PROFILE: アーロン・エッシュ/「アーロン エッシュ」デザイナー

英国の伝統的なテーラリングに、ユースカルチャーの反骨精神を掛け合わせた独自のスタイルを築く「アーロン エッシュ(AARON ESH)」。ショーには、2000年代初頭のロンドンのナイトシーンを彷彿とさせる空気が漂い、個性豊かな人々が集う。ロンドン・ファッション・ウィークの中でも、ひときわ異彩を放つ存在だ。
ロンドンで生まれ育ったデザイナーのアーロン・エッシュ(Aaron Esh)は、名門セントラル・セント・マーチンズを卒業後、2022年に自身の名を冠したブランドを設立し、翌23年には英国ファッション協議会(BFC)の若手デザイナー支援プログラム「NEWGEN」と「LVMHプライズ」のファイナリストに選出された。今夏には英国発ブランド「オールセインツ(ALLSAINTS)」のクリエイティブ・ディレクターに就任し、ロンドンの次世代デザイナーの一人として、着実に存在感を高めている。
27年春夏コレクションを発表した直後のエッシュに、今季のクリエイションやブランドの現在地、今後の展望について話を聞いた。
イーストロンドンが育んだ感性

エッシュのクリエイションを語る上で欠かせないのが、出身地であり、現在も拠点を構えるイースト・ロンドンだ。多様な移民文化を背景に発展し、現在はアーティストやデザイナーが集うこの地域は、カルチャーの発信地として知られる。エッシュがクリエイティブ・ディレクターを務める「オールセインツ」の創業地スピタルフィールズもこの一帯にある。
「周りにいる人たちの影響が自然と服に表れてくるんです」と語るエッシュが惹かれるのは、人々の着こなしに潜む矛盾だ。「目立ちたいのに、無頓着なふりをする。そんな自信とぎこちなさが同居しているところが、ロンドンらしいと思います」。人目を引きたい気持ちをあえて隠す、さりげない気取りにロンドンのストリートスタイルらしさが表れている。
世界観を形づくる強力な協力者たち
エッシュの周囲には、英国ファッション界の重鎮や多彩なクリエイターたちが集う。スタイリングとコンサルティングを担うのは、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)の右腕としてブランドの創成期を支え、リカルド・ティッシ(Riccardo Tisci)とも長年にわたって協働してきたケイティ・イングランド(Katy England)。アートディレクションは「デイズド(DAZED)」や「i-D」を手掛けてきたジェイミー・リード(Jamie Reid)。音楽ディレクションには、イングランドとプライマル・スクリーム(PRIMAL SCREAM)のフロントマンであるボビー・ギレスピー(Bobby Gillespie)の息子で、モデルとしても活動するラックス・ギレスピー(Lux Gillespie)だ。
さらに、PRを手掛けるのは、ビョーク(Bjork)やチャーリー・XCX(Charli XCX)、フランク・オーシャン(Frank Ocean)ら、世界的なアーティストのコミュニケーションを担うハクスリー(HUXLEY)。ファッションや音楽、アートといったロンドンのカルチャーシーンを横断する才能たちが、ブランドの説得力を高めている。
“思わず二度見する、説明のつかない魅力”

今季のテーマは「LAWS OF ATTRACTION」。日本語で“引き寄せの法則”と訳されることもあるが、エッシュが着目したのは、願望を現実にするという自己啓発的な考え方ではなく、理屈では説明できない、人を惹きつける不思議な力だ。「必ずしも恋愛的な意味ではありません。好きかどうかを考える前に、なぜか惹きつけられてしまう感覚です。思わず二度見してしまうようなものですね」。
会場に選んだのは、パンクやロックカルチャーの聖地として知られるカムデンにある老舗ライブハウス「エレクトリック・ボールルーム(Electric Ballroom)」。大音量のエレクトロが鳴り響くなか、モデルたちがランウエイを闊歩した。
今季はこれまでのダークトーンを基調とした世界観に鮮やかなピンクが加わり、パーカにオーガンザのスカートを合わせるなど、日常と非日常を交差させるスタイリングが新鮮だった。ブランドのアイコンである刺しゅう入りのキャップも繰り返し登場。テーラリングやドレスにも合わせられ、エッシュが描く"ハイとローの混在"を象徴していた。「色はより鮮やかに、プロポーションはより大胆にしました。異なる要素をぶつけ合いながら、理屈では間違っていても、感覚的には正しいと思えるバランスを探りました」。
素材開発にも注力。シアリングのような質感を持つオーガンザは、染色した生地を細く裁断し、ブラッシングした後に再び刺しゅうでつなぎ合わせることで、毛足のある独特の表情を生み出した。 また、ヌードカラーのレザーにはあえて不健康さを感じさせる加工を施し、柔らかく仕立てたトレンチコートやテーラリングには意外性のある色の襟を組み合わせた。「どこか違和感がある、美しいものに惹かれるんです」とエッシュ。そう語る一方で、「かなり手の込んだクラフツマンシップを取り入れていますが、その技術を見せることが目的ではありません」。あくまで服そのものの魅力を引き出すための技術であると強調する。
「オン」との初コラボ
今季の大きなトピックが、スイス発のスポーツブランド「オン(ON)」との初コラボレーションだ。約1年をかけて開発したカプセルコレクションでは、スニーカーをはじめ、ウエアやアクセサリーを発表した。機能性を追求する「オン」と、着る人の個性やスタイルを重視する「アーロン エッシュ」の異なる背景を持つ2者だからこそ、新たな価値を生み出せると感じたという。「互いの個性を生かしながら、二つの異なるアプローチがどこで交わるのかを探りました。そして、『アーロン エッシュ』の世界観にも自然になじむものを作りたいと考えました」。相反する要素を掛け合わせ、思いがけない魅力を生み出す姿勢は、今季のコレクション全体にも通じている。
オールセインツで得た新たな知見
今夏からは「オールセインツ」のクリエイティブ・ディレクターとしての新章が始まった。同じくイーストロンドンにルーツを持ち、音楽やストリートカルチャーと深く結びついてきた「オールセインツ」と、同じ街で育ち、英国のユースカルチャーを独自の感性で服に落とし込んできたエッシュは、レザーアイテムやテーラリングを得意とする点でも共通しており、親和性が高い。
エッシュ自身も、これまでとは異なる環境から刺激を受けているようだ。「自分のブランドとはまったく異なる規模で仕事をすることで、プロダクトや人との関わり方、アイデアの伝え方について、新たな視点を得ました。自分がなぜその判断をするのかを、これまで以上に意識するようになったと思います」。
独立系ブランドとして歩む道
ロンドンのファッションシーンには今なお若い才能が集まるが、若手デザイナーを取り巻く状況は厳しい。英国のEU離脱(ブレグジット)以降、欧州との取引では通関手続きが煩雑になり、税務対応などの負担も増加。生産コストや家賃の高騰も、小規模ブランドの経営を圧迫している。
それでもエッシュは、この街の可能性を信じている。「ロンドンには昔から、ほかにはないものを生み出す土壌があります。誰かに認められるのを待つのではなく、自分たちの信じるものを自由に形にしていく。そのエネルギーは今も変わりません」。一方で、ブランドを継続させることの責任も強く意識している。「大切なのは、ブランドの原点にある自分たちの感性や、一緒に歩んできた仲間を大事にしながら、成長させていくことです」。
設立から4年。エッシュ自身も、ブランドの方向性が明確になってきたと感じている。「ブランドの輪郭が以前よりはっきりしてきて、何が自分たちらしいのかも分かるようになりました」。人々が服に共感し、自分らしく着こなしてくれていることに手応えを感じる一方で、今後の課題も見据えている。「自ら説明しすぎずに、どうブランドの世界観を広げていけるかどうかを考えています」。
直感が導く先にある未来

今後について尋ねると、ゴールはあえて定めていないという。「早い段階ですべてを決めてしまうと、可能性を狭めてしまうと思うんです」。目指すのは、ブランドの世界観を深め、より良い服を作り、これまで実現できなかったことにも挑戦していくこと。「この1年で、ほんの小さな決断が状況を大きく変えることもあると実感しました。だからこそ、一つ一つの決断が僕たちをどこへ導いてくれるのか、楽しみにしています」。