
1993年から上海在住のライターでメイクアップアーティストでもあるヒキタミワさんの連載「水玉上海」は、ファッションやビューティの最新トレンドや人気のグルメ&ライフスタイル情報をベテランの業界人目線でお届けします。今回は上海で開催されたヘアショーの「「NOISE喧閙」。「ヴィダル サスーン」のグローバル・クリエイティブ・ディレクターが率いて、欧米や中国のトップアーティストが自由かつ強烈な個性を放つことで知られています。同イベントを現役のメイクアップアーティストであるヒキタさんがリポートします。
内容は事前に一切明かされず
日時や場所はSNSのみで公開
7月16日、ロンドン発のアンダーグラウンド・ヘアショー「NOISE喧閙(けんとう)」が、4度目の上海開催を果たした。2012年に「ヴィダル サスーン(VIDAL SASSOON)」のグローバル・クリエイティブ・ディレクター兼ヘアデザイナー、リチャード・アッシュフォースによって始まったこのイベントは、従来のショーとは異なる独自性で支持を集めている。
本イベントは、ヘンケル社のプロフェッショナル向け教育機関「Provi(璞観)」が主催し、世界各地の精鋭スタイリストが集結。6チームがそれぞれ15分間の持ち時間で即興の作品を作り上げ、業界関係者やメディアの前で高度な技術と発想力を披露する。内容は事前に一切明かされず、何が始まるのかは出演者以外誰も知らない構成。観客は終始、緊張と期待の入り混じった空気の中でステージに釘付けになる。

イベントは演出の一部としてバンド「冷色系列」の生演奏からスタートし、ショーは熱気の中で一気に加速していった。「NOISE」は、SNSでの告知のみ、開催場所はこれまでもクラブや倉庫といった非日常的な空間だった。従来のヘアショーとは一線を画す自由度と、国や文化を超えた多様な表現によって、柔軟な感性を持つ次世代スタイリストたちから高く評価されている。
今回参加したスタイリストは「NOISE」の創設者であるリチャード・アッシュフォースを筆頭に、ビジュアルインパクトで注目を集めるピーター・グレイ(かつてヴィダルサスーンで私も一緒にお仕事をさせていただいたことがある)、撮影分野で著名な中国の李达(Edo)、英国Trevor Sorbieのジュゼッペ・ステリターノ、リアルで骨格を活かしたカットを得意とする新宇(XINYU)、髪型をファッションやアート、音楽とともに進化する表現と捉え、美の変革を目指す2022年に上海で設立されたハイエンド美容教育機関「璞觀(Provi)」が名を連ねた。
各チームが作り上げた作品はどれも奇抜で強烈、誰もの想像の上を行き、そのクリエイティビティに観客たちは、その瞬間を逃すものかと撮影や録画に余念がない。6チームによる全演目が終了し、ショー終盤には、全出演者とモデルがステージ上に集結。ヘアとファッションの両面で強烈なビジュアルを披露した。最後はイベントの総責任者であり、ヘンケル コンシューマーブランド プロフェッショナル部門 教育ディレクターの劉偉栄(Robbie Liu)氏が来年の再開催を宣言し、今年の「NOISE 喧閙」は幕を閉じた。
ちなみに入場料は880元(約17,600円)、イベント来場者は250人に上った。翌日には「パフォーマンスの際のインスピレーション」をテーマにした公開デモレッスンも開催され、2日連続の参加費は1,180元(約23,600円)、2日通しで参加する者も少なくなかった。ロンドンから来た最前線のスタイリストに直接触れられる機会は、現地にとって貴重そのものであり、多くの参加者が技術と感性を吸収したようだ。ちなみに、「NOISE」は2012年の初開催時には入場料が5ポンド(約750円)だったという。13年を経て、その成熟度を如実に物語っている。
現地で唯一の日本人参加者であり、Brainstorm代表のヘアメイクアーティスト宮崎龍(RYU MIYAZAKI)氏は、「NOISEは誰かに評価されるためでなく、自分の本当にやりたい表現や技術を発信する場」だと語る。企業ロゴも排除され、スポンサーに左右されない純粋な表現が貫かれている。宮崎氏は、中国における現在の自由で混沌とした空気を「かつての日本のギラギラした時代」に重ね、ヨーロッパやアメリカ、日本を取り込みながら進化する“究極のMixカルチャー”と捉える。一方、日本では実用性が重視される傾向が強いが、「アート的なヘアやメイクに触れることで、ナチュラルビューティーや日常の仕事の質も高まる」と指摘。インプットとアウトプットのバランスを保ち、これがいざという時に対応できる自分でいられる鍵だと語った。
自由な発想と即興性に満ちた構成は、実際には周到に計算された部分も多い。それでもなお、行き当たりばったりに見える進行が、開放的でダイナミックな上海の都市性に自然と溶け込んでいるように感じた。