラインといったものです。旧ロゴの“マウンテンライオン”は線の1つ1つに目標や意味を込めていました。それを全てつなげたものが“ループロゴ”です。形は見えなくなりますが、“ループロゴ”の中に“マウンテンライオン”に込めた思いも全て入っています。
WWD:現在グローバルで急成長中の、新興スポーツブランドに携わってきたデザイナーがディレクションに関わっていると聞いた。
鈴木:セバスチャン・マルスカ(Sebastian Maluska)のことですね。フリースタイルスキーの元ドイツ代表で、現在はスイスに住んでいます。友人の紹介で知り合って、スキーやサーフィンを一緒に楽しみながらいいモノを作っていこうと契約しました。彼から、ブランドの良さをもっと幅広く伝えていくためにリブランディングしないかという提案を受けて、2年かけて今に至っています。彼はバックパックの“アマウティ(AMAUTI)”をはじめ製品デザインにも携わっていますし、マーケティング関連のクリエイティブにも関わっている。客観的に見て、今ブランドに足りないものをアドバイスしてくれています。
彼と契約するときに、「年間2カ月は日本に来て、僕と一緒に活動する」といった内容を盛り込みました。前回来日した時は僕がよく行くサーフスポットに連れて行きましたが、波乗りしすぎて風邪をひいてしまって、仕事にならなかった(笑)。でも、こういうブランドを手掛ける以上は、それぐらい自分も(アクティビティーを)やっていないとね。
WWD:彼のほかにも世界中にアウトドアアクティビティーを愛するブランドの仲間がいて、一緒に仕事をしている。
鈴木:今朝もそうでしたが、海外のデザイン事務所とオンラインでミーティングをしていたら、30分も経たないうちに「リブランディングにあたって、こういうことをすると絶対いいよね」というアイデアが形になっていきました。もちろんお互いにビジネスとしてやり取りしていますが、言外の端々に「(こういうスペシャルな仕事をするんだから)日本に行ったら、必ずいいところ(バックカントリーフィールドなど)に連れて行ってね」というのがにじんでいる。みんな自分が好きなことや人生で大切なことを分かっていて、選んでその仕事に就いている。(自分と同じ価値観を共有でき)実にいい奴らだなって思いますよ(笑)。
「素材開発がわれわれの強み」
WWD:今秋は、カルチャー的側面も強い米国のアウトドアマガジン「アドベンチャージャーナル」にも広告を出した。リブランディングをきっかけに、海外販売を強化していくのか。
鈴木:ブーストをかけて一気に海外で売り上げを伸ばすということはなく、既に取り引きのあるディストリビューターの取り扱い量を少しずつ増やしたり、販売する国が少しずつ増えていったりするようなイメージです。現在、米国、ニュージーランド、韓国、香港、台湾、中国本土にディストリビューターがいて、他にいくつか交渉している国があります。アルゼンチンにもわれわれに興味があるという会社があって、9月に僕自身がアルゼンチンに行ってきました。正直に言って、ビジネスとして戦略的に拡大してきた国や地域はありません。それよりもまず、自分が行きたい山やフィールドを見つけてくる。台湾はサーフィンをしたいからディストリビューターを見つけたし、今回のアルゼンチンも現地を熟知しているスキーヤーをガイドにして山を滑ってきました。僕らみたいなブランドは、うちの製品やアクティビティーを本当に好きな人と、グラスルーツでつながって広げていくのが一番いい。
WWD:自分のやりたいことがそのまま仕事になっている鈴木社長の生き方に、憧れる人は多そうだ。
鈴木:周りから見たら遊んでいるだけのように見えるかもしれませんが、作りたい製品があって、それを作り続けていくためにはどうすればいいか、どうしたらブランドとして皆に振り向いてもらえるかを考えてきました。自分たちが納得しない製品は作りたくない。ブランドとして規模が小さかった頃は使いたい素材もなかなか使えませんでしたが、今はほしい生地や糸を素材メーカーと組んで、オリジナルで開発できるようになりました。
素材を独自で開発していることは、われわれの本当に大きな強みです。素材メーカーは、研究室での(この素材が何にどれだけ耐性があるかといった)数字は持っていますが、実際にシビアな自然環境下で着用したらどうなるかといったデータは喉から手が出るほど欲している。そういったフィールドテストはわれわれが担保できます。当社はニュージーランドにもディストリビューターがいるので、日本が夏の間に冬物のテストをしてもらうことも可能です。
WWD:欧州には創業100年を超える山岳ブランドがいくつもある。そういった存在を目指すのか。
鈴木:100年経つころには僕はいませんが、ブランドがしっかり確立されていて、独り立ちしていれば、あとは携わる人間がどう運営していくかです。そのためにも、いま土台を固める。素材から縫製までしっかりサプライチェーンを築いていたら、継続できるはずです。開発ドリブンのあり方は変えずに、組織をあまり大きくしないで製品が世の中に広がっていくような形がブランドの理想。自分たちが作りたいモノ、欲しいモノを作るという姿勢は昔と変わりませんが、スタッフやサポートするアスリートなどが増える中で、自分たちの欲しいモノが広がっている。それが「ティートンブロス」のフィルターを通して作れるのであれば作ります。
あまり知られていませんが、通常の製品とは脈絡がないけれど、自分たちの「どうしても欲しい」を形にした“セルフィッシュ”というカテゴリーがあるんです。例えば(鋼鉄よりも強いと言われる)「ケブラー」繊維でオーバーオールを作りました。これは僕が薪割りをするときに欲しかった。来春は山菜採りから製品名をつけたトレッキングパンツ“山菜パンツ”を出します。卸先からは何百とオーダーがつきました。アイデアを出してもボツになることもありますが、サンプルができてしまえば僕にとってはしめたもの(笑)。こういった遊びが、ブランドとしての色気につながると思っています。
「4〜5年かけて
開発姿勢を知ってもらう」
WWD:現在の国内の卸先は何社にまで広がっているのか。
鈴木:ドア数で、春夏と秋冬合わせて140店弱でしょうか。ここ数年は国内売り上げははぼ変わらず、海外がプラスオンする形です。秋冬のスキーやスノーボードウエアがブランドの原点ですが、(トレッキングやトレイルランニングなどの春夏ニーズも伸びて)秋冬と春夏の売り上げもほぼ同じくらいに育ってきました。元々、必要以上にブランドを大きくしたいと思っていたわけではありません。工場に無理な値下げを要求せず、常にフェアな取引をして、経済ロットを成り立たせることを目標としてきました。ガレージブランドの規模のままでは使いたい素材も使えないし、クオリティーの高い縫製工場とも組めない。ある程度の規模にならなければ、目指すような製品は作れません。そういう点で、今ぐらいのサイズ感がブランドとしてちょうどいいと思っています。
WWD:リブランディングを機に目指す次のフェーズとは、どんなあり方なのか。
鈴木:僕らとしては、ブランドとして十分に皆さんに知っていただけているという気持ちでいました。でも、実際はまだまだ「どこで売っているの?」「どんなブランドなの?」と聞かれるような段階。素材から独自開発することをブランドとして重視していますが、それも伝わりきっていません。例えばウールのハイブリッド素材の「アクシオ」は、今は多くのアウトドアブランドが使うようになっています。しかし、「ティートンブロス」はニッケテキスタイルと尾州のウールの職人たちと共同で糸から開発して、独自で生地を編み立てているので、他社のものとは全く違うんです。そういう違いは世の中にはほぼ浸透していません。
(多くの人にとって便利であることを目指した)最大公約数のような素材はたくさんありますが、僕たちは製品ごとに目指している機能性のレベルやゴールがあって、それを実現するために素材から独自で作っている。世の中にもうちょっと深く、うちの製品やこうした開発姿勢を知っていただくことを、ここから4〜5年かけてやっていきます。海外に対しては、日本のクラフツマンシップやモノ作りの緻密さを伝えていきたい。海外のアウトドアブランドも日本の素材を数多く使っていますが、それはあまり知られていませんよね。こんなふうに地道に積み重ねていくことが、ブランドを成長させる一番いい方法だと思っています。
WWD:「製品ごとに目指す機能性のゴールがある」ということだが、例えばブランドの第1号アイテムで看板製品である“TBジャケット”であっても、今も目指しているゴールに届いていないということか。
鈴木:たとえ10年改善し続けても、100点ということはないでしょうね。マイナーチェンジを重ねつつ、毎年、現段階での100点を目指して17年間作ってきました。近年はPFAS(有機フッ素化合物)フリーが進む中で、国ごとにPFASに対するレギュレーションも異なっており、激動と言える状況にあります。素材のスペックが変われば、付随してデザインも変える必要が出てくる。PFASフリーの流れではっ水加工だけ従来と変えようとしても、生地自体から見直さなければならない。PFASは環境残留性が高く悪だというイメージがありますが、本当にシビアな環境下でウエアを着用する山のプロたちにとっては、PFASの不使用が命取りにもなりかねない。PFASフリーのメンブレンで、PFAS並みの機能性のものを開発することを今進めています。1、2年先に各国のレギュレーションがどうなるかは常に追いながら、その時使用できる最高の素材を使うようにしています。
全国6箇所でトランクショーも開催
WWD:コロナ禍以降、アウトドアウエアを日常でも着用する流れが加速している。ライフスタイル領域を拡大する考えはあるか。
鈴木:山や自然の中で使用して、本当にいい素材、いい製品は、街で使ってもやはり快適です。そういう考え方はありですが、街で着られるものを作って、それを山に持っていくようなことはまずやらないですね。まずF1カーを作ってから、一般の乗用車に落としていくのと一緒です。ブランドが100年続くためには、ロイヤルカスタマーも非常に大切。ブランドを好きでいてくれて、サポートしながらモノを買っていただけるお客さまをどれだけ増やせるか。街で着るカジュアルアイテムとして製品を買う流動層が客のほとんどだと、売り上げは一時的に伸びたとしても下がってしまう。そこはあまりターゲットとしては考えていません。
WWD:リブランディングに合わせて、いくつかの卸先ではトランクショーも予定している。
鈴木:10月から11月にかけて、長野の「ハイク」、愛知の「ムース」、兵庫の「スカイハイ マウンテン ワークス」、新潟の「ウエスト 長岡店」、北海道の「秀岳荘 北大店」で予定しています。東京はアトリエそばのワインバーで行います。われわれがホームマウンテンとしている福島・檜枝岐村や北海道で昨冬に撮ったブランドムービーや、ゲストを招いてのトークイベントなどを開催する予定です。