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世界を魅了する現代芸術家トム・サックス 「ナイキは僕を、僕はナイキを必要とする」

 “handmade piece from readymade goods(既製品からの手作り)”をテーマに、身近にある簡素な素材を使用してDIY風のアプローチで作品を生み出す現代芸術家のトム・サックス(Tom Sachs)。「エルメス(HERMES)」の包装紙で「マクドナルド(McDONALD’S)」のハンバーガーセットを再現した「Hermes Value Meal」(1997年発表)をはじめ、さまざまなファッションブランドのアイテムを模した作品で世界中にその名を知らしめたトムは、日本の伝統文化・茶道を彼なりに解釈した個展「ティーセレモニー(Tea Ceremony)」を東京・新宿の東京オペラシティ アートギャラリーで6月23日まで開催している。

 “茶会”と称する同展は2016年にニューヨークで初めて開かれ、3年を経て茶道の本場日本での開催となった。会場ではまず、トム自身が出演して茶事の作法を実演する同タイトルの映像「TEA CEREMONY」の鑑賞から始まる。鑑賞後、奥へ進むと露地草履風のナイキ(NIKE)の特注サンダルが並べられ、その先にあるトタン屋根でできた門をくぐると庭園が広がり、茶室も設けられている。このように、動線をなぞればトムのフィルターを通した茶道の世界観に没入できるだけでなく、亭主であるトムの“茶会”に招かれた客人として、茶道の一連の流れも自然と知ることができる展覧会となっている。

 個展が開催された4月下旬は、毎回即完売の人気を見せるナイキとの新作コラボコレクションを発売するなど、まさに“Tom Week”だった。来日したトムに個展はもちろん、アーティストとしての道のりや哲学、そしてナイキとの関係までの話を語ってもらった。

WWD:個展についての話をお伺いする前に、そもそもアーティストは志してなったのでしょうか、それともなるべくしてなったのでしょうか?

トム:大学時代に間違って彫刻の授業を取ってしまったんだが、そこでは「君たちは美大生なのではない。授業の1日目からすでにアーティストなのだ」という大学の校訓というか精神を教えられた。授業を取ったこと自体は間違いだったが、課題に真剣に取り組んでいたことで今に至ったと思っているよ。

WWD:精神的に大人になった頃からアーティストを志していたのかと思っていました。

トム:子どもが大きくなる過程でアーティストという職業が選択肢に入っていないことが多いのは、アーティストの道を選ばない理由にばかり着目するからだ。でも、そういう道もあるんだという理由に着目して努力すれば、想像もできないほど遠くまで行ける可能性がある。別の言い方をすると、「失敗すると自分で思ったらそれはもう100%、絶対に、確実に失敗する。でも自分は成功すると信じれば、成功するかもしれない」ということだ。

WWD:自分を信じることが一番大切だと?

トム:もちろんそうだが、言葉にすると陳腐だな……。「自分を信じるべし」なんていうと、歯医者の待合室とかに貼ってあるポスターみたいだから違う言い回しをしたけど、これは精神的で宗教的な話に近い。当然、自分を信じる必要はあるが、それでも失敗する可能性は大いにある。だが成功するためには、自分の作品でいいと信じる部分に集中して努力するしかないんだ。オリジナリティーに関していうのであれば、まず自分自身や周囲のコミュニティーの価値観に忠実であることから始まって、その上に構築していくものじゃないかな。

WWD:それでは日本で個展を開くことになったきっかけを教えてください。

トム:数年前に東京オペラシティから「個展を開かないか?」と話が来たんだ。非常に光栄に思うよ。僕の作品を高く評価し、アプローチを理解してくれている証拠だと思う。なにしろ、外国人である僕が“茶会”を開くというリスクも覚悟してくれたことでもあるからね。

WWD:“茶会”のどこに魅力を感じたんでしょうか?

トム:以前、「スペースプログラム・マーズ(SPACE PROGRAM: MARS)」という展示を行った際に、ほかの惑星に持っていく芸術として茶道を選んだくらい、茶道以上に人間の営みの本質を表現できる芸術はないと思っているんだ。デモンストレーション、建築、精神性、五感に訴えてくる感覚性、そして茶碗や茶筅、盆、茶入れ、着物といった道具類(ハードウエア)にいたるまで、すべてが芸術だね。でも抹茶そのものにはあまり興味がないというか、好きではないんだ。個人的にはエスプレッソやマキアートが好き(笑)。

WWD:作法や文化については、日本人と同等かそれ以上に心得ているようですが、どこで習得したんですか?

トム:世界でもっとも素晴らしい芸術様式の一つだから、芸術を学ぶ者として常にそこにあった感じだね。例えばミケランジェロ(Michelangelo)やザ・ビートルズ(The Beatles)、ブルース・リー(Bruce Lee)、ボブ・マーリー(Bob Marley)をどうやって知ったのかなんて聞かれたら困るだろ?そういう大きな存在というのは、いつの間にか知っているもの。とはいえ、最初は15~20年ぐらい前にニューヨークの裏千家の茶道教室に通ったところから始まっているんだ。

WWD:裏千家や千利休について知見がない日本人も多い中で、感心してしまいます。

トム:まぁ、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)の名前を聞いたことがないアメリカ人もいるだろうし、同じようなことさ(笑)。

WWD:今回の個展では、おなじみの「ナサ(NASA)」をはじめとした宇宙モチーフの作品も並んでいますね。

トム:先ほどの「スペースプログラム・マーズ」でも今回の「ティーセレモニー」でも、宇宙や茶道そのものを表現したいわけではなくて、彫刻のための土台というか、枠組みのような役割を果たしているだけなんだ。

WWD:個人的に“男の子”はみんな宇宙に興味があると思っていて、そこから派生したのかと。

トム:確かにそこから始まった部分はあるかもしれない。だが、「ティーセレモニー」が純粋に茶道に対するリスペクトからスタートしているのと同様に、宇宙もリスペクトや興味からスタートしつつも、最終的には僕のアイデアなどを彫刻で表現するための土台になっている。僕の彫刻で大切なのは透明性というか、作品に使った素材同士のつなぎ目が見えて、何も隠されていないこと。それが僕が作ったということの証明であり、iPhoneのような史上最高の製品の対極にあるものだということも示しているのさ。

WWD:制作の背景が見えるというか、完全ではないことがいいーーつまり“不完全な美”という意味でしょうか。

トム:その通り。「スペースプログラム・マーズ」も「ティーセレモニー」の作品も、不完全性を受け入れる点が好きなんだ。宇宙機材をよく見ると不必要な機能や飾りなどは一切なくて、つなぎ目が見えたり、塗装すらされていなかったり、使われてきた形跡が残っていたり、武骨な雰囲気を持っている。それは日本の茶道や伝統的な工芸品、建築などにも通じることだと思うし、歴史あるものや伝統に対するリスペクトを感じるんだ。

WWD:今回は展示していませんが、これまでに「シャネル(CHANEL)」や「エルメス」など、ファッションブランドをモチーフとした作品を数多く制作してきましたが?

トム:ファッションをこの消費社会の諸悪の根源だと思っているから、実はあまり関心がないんだよね。ファッションの“シーズン”という考え方は、計画的に製品を廃れさせることへと直結している。そして消費者、特に女性に対して、最新ではないアイテムを着ていることを時代遅れで恥ずかしいと思わせ、さらに現実的ではない理想像で苦しめ、病に悩ませる。そういう点が大嫌いだ。

ただ、女性を最高にセクシーでいられる手助けをするために仕事に打ち込んでいる素晴らしいデザイナーたちには、もちろん敬意を表するよ。アズディン・アライア(Azzedine Alaia)はシーズンという考えを持たず、自分の作品が進化していくことに注力していたので尊敬しているね。同様に、僕がスタジオで制作しているものは美術館やギャラリーなどアート界のために作っているわけではなく、僕たちのコミュニティーのために作っている。そしてそのコミュニティーには、読者のみんなも含まれているんだ。