
ソスウの社名は、数学の「素数」に由来する。1とその数字自身でしか割り切れない―。 同社には、そんな素数のように替えのきかない社員たち一人一人の個性を尊重する理念が根付いている。ここではソスウのクリエイションを支えるモノ作りのキーマンや、三原の背中を追って世界を目指すデザイナーたちを紹介する。(この記事は「WWDJAPAN」2026年5月25日号からの抜粋です)
森田美里
「メゾン ミハラヤスヒロ」企画統括部長

ヒットスニーカー誕生秘話
大切なのは貫き通す“根気”
「メゾン ミハラヤスヒロ(MAISON MIHARA YASUHIRO)」のシューズや雑貨などウエア以外の企画を統括する森田美里は、今日のブランドの代名詞となった“オリジナルソールスニーカー”を三原と共に生み出した一人だ。「ミハラ」が順風満帆な現在に至るまで、その酸いも甘いも味わってきた彼女のブランド愛は、三原本人に負けないほど深い。
美術大学でテキスタイルを専攻後、イタリアのマランゴーニ学院を経て、現地でコレクションブランドに就職。ウエア担当として入社したが、次第にシューズデザインも兼任するように。「三原さんと(テキスタイルをバックボーンに靴を手掛けるという)近い道を辿ることになったのが、不思議な縁だったのかもしれない」(森田)。帰国後、就職先を探している折、知人の紹介で一つの携帯電話番号を手渡された。「それが、まさか三原さん本人の番号だとは思わなかった」と笑う。
電話口での「遊びに来たら」の一声から、あれよあれよで採用が決まるも、試練はすぐに訪れた。入社当時、ソスウの経営は今のように良い状態ではなかった。「新しい靴も作らなくてはならないが、在庫もなんとかしなくてはならない」。その夏、三原とともにアトリエにこもり、ストックルームにあったブーツに赤や黄色の液状塗料を垂らし、“新作”を開発。すると、在庫が捌けるどころか、生産が追いつかないほど売れた。「今となっては笑い話かな。ただあの時学んだのは、新しい発想をやめてはいけないということ」。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。
