
真珠を育て、その価値を伝え、世界へ広げる。御木本幸吉は養殖技術を磨く一方、真珠の魅力を世の中に伝える工夫も重ねてきました。8月に伊勢志摩を訪れ、その歩みを伝えるミキモト真珠島を巡りました。さらに、「ミキモト ビューティ(MIKIMOTO BEAUTY)」を手掛ける御木本製薬の研究所と工場を訪問。真珠をめぐる歴史から、現在のモノづくりまでをたどりました。
幸吉さんの偉業は「真珠王」として知られていますが、今回、商人としての一面が見えるエピソードも聞きました。私自身、初めて知る話が多く、特に印象に残ったものをご紹介します。
三重・鳥羽のうどん店「阿波幸」の息子として生まれ、幼名は吉松(きちまつ)さん。8男3女の長男だった彼は、13、14歳ごろ、うどん店の商いだけでは大きな財産を築くのは難しいと考え、青物(野菜)の行商を始めたといいます。17歳ごろには、言葉の通じない英国軍艦の乗組員に足芸を披露し、青物などを売り切ったという逸話もあります。
相手の関心を引き、商機につなげる。そんな幸吉さんが20歳のとき、新聞の力を知る出来事がありました。東京・横浜を見物した帰路、箱根で病人を救助。持っていた薬を飲ませた話が静岡新聞に掲載され、東京や伊勢の新聞にも伝わったといいます。この経験から新聞が人々の関心を集める力を知り、後に話題づくりを商売に生かしていきました。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。
