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時計「ボーム」 スイス製へのこだわりを捨てるリシュモンらしからぬ戦略で新客にアピール

 「ボーム(BAUME)」は、2018年にスタートしたコンパニー フィナンシエール リシュモン(COMPAGNIE FINANCIERE RICHEMONT以下、リシュモン)傘下の時計ブランドだ。リシュモンは買収により「ボーム&メルシエ(BAUME & MERCIER)」「ヴァシュロン・コンスタンタン(VACHERON CONSTANTIN)」「A.ランゲ&ゾーネ(A. LANGE & SOHNE)」など多くの時計ブランドを獲得したが、「ボーム」は自社で初めてゼロから立ち上げたブランド。ラグジュアリーな雰囲気を持ちつつもエコフレンドリー、それでいて6万~15万円台の値頃感もある。3月29~31日に東京・青山にオープンしたポップアップストアに合わせて来日した、マリー・シャソー(Marie Chassot)代表取締役とフィリップ・ボルサウセン(Philipp Bolthausen)クリエイティブ・ディレクターに話を聞いた。

WWD:「ボーム」はリシュモンが自社でゼロから始めた初の時計ブランドとなったが、実現までに最も苦労した点は?

マリー・シャソー「ボーム」代表取締役(以下、シャソー):たくさんあるわ(笑)。いまだに課題は山積み。でも1つに絞るとしたら、私たちが掲げるコンセプトを理解してもらうことかしら。リシュモンはとても大きく、伝統的な会社だから。

フィリップ・ボルサウセン「ボーム」クリエイティブ・ディレクター(以下、ボルサウセン):ECがメインとなる販路の設定やカスタムメード中心のブランディングなど、ビジネスモデルがこれまでのリシュモンブランドとはまるで違うので、理解には時間がかかった。

シャソー:時計業界は飽和状態で競合も多い。新たなブランドを作ることはとてもチャレンジング。実現できたのは、「ボーム」の考えを受け入れてくれたボードメンバーのおかげでもあるわ。

ボルサウセン:全面的にバックアップしてくれたね。

WWD:「ボーム」は「ボーム&メルシエ」とは大きく性格の異なるブランドだが、なぜそのブランド名の一部を用いた?

ボルサウセン:「ボーム&メルシエ」は189年続くブランドだ。リスペクトを込めて、デザインや技術は意識的に取り入れている。例えば、「ボーム」のカスタム可能なライン“カスタマイズモデル”のケースは懐中時計のようなプロポーションだが、これは「ボーム&メルシエ」が懐中時計から始まったことに由来している。“つながり”を感じさせるものを作りたかった。

シャソー:「『ボーム&メルシエ』は『ボーム』にとってどんな存在か」とよく聞かれるが、子どもや兄弟でない。“孫”という言い方が一番しっくりくる。踏襲しているものもあるが、中身は全く別。そもそも189年前と今とでは、時代背景も環境に対する考え方もまるで違う。

WWD:1830年創業の「ボーム&メルシエ」の伝統と技術を背景に持つことや、サステイナブル&エコフレンドリーなコンセプトも魅力だが、「ボーム」最大の魅力は6万~15万円台が中心の手頃な価格設定だと思う。

シャソー:ブランドのことをきちんと理解してくれてありがとう(笑)。「ボーム」は“デザイン、クオリティー、プライス”のバランスを大事にしているの。でも一番のポイントは、スイス製へのこだわりを捨てたことね。

ボルサウセン:「ボーム」はスイス製ではないリシュモン初の時計ブランドだ。とはいえ、リシュモンの求めるレベルを全てクリアしている。

シャソー:サステイナブル&エコフレンドリーな考えから、ベルトに動物性の革などを使わず、コットンやコルクやリサイクル素材などにしているが、実はここでも価格を抑えられている。また世界中の主要都市に旗艦店を次々オープンすることはせず、ECをメインに販売していることも手頃な価格につながった。

WWD:「ボーム」の誕生により、「ボーム&メルシエ」のアフォーダブルな魅力が薄れる懸念はないか?

シャソー:繰り返しになるけど、「ボーム」と「ボーム&メルシエ」はまったく別のブランド。だから心配はしていない。むしろ2つとも持ってくれるユーザーを想定しているわ。

ボルサウセン:違いをはっきり出せたので、ユーザーが混乱することはない。チーム「ボーム」には「ボーム&メルシエ」出身者が多いが、だからこそ“変える”ことができたと思っている。

WWD:日本では、「ECで時計を買うこと」がいまだ根付いていない。そんな中で「ボーム」は日本向けのEC売り上げを伸ばしている。

シャソー:日本の時計市場はとても成熟しており、“時計を買う当たり前”がある。それに日本人は新しいものに寛容で、感度が高い。2月に行った伊勢丹新宿本店の期間限定ストアでも、オンライン上でカスタマイズしたいというニーズもあって、99%がECで売れた。

WWD:リシュモンというラグジュアリー・コングロマリットから、これほど手頃なブランドをローンチすることに抵抗はなかった?

シャソー:価格設定については、それほど抵抗はなかった。スイス製ムーブメントを使わないことを認めてもらう方がハードルは高かった。

WWD:今後、値段設定を変える(上げる)つもりはある?

シャソー:もちろん市場環境にもよるけれど、ラグジュアリーマーケットに参加しようとは思っていない。

WWD:以前、シャソー代表取締役は「デザインに優れた時計、手頃な時計、サステイナブルな時計はそれぞれマーケットに存在するが、全てを備える時計は少ない」と話した。これを形にする際の「ボーム」のこだわりは?

ボルサウセン:「ボーム」にはクリエイティブ以外にもマーケティング、セールス、プレスなどからなる、とても優れたチームがある。彼らと美的感覚を共有できることは大きい。どんなにサステイナブルでも、誰も着けたがらないデザインに意味はない。

シャソー:サンプル段階では、例えばパイナップルの皮をベルトに使うプランもあったけれど、結果として採用はしなかった。「ボーム」のデザインにはそぐわないから。特定の素材を否定するつもりはないけれど、あくまで「ボーム」の物語の中に登場する必然性がなかったの。

WWD:カスタマイズという手法を取ったのはなぜ?ブランド側の提案では不特定多数のユーザーを一律に満足させることは難しい?

シャソー:「ボーム」はユーザーとコラボレーションしたかったので、この方法を取った。

ボルサウセン:ミレニアルズ以下の世代は消費動向もそれまでとは変わっている。既製品を買うのでは満足できないことも事実だ。それにオンライン上のカスタマイズで在庫を抱える必要がなくなり、無駄な材料を使うこともなくなった。

WWD:18年はプロスケーターのエリック・エリントン(Erik Ellington)のブランド「HRS(Human Recreational Service)」とコラボし、彼らが使ったスケートボードを時計のケースに用いた。次なるコラボ相手は?

ボルサウセン:フランスのスキーブランド「ザッグ(ZAG)」とコラボした。ケースに廃材のスキー板、ベルトに再生PETファブリックを使い、100個限定でECで販売している。

WWD:2月の伊勢丹、今回の青山――次はいよいよ日本での旗艦店オープン?

シャソー:今のところ考えていない。でも、東京や大阪をはじめ世界中でポップアップストアやショップインショップをオープンしたい。タッチポイントを増やすので、どんどん「ボーム」に触れてほしい。