PROFILE: (左)大江身奈/アピアランスケアサポート研究会顧問兼インターナショナルネイルアソシエーション理事長兼ネイル事業振興連盟理事長 (右)小笠原弥生/アピアランスケアサポート研究会代表兼日本ネイリスト協会理事

抗がん剤治療による副作用として、脱毛や肌荒れに加え、実は多くの患者を悩ませている爪の変化。その実態とケア方法に焦点を当てた初の書籍「がん治療における爪のアピアランスケア」がこのほど刊行された。著者は、長年ネイルの現場で経験を積んできた小笠原弥生氏と大江身奈氏。美容の立場からアピアランスケア(外見の変化に対するケア)に挑戦する二人に話を聞いた。
WWD:「がん治療における爪のアピアランスケア」を出版した経緯は?小笠原弥生アピアランスケアサポート研究会代表兼日本ネイリスト協会理事(以下、小笠原):今や「2人に1人ががんになる」と言われる時代です。治療の進化によって、日常生活を送りながら治療を受ける人が増える中で、外見への変化は大きな精神的ストレスになります。髪の毛の脱毛や肌の変化だけでなく、爪にも深刻な症状が出る場合があります。ですが、ネイル=おしゃれというイメージが強い日本では、“爪のアピアランスケア”という概念はほとんど浸透していません。一般的にアピアランスケアという言葉は医療従事者が外見の変化に対して使う言葉で、私たちは美容従事者であるため“ネイルケア”ではなく、あえて“爪”という言葉を前に出し、体の一部としての爪に寄り添うケアの重要性を伝えたいと思いました。
大江身奈アピアランスケアサポート研究会顧問兼インターナショナルネイルアソシエーション理事長兼ネイル事業振興連盟理事長(以下、大江):私は2009年に友人をがんで亡くしたことをきっかけに、ボランティアとして患者の爪ケアを始めました。当時は情報も書籍もなく、看護師や医師に話を聞きながら手探りで進めてきたんです。患者にとっては見た目だけでなく、生活の質(QOL)にも関わる問題。たとえば、爪が変形するとペットボトルも開けられない。そんな「生活のしにくさ」を少しでも和らげたいという思いが出発点です。
爪の異常の意味を知る
WWD:出版までのプロセスについて教えて欲しい。
小笠原:私も9年前に母をがんで亡くしました。がんと診断される前に、爪にグリーンネイル(緑膿菌などの細菌が繁殖し爪が緑色に変色する症状)が出ていたんです。ネイリストとして多く人の爪を見てきたのに、当時の私は体調不良(がん)の理由が分かりませんでした。家族が医者家系のため医師の父に聞いたのですが因果関係は不明とのこと。けど今なら爪の異常の意味を理解できるかもしれません。こうした自身の体験もあり、爪のアピアランスケアについての書籍を出版したかったんです。河出書房新社の編集担当に抗がん剤によるグリーンネイルや爪剥離、縦割れなど爪の変化の写真をに見せた際、「爪がこんなに変わるなんて…」と驚かれました。それが出版の決め手になりました。抗がん剤などによる爪の変化は髪や肌に比べて認知度が低い。でも、爪はゆっくりと症状が現れるので、治療の終盤やその後に不調を訴える方が多いんです。
大江:患者は、自らがんであることを口にする人は少ないです。なので、病院で定期的に行っている相談会でも最初は「手の爪が気になる」と来る人も、話を重ねていく中で「実は足の爪が変形していて……」と本音を明かされることが多いんですよ。相談会は1回2時間で、対応できる人数は8〜12人と限られます。だからこそ、ネイルサロン側が話しやすい空気を作ること、寄り添う姿勢がとても大切だと思っています。
知識の空白を埋める
WWD:本の内容は、患者本人だけでなく、ネイリストや美容従事者にとっても有益だと感じる。
小笠原:はい。この本は、ネイルサロンに来られない人や、ネイルができない状態の人にも、セルフケアの方法や、避けるべき施術を明確に伝える内容になっています。たとえば、治療で弱った爪に「ジェルで補強しましょう」と言ってしまうと、かえって悪化させる可能性もあります。美容と医療の間にある“知識の空白”を埋めるのが、この本の大きな役割です。
大江:私たちのもとには「今まで知らなかった」「本当は不安だった」と打ち明けるネイリストも多くいます。がんの副作用として現れる爪の変化を正しく知り、無理のない範囲で提案できるようになってほしい。そのために、道具の持ち方からケア方法まで、スクールのように丁寧に書きました。
WWD:今、ネイルサロン側がアピアランスケアを提供できる体制は整っているのか?
小笠原:正直、現状では提案できているレベルのサロンはごく一部です。ネイル=装飾、というイメージが先行している中で、こうしたケアの必要性が理解されていないのが実情です。ネイルサロンの数は全国に2〜4万件あるとも言われますが、医療的な視点での爪ケアを学んでいるところはごく少数です。
大江:だからこそ、書籍を通してネイル=おしゃれ、だけではなく、「ネイル=生活支援」や「心のケア」につながるものだと知ってもらいたい。今後は、高齢化も進む中で、ネイリストが担う役割も広がっていくはずです。
WWD:「がん治療における爪のアピアランスケア」に期待することは?
小笠原:がん患者本人はもちろん、ネイリスト、看護師、医療従事者、そして家族にも読んでいただきたいです。
大江:日常的にケアができるだけで、心が軽くなることもあります。ネイルサロンが遠く感じる人も多いと思いますが、本書は身近なドラッグストアで買えるアイテムでできるセルフケアを紹介しています。気軽に手にとってもらえたらうれしいですね。