ゴールドウインが社運を賭けて挑む中長期計画「ゴールドウイン500」において、韓国は戦略的な意味を持つ。人口は日本の半分以下に過ぎないものの、中国や欧米などグローバル市場への影響力が大きいからだ。「ゴールドウイン」ブランドでグローバル売上高510億円を目指すにあたり、韓国攻略は避けて通れない。(本文敬称略)
8月中旬、韓国有数のリゾート地として知られる済州(チェジュ)島。霧に包まれた森の奥で、最新鋭のスポーツウエアを着てハイキングやトレイルランニングを楽しむ集団の姿があった。
この地で「ゴールドウイン」ブランドが3日間開催したイベントの一コマだ。海や山の豊かな自然に恵まれた済州島の環境を生かし、商品を展示・販売するだけでなく、参加者に同ブランドの新作ウエアを着てトレイルランニングやヨガに汗をかいてもらったり、音楽ライブで盛り上がったり、地元の名物料理に舌鼓を打ったりなど、盛りだくさんの内容だった。自然と文化、人々とのつながりを通じて、「ゴールドウイン」のブランド哲学を五感で体験しもらうために企画した。
スターマーケティングとは一線を画す
ブランドの中長期計画「ゴールドウイン500」において、最終年度の2033年3月期の売上高目標は510億円。主な内訳は中国300億円、日本100億円、韓国は60億〜80億円と想定する。市場の大きさでは中国に及ばないものの、ゴールドウインはマーケティング戦略の上で韓国を重要国と位置付ける。そのためにランニング、トレッキング、音楽ライブ、アート展などイベントを通じた消費者とのコミュニケーションを定期的に行う。
現地法人ゴールドウインコリアでマーケティングの責任者を務める田中博教が狙いを説明する。「中国が大都市への積極出店で事業規模を拡大させる役割を持つのに対し、韓国は新しいマーケティング手法を構築し、それを世界に波及させる役割を担う。韓国で成功したマーケティング手法、韓国で売れた商品はグローバルでも支持されるからだ」。
例えば、ランニングである。韓国ではおしゃれなスポーツウエア姿で仲間と一緒に走り、SNS画像を発信する文化が盛んだ。高い機能性を持ちながら、シンプルでスタイリッシュなデザインの「ゴールドウイン」ブランドを実際に体感してもらう機会なると田中は考え、昨年、今年とランニングイベントを開いた。トレイルランニング市場に影響力を持つランナーを集め、ソウルから西に40kmほど離れた摩尼山(マニサン)の468mの山頂まで駆け上がる。参加者が着たのは「ゴールドウイン0(ゼロ)」。ファッションデザイナーのヌー・アバスによる革新的スポーツウエアのラインである。
韓国で成功したランニングイベントは少し形を変えてニューヨーク、あるいはロンドン、杭州(中国)、東京・丸の内などにも広がりを見せる。今年の春物でカジュアルウエアとして企画したワッフル素材のTシャツが韓国でランニングウエアとして人気に火がつき、その波がグローバルに波及する現象も起きた。
ただし全てを韓国流にするわけではない。韓国ではKポップのアイドルやインフルエンサーを使った「スターマーケティング」が盛んだ。韓国ブランドだけでなく、欧米や日本のブランドも韓国ではスターマーケティングに高額な宣伝広告費を投じる。確かにスターを起用すれば、認知度は上がる。即効性もある。だが流行のサイクルが短い韓国で、プレミアムスポーツを掲げる「ゴールドウイン」がその手法を取れば、ブランドが短期間で飽きられるリスクがある。
そのため前述のようなスポーツの体験型イベント、あるいはカルチャーイベントを通じて、ブランド哲学を少しずつ浸透させる方法を選ぶ。回り道ではあるが、スターマーケティングが隆盛を極める韓国において、埋没しないための差別化手段になると考える。
世界最大店舗をソウルに出した理由
「ゴールドウイン」の世界最大の旗艦店もソウルにある。今年2月、江南区中心部の島山(トサン)に2フロア・173坪の路面店を出した。7月に日本国内最大の店舗として開店した心斎橋パルコ店(59坪)の約3倍の規模だ。
島山エリアには「ナイキ」「アディダス」「オニツカタイガー」「ALO」といったスポーツ系ブランドはもちろん、「エルメス」「ルイ・ヴィトン」などのラグジュアリーブランド、それに韓国や中国、欧米のデザイナーブランドやストリートブランドが店舗を構え、流行発信基地としての注目を集める。ギャラリーやカフェも多く、国内外のファッション関係者やクリエイター、感度の高い地元客が行き交う地域だ。
ゴールドウインコリアを率いる社長の木村直樹は「島山の家賃相場は、東京の青山以上。出店したくてもほとんど空きがなく、30坪の物件を探すのも苦労する。これだけの規模の路面物件に巡り会えたのは、本当に運が良かった」と振り返る。
石材や木材など天然素材をふんだんに使った店内は、たくさんの商品を詰め込むような陳列ではなく、ミュージアムのように一つ一つの商品の魅力を引き立たせるように展示している。和室の三和土(たたき)や床の間を思わせる演出、日本および韓国のアーティストによるオブジェも目を引く。「ゴールドウイン」が掲げるプレミアムスポーツブランドの世界観を、グローバルで最も適切に表現している店舗といえるだろう。
オープン後に想定以上だったのは、中国人客の多さだった。中国の大都市に在住し、「ゴールドウイン」ブランドの購入経験を持つ人が「ここに来れば、フルラインがそろっているから」と韓国旅行の際にわざわざ立ち寄る。「中国のファッション市場は、隣の韓国の流行の影響を強く受ける。『ゴールドウイン500』で最大市場に位置付ける中国での成功のためにも、韓国でのブランドを磨き上げることがカギになる」と木村は話す。
新世界百貨店での手応え
ゴールドウインは、韓国市場において現地パートナーを通じて30年以上の実績がある。同社は主力ブランド「ザ・ノース・フェイス」の商標権を日本と韓国で保有する。「ゴールドウイン」ブランドの韓国進出にあたっては、韓国で長年「ザ・ノース・フェイス」事業を担う現地パートナーのヤングワンホールディングスが40%、ゴールドウインが60%を出資し、24年にゴールドウインコリアを設立した。店舗開発、マーケティング、一部の現地向けMDなどにヤングワンの知見が生きている。
韓国では百貨店のショップインショップが重要な販路になる。百貨店の1号店として25年9月にオープンしたソウルの新世界百貨店江南店の出足が好調だったことで、他の百貨店の出店に弾みがついた。出店フロアで韓国や欧米の有力スポーツブランドがほぼ勢ぞろいする中、「ゴールドウイン」は価格帯では最上位につける。それが30〜40代の目の肥えた客の支持を集めた。特に商品単価が高い11月や12月には、わずか9坪の売り場ながら3000万円以上を稼いだ。
木村は手応えを感じる。「新世界百貨店江南店の顧客には富裕層が多く、ここで成功できるか否かで今後の展開が全く違ってくる。幸先の良いスタートを切れた」。
ゴールドウインコリアは「ゴールドウイン500」の最終年度である33年3月期までに、百貨店のショップインショップ15店舗、路面店5店舗の計20店舗の体制を目指している。ソウルでは島山の旗艦店に続く2つ目の路面店を今期(27年3月期)中に開く予定だ。